向き合う定め ―2
この夏の成果を思い出してレイが項垂れた。夏季休業のほとんどをその練習に充てても、レイに使える魔法はたったの七種類しか無かった。そんな状態にも関わらず、周囲の生徒はレイが到底習得もできないような複雑で難解な魔法を操るのだ。その中で大丈夫などと強がりを見せるほどの余裕は流石のレイでも持ち合わせていない。
「私が対戦する相手は、みんな色んな魔法が使えるって言うのに。そんな中でどうやって戦えばいいのかいまだに想像もできないよ」
「本番間近でそんな後ろ向きでどうすんだよ。この夏の間も実戦形式の練習かなりやったじゃないか。それに、基本魔法だけしか使えないからって負けが決まったわけでもないだろ?」
「そうならいいんだけど」
レイの中でやはり煮え切らない思いが僅かに残っていた。今までと比べれば見違えるほど魔法も実技も上達はしている。自信が全くないとも言えない。しかし、わざと手加減された試合しかしたことのないレイが他の生徒と本気でやり合った場合にどうなるのかは未知数だった。存外好戦するとも、呆気なくやられてしまうとも、予想だけなら都合の良いようにどうとでも言える。
「今のところ、結局は相手次第って感じだよ」
「そう言えば、もうレイのクラスでも対戦表が配られたんじゃないのか?」
「うん、それならさっき貰ってきたよ。でも怖くてまだ中は見てない」
卒業年度の生徒だけとは言え、今年も卒業試験として数百人規模の試合が行われる。円滑な試合運びの名目で、その際に個々人が誰と対戦するのかの組合わせが事前に配布されることになっていた。本番をほんの数日後に控えた生徒らはその対戦表を見てまだ戦ってもいないというのに一喜一憂するわけだ。
「さっきルクス君も言ってたけど、私たちの先生が言うには、半分以上は実力が同じぐらいの相手と当たるように割り振られてるって」
「私と同じぐらいの実力なんて、どこ探しても他にいないでしょ」
自虐して見せながらレイが制服のポケットから三つ折りにされた紙を取り出す。裏から用紙の端に学院の判が透けて見えていた。
「じゃあ、開けるよ」
固唾を飲んだレイが震えた手でゆっくりと紙を開く。逆さまになって現れた文字たちに一瞬息を呑んだが、すぐに自分が読めるように上下を入れ替える。
用紙の上部にはレイの名前とクラスが書いてあり、対戦表であるとの説明が堅苦しい言葉で羅列されていた。そのすぐ下からは試合の順番と日付、そして対戦相手の名前が連なっていた。
上から一つずつ丁寧に目を通していくと、レイもよく知らない生徒の名前が並んでいる。しかしそのほとんどがレイと同じように下から数えた方が早い部類の成績なのだろう。卒業予定の生徒でさえ数百人を抱えているのだからそれ自体はなんらおかしいことではない。しかし、七つ目に差し掛かった途端、三人の視線がそこに釘付けになった。
「第七試合……リリィライト・ソケート」
誰が発した言葉なのかは分からなかったが、その場の三人ともが同じようなことを思っていた。レイがこの対戦表を見ているということは、遅かれ早かれリリィも同じものを目にするはずだ。
「レイちゃん……大丈夫?」
ティアが心配そうにレイの顔を覗き込む。人一倍リリィの名前に釘付けになっているようで、ティアが覗き込んでいることにも気付かないでいた。
「ねぇ、レイちゃんってば」
何度か呼びかけて肩を揺するとようやくレイが声に気付いて振り向く。
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。今はもう大丈夫だから」
慌ててはいたが、ティアが心配するほど過去の思い出たちが溢れ出てきたわけでもない。ただ、今までの自分ならどう返していたのだろう、と心の中でレイは自問していた。今までの弱い自分なら怯えて、怖がって、そこから目を背けて逃げ出そうとしていただろうか。
しかし、今のレイはそうしようとは微塵も思っていなかった。逃げ惑う理由もなくなり、むしろ困難に立ち向かう明確な理由を見つけた。今はただ進むべき道の遥か遠くに目指していた光を見据えている。何もかもを投げ出そうとしていたあの時とは全くもって違うのだ。
「なんか、運命的な何かを感じるよな」
反対側に座るルクスがまるで自分のことのように感慨深そうにそう言った。振り返ると何故か目を瞑って腕組みをしている。
「運命なんてそんな大袈裟な物じゃないでしょ。この組み合わせだってある程度成績で分けられてるんだろうし」
「そんなの考え用によるだろ? レイもリリィもこの対戦を待ち望んでたって思えばそりゃ運命って言ったっておかしくないさ」
不自然なまでにルクスは自信満々に答えて見せた。レイも心のどこかではリリィと見えるその時を待ち望んでいたに違いない。その証拠に、あれだけ嫌がっていた試験本番のその時を楽しみにしている自分がいた。
「でも、相手はリリィちゃんでしょ? 無事に勝てるのかな」
不安そうな声をティアが漏らす。対等な相手のみで構成されるわけではない組み合わせだったが、ある意味意図的とも思えるものに、もはやレイ本人よりもティアの方がレイのことを心配していると言っても過言ではなかった。
とはいえ、確認するまでもなく圧倒的に格上のリリィに対して、レイが無傷で試合を終えれるなどとは考えられない。下手をすれば大怪我に繋がるかもしれない可能性を孕んでいる中、親友のことを心配せずにはいられないのも事実だった。
「勝てるかどうかなんて今はまだ分からないよ。それに無事じゃ済まない可能性の方が大きいかもしれない。けど、それでも精一杯頑張ろうって、そう思ってる。ううん、そうしなきゃ行けないんだと思う。じゃなきゃリィちゃんに失礼だから」
そう答えるレイの表情は自然と口角が上がり晴れやかなものだった。それまで抱えていた不安や焦りは何処へ消えたのか、レイの中で不思議と自信が溢れ出てくる。つい数分前とは一転、その時に期待している自分がいた。
「ざっと見た感じこの中だとリリィが一番手強い相手って感じだよな。もしリリィといい勝負したいんなら余計に他の奴らになんて負けてらんないぞ」
「そう、だね。確かにそう。リィちゃんに挑むのに、その前で立ち止まってなんていられない」
浮ついた気持ちと共にレイは拳を堅く握った。用紙が歪むのもお構いなしに力を込めるとそのまま立ち上がる。
早い生徒でもうすでに卒業試験は始まろうとしている。数日と開けずにレイの順番が回ってくるはずだ。本当にわずかしかない残りの時間で何ができるだろうか。これ以上何か新しい魔法や技術が身につくとも思えなかったが、それでもリリィと試合をすると分かった以上そこに最高の状態で挑まなければならない。そう思うと居ても立っても居られないソワソワした気持ちがレイの中で沸々と湧いていた。
今からでも浮ついた気持ちを沈めてくれる何かを求めてレイは二人を引き連れて広場を後にした。過酷な夏は試練を抱えて別れを告げたはずだったが、秋らしくない熱の籠った風がまたと無いチャンスを運んできている。この秋は例年よりも暖かくなる、とそんな予想がされていた。
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