6話 ある少女の黒歴史 2
その途方もなく広大な原野には、ポツンとストリス・サークルに、三軒の小さな家しかなかった。
そのうち、仮住まいとした一軒のベッドに腰掛け、千景はふと思い出す。
この世界に迷い込んだ前日の朝、ようやく、制服の衣替えのあったところだった。
千景は、夏服になるのが遅いと思った。
女子というのは、小学五年ともなると、もうブラを着け出す生徒も出て来ることもあってか、
小五から小八までは、学校の場所も別になり、
女子更衣室もあり、制服を着るようになるのだった。
成長期なので、直ぐサイズも変わってしまい、親も大変なことだろう。
まだ涼しいうちの朝がたのマンションの階段を降りていた。
清々しい風が、階段の踊り場を吹き抜けてゆく。
千景は、日直と同じくらい、割と余裕をもって家を出ので、
ちょっと足を止め、改めて当たり前だった世界を見入った。
高層マンションばかりが建つ、窮屈な風景だが。
マンションの階段を降りると、啓子が待っていた。
たまに一緒に登校することもあった。
「おはよう。千景ちゃんて、背も高めでスラっとしてるから、ほんま、ロングヘアが似合うね。風で優雅に動きをつくるのがええ感じやわ」
そう言う啓子は、ショートボブが似合が似合ってるな、と千景は思った。わたしは逆にショートって似合えへんと思う。
啓子は昔からショートだった。特にスポーツ女子というわけでもなく、むしろ、自分と同じで、啓子は運動が苦手だったなと思った。
「千景ちゃんて、マジメやのに髪型だけ校則違反やん。勇気あるなあ」
千景は、校則では長過ぎるロングだ。
「そんなん、注意された時だけ結わったりしてテキトーに直してごまかせばええやんか」
どうやら啓子は、もし異世界転生したら、神さまから何をひとつ貰いたいのかが聞きたいようだった。
そういえば、千景は、まだそのお題に答えてなかったなと思った。
二人して学校へ歩き出しつつ、千景は一呼吸置いて言った。
「色々と考えたんやけど、異世界の通貨が無限に出てくる財布が欲しいかな」
「あ、それ、なかなかええね。でゅふふ。あーしが欲しいのは、モンスターを倒すと通常より三十倍の経験値が入る天使の帽子とか」
うーん……啓子は、女子力アップのための経験値稼ぐほうがええんちゃうかな。折角、美人で胸も大っきいし、それが地味で目立てへんというんは勿体ない。──そんな余計なことを思いつつ、千景は相槌をする。
やはり、みんな同じようなことを考えるのだなと千景は思った。
啓子は、そんなことを言い始める。
「あと、どんな相手でも立ちどころに恋に落ちる魔法って、どない? その魔法の使用者に、たちまちメロメロになるとかやで! でゅふ、でゅふふふ」
そう言う啓子の視線の先には、マンションの階段から降りて来る凛一の姿があった。
そう、啓子は凛一のことが好きだということを聞かされてていた。
千景はそれに思うことがあった。
凛一はあれで、女子の間では、優しいとも言われてとって──どこが? って思うねんけど──、一部に何人か、あんなアホでもキュンとなってる子もおったりもする……。
稀にだが「仁科さんて、多邑君のこと『凛一くん』て呼んでたりしてるし、近所なんよね」と、千景に色々、凛一のこと聞いてくる女子が居たりもした。
凛一は自分には優しくないと千景は思っていた。
千景にとっても、また啓子にとっても凛一とは幼馴染みである。
これまで千景は、啓子と凛一が二人、キャッキャウフフしてるところを幾度となく見てきていた。
ほんの一部にだが、凛一にキュンとなっている女子たちが居るという事実……。
むしろ、千景にとっては、
凛一というのは、どちらかと言うと、
丁度、異世界ファンタジーに出て来るような、
現実では、さっぱりパっとしないような、
さえない男子の典型に思えた。
啓子が話題を変え、言った。
「最近、地震更に多くなってきてへん? 昨日の昼休みにもあったやん」
「ああ、せやったね」
「なんか、それで凛一くんがエッチなマンガ描いてたとかいう肉筆同人誌みたいなノートが出てきたって話し聞いたけど、千景ちゃん見た?」
千景は、それより、地震の影響で小学生最後の舞台が中止になるのではないかと危惧していた。
『ハムレット』のオフィーリアをしっかり演じ、フィナーレを飾りたいと、切に思っていた。
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