11話 五日目。深夜の丑三つ日記
日に、二回ある夜。
夜になると、びっくりするほど外が真っ暗で、深夜にふと目を覚ました千景は怯えていた。
時刻に目をやると、四日目をまたいで五日目に入っている。
千景は何気に、外に出て辺りをうかがってみた。
真っ暗なのもうなずけた。
まったく建物のない、
途方もない原野が広がる中、
ポツンと、ストリス・サークルに三軒の家があるだけだ。
街の灯りなどは一切ない。
びっくりするほど満天の星空なのだが、それでも真っ暗だった。
部屋に戻り、部屋の灯りを付けた。
付けっ放しにしたまま寝るつもりだった。
昼過ぎからの夜はまだ良い。
寝る時間はまだ先であり、凛一と二人で、サークル内で過ごせた。
午後一〇時にくらいに寝て、
深夜にトイレに行きたくなって、目が覚めたりすると、最悪だった。
かろうじて、ストリス・サークルの灯りが川面には映ってるものの、辺り一帯は真っ暗闇だ。
更に川のせせらぎが、まるで大勢の女の霊たちの合唱のようにも聴こえてしまうのだ。
千景の恐怖は、もう限界に近かっただろう。
なんとか、恐怖感を抑え込もうと奮闘する。
凛一が作ってくれた、
虫除け効果もあるアロマを載せたテーブルから、
リラックス出来そうな良い香りも漂っていたが、
恐怖感には気休めでしかないかもしれない。
……考えてみれば、
三軒ある家のひとつで過ごしてるわけで、
凛一の住んでる家も直ぐ側だ。
何かあったら、凛一の家に逃げ込めばいい。
そう自分に、言い聞かせていた。
――もし、凛一くんが一人で寝るん怖いって言うんやったら、
特別一緒に寝てあげてもかまへんですわよ。
おほほ……。ほ…………。
凛一は怖くないのだろうか?
それならば、
怖い話をして、震え上がらせてやろう「千景さま、是非、我と一緒に寝てくださいませ」
と頭下げて来るくらいのものを。
自分の方から、一緒に寝て欲しいと頼むのが、癪だった千景は、怖い話とやらを考え始めた。
――えっと、電車にはねられ、
バラバラになったおばさんの死体の首だけが、
どう探しても見つからへんことがあって、
以来、夜な夜な首のないおばさんが、
自分の首を探して徘徊してるのとか……。
自転車に乗ってたら、
いつの間にか、
後ろの荷台に小さな女の子が立ってて、
首を絞めてくる地帯があるのとか……。
女の人の幽霊が、
天井から逆さに降りてきて、
そのままスーっと布団の中に消えるやつとか「夢の中で待ってるわ」とか言い残して…………。
あかん! わたしの方が怖なってきたやん……。うう、凛一のところに逃げ込もうかな?……。いや、そんなんあかん。屈辱や。
なんとかこのまま寝てしまうんや!
** 多邑凛一視点
オカン。
ああ、我はこの歳になってまで、まだオカンと寝てるとか、何か後ろめたい。
特に、朝、登校する時にそんな後ろめたさを一番感じていたな……。
しかし、オカンの足は柔らかく暖かくて心地良いな。安心する。
何か、いつもより張りがあって、やけにすべすべする……。
それに何か寝苦しい……。
いや、我はオカンと寝るのは、なんとか小七で卒業したはずだったが……。
寝ぼけて、オカンの布団に入ってしまったか?……。
いや、ここは……。
我が住んでいた家でもなく、我の部屋のベッドでもない……。
──だ、誰だ?
我の隣で寝てるのは?
我に告白した、柔道部のデカい男か!?
ようやく、我は目を覚まし、少し上体を起こして、隣の人物を確認しようとしたが、わからない。
灯りを付けようと思ったその時、
「夜一人で寝るの怖過ぎるから、ここで寝させて!」という泣きそうな声が聞こえた。
「えっ、仁科か……」
驚いて、完全に目が覚めてしまった。
どう対応して良いのやらわからんので「自分のベッドに帰れよ」と言い、寝たフリを決め込んだ。
……こんな状態ではさすがに眠れそうにない。
まあ、怖いのは解るが、家同士、直ぐ側ではないか。
朝までドキドキしていろとでも言う気か。
また、寝不足で、叩き起こされるとか嫌だな……。
困った。
もうひとつ困ったことがある。
どうか悟られないように……。と思い、寝たフリを続けた。
暫くすると、うとうとし始めたところ、冷たいものが、我の尻を撫でた。
ほんのわずかな間に、──体育の着替えの時、男どもに胸や尻を揉まれてる夢を見ていたようだった。
「ひっ」と思わず声を上げ、
からだをのけぞらせてしまった。
「凛一くん、ひょっとしてマッパ?」と仁科は、ちょっとびっくりしてるような声で言った。
「あ、そうか、パーカー干しててまだ乾いてなかったし、下着は洗濯して干してるんか」
バレてしまった。
「自分のベッドに帰れよ」
「怖過ぎてむりや……」
やれやれ。
「寝苦しくて寝れん。寝坊しても叩き起こすなよ」
「うん」
……あの仁科が下手に出るとか、そういうこともあるのだなと思った。
何故か闇の中では、筆談じゃなくても大丈夫だった。
夜がそうさせるのか、気持ちが大きくなってるようだった。
思い切って、聞いてみることにした。
あの気になっていたことを。
「我のノート、仁科は見たのか?」
ヒヤヒヤしつつ返事を待っていると、やや間があって聞こえた。
「あ、あのいやらしいノートか。見たよ」
「ま、マジか!」
我は、愕然とし、血の気の退くのを感じた。
我は死んだ……。
「コピー取ってあるし、バラまかれたくなかったら、わたしの下僕になって貰うで」
「ま、マジか!…………。は、はい」
――魔王が爆誕したようだった。
……とにかく寝よう。
寝て嫌なことはさっさと忘れたい。
次第に寝苦しさが増していってるな、と、ふと気が付いたら、
仁科に背後から、プロレス技のベアハッグをかまされてるような状態になっていた。
仁科は、かすかに寝息をたてていた。
眠りを妨げないよう、そうっと密着してる仁科を外しにかかった。
かなり、強い力でしがみ付かれていて、なかなか骨が折れる作業だ。
少しずつ、ゆっくりと……。
にしても何なのだ、これ?
片親だし、親の愛情に飢えてるのだろうか?
そう思うと、仁科とは言え、まだ幼い子どものように思えた。と言っても我も片親だが。
「あ、わたし寝とった」
仁科を起こしてしまったらしい。仁科は力を緩めてくれた。
「……仁科って、未だに父親と一緒に寝てるとか?」
「は? もうこの歳でそんなわけないやん――そういえば」
仁科は続けて言った。
「クリスマスにお正月って、あんたのお母さん来てくれとったのに、あんたは何でけーへんようになったの?」
昔から幾度となく聴かれたことだった。
大抵はテキトーに答えるか、無視してたが今回もごまかした。
「もう、この世界に迷い込んで四日目……。いや、五日目か……」
「……せやねえ、ずっとこのままとか?」
「もう少し、ここで様子見ていたら、何か解るかもしれん」
「ここを使ってた誰かというのが現れるん? ほんまに? もう、ひょっとしたら世界中の人が消えてもーたとかかもしれへんで。なんか、そんな気がする……」
「まあ、とても地球とは思えんし、我々だけしか――その可能性もありうるかもな」
「それやったら、わたし、凛一くんと結婚するしかないんかな」
「ええっ!?」
かなり動揺した。
仁科もまた、夜のせいで気持ちが大胆になっているとか?
「だって、わたしらが、子ども作らんかったら、人類絶滅してしまう事になるで。種として再び人類を繁栄させる義務ってあるんちゃうかな。どちらにせよ、一生カノジョがおらんとか、あんた、そんなん耐えれるん?」
そ、それは……さすがに……耐えれんな……。
**
背を向けて横になる凛一に身を寄せながら、千景はふと思い出していた。
小五の冬の夜に見た、神からホレ薬を貰ったという夢を思い出していた。
ホレ薬を貰っただけではなく、まだ続きがあった。
夢の中で、神のハイアグアのアヌは更に奇妙な事を千景に告げた。
トカゲのような顔のマスクながら、深刻な表情になって。
『あなたの十四の誕生日までには、間に合うよう、どうにか対策を立てておいてあげる。せめて、もうひとつ、贈り物を受け取って欲しい』
『対策って、どういうこと? 何か起こるの?』
『──ハエの王が現れる』
アヌはそれだけしか言わなかった。言ったのかもしれないが、もう詳細は覚えてはなかった。
ハエの王って、なんなのだろうと千景は思った。
――それに、十四のわたしの誕生日って、もう来月やん。
……まあ、気になるといえば、気になるけど、夢は夢やな。
そんなことを考えつつも千景は、次第にうとうとし、いつしかそのまま眠りに落ちていた。
次に目を覚ますと、一人で寝ていた。――凛一くんは?
千景はそう思うと、直ぐ床で寝ていた凛一に気が付いた。
時刻を見ると、
「2た抵スいまス偵?? 時刻AMュ04:06」
夜が明けるまで、まだ暫くかかりそうだ。
千景はハッとして、床で寝てる凛一を二度見した。
そういえば、薄暗いからよく見えてないものの、一糸纏わぬ凛一であった。
寝苦しかったのだろうと思った。
そっと、掛け布団で隠しといてやる。――まあ色々、難しい年頃やしな。と思った。
しかし、年頃の男子といえば、頭の中はいやらしいことでいっぱい。
考えてみてれば、こんな状況、普通ならいつ襲いかかられてもおかしくはない。
凛一は山羊座だけあって、草食系というものだろうか。おまけに肉類も概ね食べない。
学校で言い寄ってくる男子のようなガツガツとした感じはなかった。
深夜に目を覚まし、怖過ぎるので、一緒寝るということになっても安全とか。
そう思うと、なんだかおかしくなった。
素っ気なかったり、憎まれ口を叩いたりはするものの、千景に割と従順だ。
風呂とトイレは、覗き防止対策として、大人しく拘束されてくれたり、
気味の悪い虫などのボディガードや、
食事の用意もサポートしてくれようともしている。
チョロい男子とも言えるが、頼りにもなってるなと思った。
** 多邑凛一視点
朝、一旦目を覚ました。
仁科はベッドでまだ寝ていた。まだ朝寝坊出来るな。もう一寝入りするか。
仁科……。
もう最悪、この世に人間が二人だけとなってしまっていたとしても……。
生涯、我にカノジョというものが出来なくても……。耐える他なかろう。魔王さまだしな……。
――って、その場合、仁科にもカレシが出来ないということになってしまうのか……。
……困ったものだ。
我には、仁科というのは、改めて考えてみると、遠くから見ているくらいが丁度いのだ。
毎日、始終、顔を突き合わせ、距離が縮みゆくが……。
性格には難があるし、見た目は美人なので、如何ともし難く、緊張する……。
ああ、逃げ出したくなる……。
更には詰んでいた。
仁科に、卍・シークレットファイルが見られていただけでなく、コピーまで取れてたとか……。
ああ……。
死亡フラグだろう。
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