8話 天国か地獄か 2

 凛一を椅子に座らせ、

後ろ手に縛り上げて拘束した千景は、

ひとしきり凛一を責め倒し、まだまだ足りないくらいだが、それなりに満足していた。


 まさか、品行方正、清く正しく美しい、真面目な優等生の学級委員長として通ってる自分がそのような事をしたとは、誰も思いますまいと千景は思った。

 夜のせいもあり、気持ちが大きくなってるとも、ある程度は自覚もあった。


 父親の部屋で見付けた、強力なマッサージ機で、常々凛一をくすぐり地獄に堕としてやりたいと思っていた。――あの憎ってらしい凛一めを。



 常日頃から憎らしく思っていたが、特に、ひと月ほど前の件は忘れられそうにもなかった。


 放課後、

授業が終わると、千景は部活に向かおうとしていたところ、啓子が声をかけてきた。


「なあ、千景ちゃん、ちょーこれ見てくれへん? 凛一くんに、あーしの似顔絵描いてもらってん」

 そう言うと、抱きしめるように持っていたスケッチブックをひらき、千景に見せた。


 すると、千景は下腹部にたまったマグマが頭から噴き出すような思いにかられた。

 確かに啓子は美人や。

 あと、わたしと違い……いや、胸も大きい。

 わたしよりも、た、多少やけど……。

 ――てか、……いっくら何でも、コレ美化し過ぎなんちゃう!

 啓子の手前、声には出さなかった。


 千景は、自分の胸の内を知られないよう、なんとか笑顔を取りつくろった。

 演劇部の部長を勤める千景でも、感情をコントロール出来ず、ちょっと無理があり、歪な笑顔となっていたが。


 千景も以前、凛一に似顔絵を描いてもらったことがあった。 

 ブラピの似顔絵と言ったのに、何故か凛一は千景の似顔絵を描いた。

 それでも、見たままか、美化して描くのならそれはそれで、千景としては、悪い気もしないなと思った。

 

 啓子だけでなく、何人かの女子たちも自分の好きなスターなど以外にも、美化した似顔絵を描いてもらっていたのだった。


 しかし、その凛一が描き上げた絵を見るや、千景は、凛一に蹴りを入れていた。

 その絵を見ながら、千景はわなわなと震え、思った。

 ――妖怪か! わたしってこんなホラーな顔してへんわ! とんでもないブサイク顔に描くとは……。

 しかも、悔しい事に、しっかり、わたしの面影が抑えられてるとか……。

 む、胸は負けとっても、顔だけで言うなら、わたしは啓子と互角くらいのはずですう! ウキー!


「ホンマ、なんてムカつくヤツやろ。憎ってらしい」

 呟きが口をついて出ていた。



 凛一が女子たちに頼まれて描いた絵は、みな喜ばれていた。

 ただ、千景だけを除いて。


 女子たちから、優しいと言われていた凛一。

 そんな声を聞く都度、聞き捨てならない思いに駆られた。――二、三年くらい前からやろか、だんだん、わたしには、そっけなかったり、冷たくなってきたような気がする……。


 ** 多邑凛一視点


 今思うに、仁科はあの断水のあった酷い夜、

普段の素とは違っていた。

 祭りの夜のようなテンションになってるようだった。


 仁科は、どSなヤバい性癖の持ち主なのかもしれない……。

 仁科の野生の封印が解き放たれるとヤバい……。この先、思いやられそうだ。


 そういや『蠅の王』という無人島を舞台に、そこに遭難した少年たちの野生が解放され、暴走しまくるという内容の映画を観たことがあった。

 思い出すな……。

 思えば、我の、昨日をまたいだ深夜のテンションもおかしかった……。



 仁科がトイレに行きたくなったり、川を風呂代わりにするたび、

我は仁科によって、ジャングルジムに縛られ、拘束されるというルールが決められた。


 まあ、正直ちょっと覗いてみたいという衝動は有るが、覗かれて喜ぶ女子などいなかろう。

 別に覗きはしないのだがな……。


 こうしてロープで拘束されるというのは、どMであったならば、なかなか良い塩梅となってたであろうか。

 しかし、残念ながら我には、どMの素養はないと良くわかった。理解した。


 SかMか? と問われたのなら、我は「Nである」と答えるだろう。

 どちらでもない、ニュートラルであると。


 卍・シークレットファイルファイルにて、散々、仁科を触手ゴブリンの餌食にさせるなど、

どSな内容で埋め尽くしておいて、なんだが、

二次元とリアル性癖というのは必ずしも一致しないのではないか。


 ……まだ、われが幼児の頃だったな。

 オカンに連れられ、プールへと泳ぎに行ったことがあった。

 幼児の我は、背の立たないプールサイドで怖じけていたところ、

オカンは強引に我を抱えて、そのプールへと入り、泳ぎ出した。


 幼児の我にとっては、それはとんでもないキョーフであった。

 今なお、その時のキョーフを覚えてるくらいだ。 

 仁科によってジャングルジムに拘束される度、我はそれに近いようなキョーフを感じるのだ。



 だいたい、ヤンキー女子がものすごい力で、強引に局部を触ろうとしてきたりだとか、抱きついてきたりという事もあったりし、

やれ「ご褒美」だのと言われもしたが、我にしてみれば、それは侵害というものだ! 

 どこがご褒美なのか! 

 ご褒美というのは、嬉しくなくては、ご褒美たりえなかろう!


 それもまた、キョーフでしかなかったのだ。

 案外、どんな美女であっても……。

 例えば、ロシアのモデルのナスチャ・クマロヴァたんであってもだ。

 強引にグイグイとこられたれたとしたら、キョーフしか感じないハズだと思えてならない……。


 我はおかしいのだろうか? とも思うが、本当にキョーフしか感じないのだから、しかたあるまい。


 しかしだ。

 体育の授業の前の着替えの折などで、

同級生の男どもに寄ってたかって、

胸を揉まれたり、尻を揉みしだかれたりもしたが、そんなのも嫌は嫌だが、

さほどキョーフではなかったのは何故か?……。

 ……まだ女子ほどは、ガチではないからではなかろうか。


 そういえば、つい最近など、

柔道部のデカい男に真剣に告白されたということもあったな。

 キョーフのあまり逃げ出して、返事をしていなかったが。


 その男は、ゲイなのか、男の娘というものが好きなのか、どちらなのだろう? 

 後者なら、我としては、情けなさでかなり凹むな……。

「オカマ」なぞと呼ばれたとあっては、男の名折れで切腹ものだろう。


 我の第二次性徴は……つくづく「四月は大残酷な季節」ってやつだな……。


 サークル内のジャングルジムに縛り付けられつつ、

ふと、ストリスから出てきた、なんやかやの、あるキッキン用品が目についた。


 仁科が「これ何の機械?」と言ってたな。

 ……蒸留器に見えるが。

 縄を解いてもらったら、ちょっと使ってみるか。

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