4話 異世界転移かアブドーラ・ザ・クショーか

 仁科が川をお風呂代わりにした後、

まだお昼過ぎだというのに、日が暮れて、しまいには夜になった。 


 ストリス・サークルには、自動で照明が幾つも灯った。    

 夕飯を終える頃、また日が昇り出すとか、何か調子が狂う。

 

 さて、寝るかという夜の十時辺りは、完全に日中だ。


 幸い、家の中の窓のブラインドで、日差しを完全にシャットアウト可能だった。

 夜の十二時を過ぎると、今度はまた次第に日が暮れ、夜になる。 


 文字化けしていたストリスが表示する文字。

 それは家の中でも表示させるのが可能だった。

 時刻だけは、

「??ス抵ス抵ス擾ス偵??    時刻Aュ?00:12抵シ」

と二日目をまたいで三日目の深夜辺りに、なんとか読めるようになった事に気が付いたのだった。

「午前〇時十二分か」

 時間は間違いなかろう。

 日に夜が二回来る。ややこしいが……。



 夕食を終えた頃、また夜が明け始めた。

 立形水飲水栓で歯を磨き終えると、続いて仁科も歯を磨き始めた。

 ストリスを見やった。

「た抵ス抵ス擾ス偵??    時刻Pュ?07:36シ」

 午後七時三十六分か。


 仁科は歯を磨きながら、何やら思案気に言った。

「わたし、これって異世界転生したんちゃうんかなって思う」


「えっ、ラノベというもので流行ってるような? 廃れてきてるような? やつか。そんなこと現実に起こるとは思えんが」

 ……ん? 変だなと思い、我は付け足した。


「てか、仁科にラノベを読むような趣味があったとは意外過ぎるが」

 仁科は、口の中をゆすいで歯を磨き終えて言った。

啓子けいこがハマってるみたいで、わたしに薦めてきてん」

「ああ、そういうわけか」

 合点がいった。啓子くんはオタだった。


「『でゅふ、でゅふふ』って変な笑い方するようになったんいつからなんやろ? 啓子。そんな風に笑いながら『もし、異世界転生するとしたら、持って行けるチート能力とかチートアイテム、神さまからひとつだけ貰えるとするやん、そしたら千景ちゃんやったら、何にする?』って聞かれて……」


「何と答えたのだ?」


「……あんたに関係ないやん。神さまに貰うような、チート能力か。今のところはまだ何かわからんだけで、そのうち、わたしらなんか出来るようになったりとか?」 

 

「あれって、事故かなんかで死んで、別世界で別の肉体でよみがえるのだろう? 我々は死んではいないが」


「ヘンタイな多邑凛一は死にました――。死因は、校舎三階にある女子更衣室を覗こうとしての転落死です」

 仁科は声色やたたずまいまでガラっと変え、おごそかな口調で言った。


「……上手いな。酷い死因まで即興でとか。……あったまくるが」

「そんな感じやなくても、別の肉体やなくて、転生やなくて、転移して異世界に行くってパターンもあるみたいやけど。それに、あと、何がキッカケで、こんな世界に迷い込んだんかも覚えてないし……」


 にしても、そこまで我をヘンタイ呼ばわり……。もしや、仁科は我の、卍・シークレットファイルを見たとか……。

 どうなのだ? と問いたいところだが、ふうむ、やぶ蛇になるかもしれぬ……。


「我はUFOによるアブダクションではないかと思う。さらわれたときの記憶は消されてるとか。このストリス・サークルといい、とてつもなく高度な技術、そんな物的証拠が揃ってしまっている」 


「アブ…… ? アブドーラザクショー? なにそれ」  

 

「それで、どこか、地球からはるか数百光年離れた系外地球型惑星であるこの星、惑星ストリスで、なんらかの実験を行っているなどとも考えられよう。我々は、被験者かもしれん。こんなところ、とても地球とも思えんしな」

「そういや、UFOってアレか? あっちにあんで」 


 仁科について来いと促され、向かった。

「アブドーラザクショーというのが好きなんやったら、案内したろ。たまたま見かけてん」

「ん? レジェンドレスラーの息子? プロレスラーがいたのか……」


 仁科に案内されたそこには、空飛ぶ円盤状のものが、地面に斜めに突き刺さっていた。


「……ただの岩だと思うが。しかし、どこかで見たことある岩のような? 自然に出来た岩じゃない気がする。遺跡か?」


 ……それにしても、どこで見た岩だったか。


「舗装されてないところには長居したないわ。き、キモい虫とかいっぱい居てそうで……」

 仁科は、怖気たように周囲を見渡すと足早に、舗装されたエリアの方へと去って行った。


 辺りは草木が生い茂り、直ぐ側には、うっそうとした森に囲まれていた。

 ナラやワカヤマの山奥に行ったことがあるが、その比ではなく、密林に近い感じもする。


 でも、気候的には熱帯ではない。

 ほとんどが見慣れぬ植物層ゆえ、そのように見えるというだけか。

 もっとも、我にはどんな生き物が生息してるのか、すこぶる興味深かった。



 ストリス・サークルに戻り、

水を飲んでいると「異世界に行ってしまった場合って、もとの世界に帰れるん?」そう、仁科に尋ねられた。


「ソレ系ラノベと言っても、最後まで読破したり視聴したものは少数ゆえ、何とも言えん。そのまま異世界に住み着くのがほとんどとか?」


「始まりの村とかも無さそうやしな。見渡す限り、人跡未踏のような原生林ばっかし、どーんと広がってるだけやし」


「確かに、他に人ひとり居ないとあっては、ここはどこなのかすらもわからぬ」

「どうしたらええと思う?」


「ここで待つ他なかろう。他にも人は居るはず……」

「その根拠は?」


「ここだ。ストリス・サークルに三軒の家や三台のロボット。もはやチート級と言っても良いほど便利な機材群もある。それなくしては、今頃我々は、とんでもないサバイバル生活を強いられる羽目になっていただろう」


「お風呂にトイレも無く、衣類は一揃いだけ。食事はカロリーメーツのみやけど。……まあ、確かにそこは助かってるんかも」


「そんな機材群は、どこで何者によって造られたのか? 遺棄されたとも思えん。使用してる者が必ず居るはず。たまたまどこかへと出払ってるだけだと思う。その者が戻れば何か分かるかと」


「せやなあ。下手に動かん方がええには賛成や。キモい虫とかいっぱい居てそうやしな」


 *

 

 午後九時を過ぎた頃、仮住まいの家のベッドでゴロリとした。

 地震のせいで、仁科宅が断水になり、夜遅くまで我の家に居座っていたことを思い出していた。


「わたしの背中流して貰おうかな」

 仁科は更にそれ以上のことを、あの日言った。


「何やったら、一緒にお風呂入らへん? 啓子とは二、三年前くらいまでは一緒に入ってたんやろ」

「ははは、は入ってなどおらんわ!」


 女子というものに、ろくに耐性のなかった純情な我は、びびってしまうことしか出来なかった。

 まさかマジ? いやそんなことあり得ん。何か裏があるのだろう。

 ここで「うむ、では入るか」などと言ってしまえば「そんなこと本気にするとかキモい!」と言われてしまうのがオチだろう。

 からかうのが目的なのだろうな、と思った。


「凛一くんが先、お風呂入り」

 仁科にそう言われ、とっとと入ることにした。


 風呂に入ってから、暫くすると、風呂の磨りガラスのドア越しに仁科の気配を感じた。

 服を脱いでるようだった。


 ま、ま、まマジか⁉︎

 我は、仰天して即、浴槽に頭まで浸かった。心臓がバクバクし出す。


 風呂のドアが開き、髪をアップにした仁科が顔を出した。

「湯加減どない? わたしも入るで」


 恥ずかしさのあまり頭がどうにかなってしまいそうだ。

 こんな時に限って、いつもより湯加減は熱い。

 のぼせ死ぬ! 逃げ出したい! もう泣いてでも逃げ出したい! 


 ついに仁科は、堂々、風呂へと入り込んで来た。


 ……堂々。……インチキだった。


 仁科は、セパレートの水着をちゃっかり着ていた。

 ビキニほどの露出面積のない水着を……。

 我は、一糸纏わぬ姿であるのに対し、仁科は水着……。

 ――してやられた!


「凛一くんのまだ男らしさのない裸なんかみても、別に恥ずかしくないし」と強がってみせた仁科。

 その割に、恥ずかしそうにもじもじとキョドっていた。


 この世界二日目に目覚めた時も、我はマッパだった。

 早よ服着て! と強い口調で言ったな。

 我の裸など、なんとも思わないというのは、いささかムリがあるのだろうな。

 照れ隠しなのか、風呂掃除用ブラシで、浴槽で頭まで浸かっていた我を、何度もつついてきた。


 もっとも、我の方が逃げ出したいほど恥ずかしい羞恥プレイであり、キョドっていたが。

 更に、オカンがいつ帰宅して来るのかわからない。

 まあ、帰りは遅くなるだろうとは思っていたものの、テラチキンな我にはそこも気が気ではなかった。


 互いに恥ずかしくて顔赤くしてるのか、風呂の熱さでなのか判らないのは救いだった。

 確かに、混浴というものに憧れはあったが、我にはムリゲーだと悟に至った。


 そんな状態で「洗って」と催促する仁科の背中を何とか流した。

 背中を流しながら、意外に仁科のヒップラインの辺りはエロいなと思った。

 同級生女子というものに、初めて、まじまじとエロさを感じた。


 仁科の背中を流してる時は、セパレートの上の水着を脱いでいた。

 背中を向けてるのだから見えはしない。

 我の方も見られない。そこまでは問題はなかった。


 しかし、仁科にしてやられた我。多少、頭にもきていた。

 特に考えがあったわけではないが、

何となく「脇毛くらいキチンと剃れ」と言ってやると、

仁科は想定外にも過剰に反応した。

「えっ、ええー⁉︎」

 虚をつかれたよう、

仁科は「ちゃんとしてたはずやで」と言いならがら、右腕を上げ、

自らの脇を覗き込むよう、少し振り返り確認しようとした。


 そのいとま、ほんの一瞬だが、仁科の胸が見えた。

 本当に一瞬だったので、殆どわからんかったに等しい。

「あっ、ちょ、ちょー、凛一くん、わたしの胸見たやろ‼︎」


 否定出来ず、その後お仕置きが待っており、つくづく散々だった……。

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