箱に閉じる ―3

「また……失敗」

「だな。流した魔力の量で暴発した時の振る舞いが違うってのは前から予想してた通りになったけど、どれも似たようなところまでしか進まないな」


 大きく息を吐きながらレイが大の字に床に寝転がる。視線はやはり壁に向いていた。


「全力でやっても暴発、抑えても暴発。全然上手くならないよ……」


 基本魔法の訓練を終えて初級魔法に移ってから既に数日が経とうとしていた。この期間にレイの中の苦手意識を払拭するためにも何度も手を替え品を替えて挑戦してきた。しかし、レイが魔法を編むことができたのはただの一度もなかった。


 初めこそ、すぐにはできないから、と気丈に振る舞っていたレイだったが、そもそも初学の素人でもできることが何年も学院で勉学に励んできたレイにはできない。次第に不安が芽を出し、すぐさま焦りを実らせる。実った果実が腐り落ちるとそれに諦めが集りつつあった。


「まあ新しい魔法を覚える時なんてこんなもんだろ。あんま焦ることもないさ」

「でも、夏休みもあと少ししか無いのに、私はまだ基本魔法だけ」

「今まで一つもできなかったのに基本魔法なら全部の属性が操れるだけ十分さ。まともに魔法使える奴らにだって苦手な属性の基本魔法がボロボロのやつはいるぜ?」

「でも……」


 仰向けのままレイは額に腕を当て光を遮る。天井から照らす照明の光が眩しくて見ていられなかった。


「今さらこんなことやってるの、私だけなんだよ?」

「進捗なんてそいつ自身がどこを目指してるかであって他人と比べるもんじゃないだろ。できないことをやろうとしてるのは全然悪くないと思うぜ」

「でも……」


 でも、でも、でも。反芻する言葉に何の意味もないことなどレイが一番理解していた。言い訳の言葉を並べている暇があるのなら一歩でも先に進むべきだ。頭ではそう思っていても、しかし後ろを向いたまま前を向こうとしない身体は言うことを聞いてくれなかった。


「何をそんなに落ち込んでるんだよ、らしくないな」

「そんなことないよ」

「そんなことあるだろ」


 しゃがみこんだルクスがレイの腕を退けて上から覗き込む。逆さまに映り込んだルクスで光は遮られたが、結局眩しいことには代わりなかった。


「今までできなかった基本魔法がこの数日でできるようになったじゃないか」

「たったそれだけだよ。今まではそれしか見えてなかっただけで、私にはできないことの方が多いって分かっただけだった」


 今まで躓いていた道でようやく一歩が踏み出せた。しかし、その道は既に皆が通り過ぎた後で、今さらその場所にいるのはレイしかいなかった。


 ルクスの言う通り基本魔法は失敗することなく編むことができるようになった。しかし今は初級の魔法に躓いている。たとえ初級の魔法が扱えるようになったところでまた次の魔法が、そしてその次の魔法が順番にレイの目の前に立ち塞がるだけ。先の見えない道を前にしてレイの気力も底を尽きようとしていた。


「あとどれだけ躓けばいいのか……私、分からないよ」


 躓くのが怖かった。置いていかれたくなかった。もう一歩を踏み出す勇気と強さが欲しかった。


 なあ、と視界の外からルクスの声がした。起きる気力も湧かず、レイはその言葉に耳だけを傾けた。


「レイは何でそう頑張るんだ? 今さら俺が言うのはおかしいけど、辛いんだったら諦める選択肢だって……今まであったはずだろ?」


 諦めたくはない。そんなことは今まで口でなら何とでも言えた。明確な根拠も無く、それでも今までそうやって自分を鼓舞してここまで来られた。しかし、いつでも辞めれたのも確かだ。わざわざ辛い思いをしてまでできないことに固執する理由もない。相反する想いに挟まれる中で、それほどまでに何を欲していたのか、レイには思い出せなかった。


「レイが諦めが悪いのは知ってる。だからこそ、ここまで来られたのに理由がないわけじゃないだろ」

「……置いていかれたくない」


 弱々しくレイの口が動く。恐怖と孤独が止めどなく溢れていた。だからこそ恐怖観念に突き動かされてそう口走ったのかも知れない。


「俺やティアならずっといるじゃないか。魔法が使えるか使えないかでなんてレイを判断したことなんてなかっただろ」

「違う、そうじゃない」

「俺やティアじゃないって言うなら…………リリィ、なのか?」

「何で、リィちゃんのこと……知ってるの」


 どうしてルクスがその名前を知っているのか、理由などよりもリリィの名前に反応してレイは勢いよく身体を起こした。


「元々はレイから聞いた。それにティアからも。疎遠になった仲の良い友達がいたって」


 ルクスがリリィの名前を口にしてからというもの、レイの中で押さえ込んでいたリリィとの記憶や感情が一気に溢れ出した。楽しかった思い出、愛おしいと思える思い出。しかし同時に、辛く苦しい嫌な記憶がそれらを塗りつぶしていく。


「もしかして、リリィのことを気にしてたのか?」


 ルクスの言葉にレイは口をつぐんで目線を逸らせた。やましい理由があったわけではない。しかしレイのごく個人的な言い訳でルクスに面倒はかけたくはなかった。誰にも告げずにこの想いは仕舞っておくつもりだった。


「……リィちゃんとは、ケンカしたの。もうずっと昔に」


 しかし、レイの意思とは関係無しに喉元まで出かかった言葉が気付けば無理矢理表に出ていた。


 続く言葉たちに抵抗する事はなく、観念したかのように身を任せてレイは瞼を落とした。

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