向けられる ―2


「にしてもティアもティアで大変だよな」

「どうして?」

「だって基本的にレイとティアはずっと一緒にいるだろ? レイに何かあったときはティアが大体全部やってやらなきゃいけないだろ。クラスだって違うのに。ああは言ったけど、たとえ相手がレイじゃなくても俺なら無理だな」


 ルクスの言う通り教室こそ違えど、確かに学院の生活ではほとんどレイとティアは行動を共にしていた。


「別に大変だなんて思ったことないよ。ここに来る前からレイちゃんとは一緒に生活してたんだもん。それに一年生の時には同じクラスに仲のいい友達が別にいたみたいだったから、その時はその子と一緒に過ごしてたみたいだよ?」

「へぇ、レイってティア以外にも仲いい奴いたんだな」

「それ、多分本人に言ったら怒られるよ」

「でもそんな奴がいたのに、今はそいつの話なんて聞かないよな。まるで元からいなかったみたいにさ」

「私も詳しくは知らないんだけど、一年生のクラスって本当に一年間だけですぐにクラス替えがあったじゃない? それで疎遠になっちゃったとかじゃないかな」

「でもティアとは別のクラスなのに今でも仲良くしてるだろ」

「私は寮の部屋が一緒なのもあるからね。でも、言われてみれば確かにおかしいかも。別にクラスが違っても会おうと思えばいつでも会えるのに」

「誰だったか前にレイがしゃべってなかったか?」


 記憶の片隅でレイがその少女について話していたのが思い出される。いつのことだったがはっきりとしないが、ティアもルクスも確かにその名前を聞いているはずだった。


「私もそうだったと思う。それも割と最近の気がする」


 ここ数日の記憶をティアは順に洗い出していた。授業の合間にレイと話をした時、夏季休業が始まる直前に卒業試験の相談を受けた時。レイが発した言葉の一つ一つが鮮明に思い出されていったたが、一向に目当ての会話が見当たらない。


「俺もその場にいたはずだよな。聞いたって記憶はあるし」


 ルクスも腕を組んで記憶を捜索し始めた。小さくうなっては細々としたレイトの場面を思い出すが、めぼしい情報は浮かんでくる気配がない。


「思い出した!」


 ティアが再び急に立ち上がった。


「うわっ、また急になんだよ」

「思い出したんだってば。レイちゃんが言ってたその子の名前、リリィちゃんだよ」

「リリィって……あー、言ってたような気がする」

「気がするんじゃなくて絶対にそうだって。訓練の帰りにリリィちゃんとすれ違った時に言ってたじゃん」

「んー……ああ、あの時か」


 二人の脳内に同じ場面が映し出された。燃えるような夕日で照らされた廊下を歩くレイたちとその反対から向かってくるリリィ。すれ違いざまに何かあったわけではなかったが、その後でレイがリリィのことを“この学院に来て初めてできた友達”と話していた。


 話していたレイが少し照れくさそうなうれしそうな表情をしていたはずだ。秋に控えた試験で不安そうにしていたレイが久しぶりに見せた明るい笑みは、ティアの脳裏にこの上なくまぶしく焼き付いていた。


「あの時、久しぶりにリリィちゃんに会ったみたいなそんな感じだった。あの時はしゃべってなかったけど、あの後で会って話したりとかしてたのかな」

「案外ティアみたいに試験のことを相談してたりするのかもな。だから今回はティアに何も言わなかったとか」

「そうかもしれない。あんなに風にレイちゃんが話すならリリィちゃんの方に相談持ち掛けててもおかしくないよね」


 ルクスに代わって今度はティアが腕を組んで考え込み始める。


 本当にレイがリリィの方に相談を持ち掛けていたとして、なぜティアたちには何も言わないのかという疑問は残ったままだ。しかし、ティアたちではなく、リリィにしかできない相談だった可能性もある。それも含めてリリィに聞いてみればわかることがあるはずだ。


「私、リリィちゃんに話聞きに行ってみようかな」

「聞きに行くって今からか?」

「うん。こういうのって早い方がいいだろうし」

「そんなこと言ったって、訓練の方はどうすんだよ。今だってレイを待たせてるし、それにリリィが今どこにいるかなんて分かんないだろ」

「それは友達とかに聞いてみるよ。だからルクス君だけで先に行ってレイちゃんのこと見てあげてくれない? やっぱり私今からリリィちゃんのところに行ってくるよ」


 わきに置いたグラスと目の前の器を両手に持つと、ルクスの生死も聞かずにティアは食器の返却口の方へと小走りに去っていった。


 少し前までのティアの険しい表情は無く、非常に晴れやかで快活なものだった。


「ティアもすぐ勝手にどっか行くんだもんな。これじゃあレイのこと言えないだろ……全く、今度は俺がこっちの役回りかよ」


 大きなため息がルクスの口からこぼれた。面倒な役回りが回ってきたとはいえ、友人の抱えていた心配事が一つでもなくなるのならそれに越したことはない。これも今の自分に与えられた役割なのだと思えば不服ながらもいくらか折り合いが着いた。


「これ以上レイを待たせとくわけにもいかないし、そろそろ俺も行くか」


 盆を持ち上げてルクスも返却口へと向かった。既に食堂内にティアの姿はなく、ティアが置いていったと思われる器とグラスも返却口から姿を消していた。


「流石にレイに何か持って行ってやるか」


 持ち運べる軽食でも持っていけばレイの夜食ぐらいにはなるだろう。お腹が空いていないなどと言いつつも何か食べ物を用意すれば大抵のものは食べるのがレイだ。ルクスの中では既にレイは食いしん坊キャラが板に付くようになっていた。


 もう少し遅れることを心の中でレイに詫びながら、ルクスは短くなりつつある注文の列に並び直した。

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