向けられる ―1
「――――――っていう話なんだけど、ルクス君どう思う?」
「それは確かに怪しいな。あの例が晩飯抜きとかありえないだろ」
「そうだよね。毎日のご飯だけが楽しみだって言ってたのに」
「いや、レイでも流石にそこまでは言わないだろ」
「さっきレイちゃんにも同じこと言われた……」
すっかり日も暮れ、夕飯時間近の食堂は予想するまでもなく混んでいた。ティアとルクスが食堂を訪れた時には既にほとんどの席が埋まっており、二人分の席が偶然空いていたのはまさに奇跡としか言いようがなかった。
食堂前でルクスと合流すると、ティは早速レイのことについて相談していた。夕飯を食べなくてもいいと言って廊下を走っていってしまったレイの姿を思い出すたびに、ティアの中で明らかな不信感が募る。それと同時に、ティアにも相談できないような悩みを抱えているのではないかという心配も大きくなっていた。
「でも、日ごろからごはんを楽しみにしてたのはほんとだよ。それなのにどうしてあんなこと言ってたんだろ」
「話を聞く限りだと、晩飯を後回しにするぐらい重要な用事があったんじゃないかと思うけどな」
「レイちゃんにとって食事より大事なことなんて……あると思う?」
「まぁ……確かにすぐには思いつかないよな」
ここ二週間程度の浅い付き合いしかないルクスでさえ、レイが毎度の食事に対して並々ならぬ心血を注いでいるところは飽きるほど見てきた。例え訓練でボロボロになって今すぐにでも倒れてしまいそうな状況であっても、レイはその後の食事だけは欠かさなかった。食に対しては恐ろしいほどの執念を持ち合わせているレイが、おいそれと夕食を後回しにすることなど考えられない。
「じゃあちょっと行ってくるから待っててくれ」
「分かった。お願いね」
席に着くとルクスが注文待ちの列の方へと向かった。一人残ったティアはルクスの後姿を目で追いながらも、相変わらずレイのことばかりを考えていた。
日々何よりも優先していたものを差し置いてまでレイが優先しなければならなかった理由がティアには全く想像もつかない。それともティアたちと一緒にいては都合の悪いことでもあるのだろうか。いずれにしても、今朝までのレイにそのような不信な点は見当たらなかったはずだ。
「レイちゃん、わざとらしく嘘つくなんて、今までなかったのに。本当にどうしちゃったんだろう」
疑問とともに大きなため息がこぼれる。初めて見る親友の不可解な行動にティア自身もとても困惑していた。
しばらくすると、二人分の料理を盆にのせたルクスが戻ってきた。その間もティアは独り言を繰り返してはそれをため息で押し流すことを繰り返していた。
「待たせて悪いな。いつもこんな時間夕飯なんて食わないから、こんだけの人がいるってのが逆に新鮮だよ」
「そういえば、ルクス君って人込み苦手だったりするの?」
「いや、そんなことはないさ。でもやっぱりこれだけの人数の生徒がいるってのは改めてみるとすごいよな」
「食堂の広さなんて生徒の人数に比べたら全然間に合ってないし、もっとどうにかなればいいのにね」
ルクスがティアの前に料理を置く。夕食を抜いたレイが既に訓練場の方で待っているはずなので、すぐに済ませられるようにとルクスが注文してきた料理はうどんだった。
ルクスが戻ってきてからも食堂にいる生徒の数は減る様子が無い。それどころか逆に増えているようだった。相変わらず食堂は満席で、隅の方にある立食用のスペースもすでに人であふれかえっている。他方で、携帯できる軽食を注文してそのまま食堂を出ていく生徒も少なくはなかった。
「それで、どこまで話したんだっけ」
「レイちゃんが夕飯抜きなんておかしいってところまでだよ」
「そうだったな。えっと、じゃあ他に変わった様子とかは無かったか?」
「さっきも話したと思うけど、あとは本を庇って転んでけがしたって言ってたぐらいで」
「身体中に切り傷みたいな跡がいっぱいあったってやつか。それもなんか怪しいよな。転んだだけで身体中に切り傷なんてできるわけないし」
「そうなんだよね、私もそう思う。今朝レイちゃんが着替えてた時には何ともなかったから、今日できた傷なのは間違いないと思うんだけど」
「どこで怪我したって言ってたか?」
「中庭のちょうど壁が崩れてたところに突っ込んだって」
「そんな都合いい場所なんてないだろ。一人で魔法の練習してたならまだしも不自然すぎる」
「考えれば考えるだけ分かんなくなってくるよ」
ルクスの言葉を聞きながら、ティアは自分の料理を箸でつつき始めた。ルクスに相談してみれば何か手がかりが見つかるかもしれないと思っていたが、結局のところ何ら手がかりをつかめることもなく、容易く行き詰ってしまった。
何度考えてもレイの言動に違和感を感じずにはいられない。
「やっぱりその傷が一番怪しいだろうし、本人に直接聞いてみるのが一番じゃないか?」
「でも、また転んだだけだって誤魔化されるかも」
ルクスの言う通りではあったが、これまでを見ていてレイ本人がそれを正直に話すとは思えない。それどころか、本人がわざわざ隠そうとしていることにあえて首を突っ込むこと自体が間違いなのではないか、そんな思いが一歩踏み込むことを邪魔していた。
「レイちゃんが今まで嘘つくなんてなかったんだ。それどころか何でも真っ先に私に相談しに来るんだよ? 試験のことだけじゃなくて他の悩み事とかも。だから何かあったら相談ぐらいしてくれるものだとばかり思ってたのに」
「レイのやつって嘘つくの経たそうだよな。今回みたいにすぐにばれそうで」
「そうなの! レイちゃんってばものすごく嘘つくの下手なんだから。今日だってあからさまに嘘ついてるのがバレバレだったし、私に気を使ってるみたいな顔までするんだよ? だから、それ観てたらなんだかモヤモヤしてきて」
予想以上に言葉に熱が入ったティアが思わず立ち上がる。テーブルを強く叩いた拍子でグラスの中で水が暴れる。一方で、それを見ていたルクスはまるで開いた口がふさがらないようで、驚いた表情をティアに向けていた。
「ご、ごめん。いきなり大声なんて出して」
「いや、まあ驚きはしたけど別に気にしてねぇよ」
すぐさま座ったレイだったが、顔の周りが火が付いたかのように熱かった。慌てて水を煽ったが、グラスを持つ右手が分かりやすく震えていた。
「なんて言うかさ、ティアってレイのことになるといつも本気っていうか真剣になるよな」
「それってどういう意味?」
「俺にレイの魔法を見てほしいって頼んで来た時だって真剣そのものだったし、絶対に口説き落として見せるんだって凄んでたじゃないか」
「あ、あれは……だって、レイちゃんに任せてって言っちゃってたし」
「でもなんか友人以上の付き合いって感じだよな。まるで家族みたいに大切に思ってるみたいにさ」
「確かに、レイちゃんとはこの学院に入る前からの付き合いだし、ほとんど家族みたいなものだけど」
話しているうちにティアの中で先ほどとは違った恥ずかしさが込み上げてくるのを感じた。自分でレイとの関係を話すことなどなかったため、改めて考えてみれば人に話すような内容としては少し恥ずかしいのかもしれない。
「だからこそ今回も何か裏があるんじゃないかってすごく心配してるし、力になることがあれば何でもするって思ってるんじゃないか?」
「うん、それは確かにそう。でも、ルクス君に相談してるうちに無理に聞くのも悪いんじゃないかなって思ってきて……」
後ろめたい気持ちを抱えているのかもしれない親友に無理矢理聞き出すようなやり方はやはりティアにはできなかった。何度も繰り返し問いただせば、押しに弱いレイのことだからいつかは話してくれるのかも知れない。しかし、ルクスの言う通り家族のような存在に詰問まがいの行為を働くわけにもいかず、本人が話そうとするまで待つのが良いのではないかとも思えてきた。
仮にどのような方法を取ろうにも、ティアたちの方で原因が分からない以上これ以上探りようのない八方ふさがりの状態だった。
「俺はティアに比べてレイとの付き合いが短いかもしれないけどさ、一応レイとは仲良くやってるつもりなんだ。で、理由はなんにせよ、何か悩みを抱えてるなら解決してやりたいじゃんか。多分レイにとって一番そういうことを相談しやすいのってティアだと思うぜ」
「そう、なのかな」
「仮にも学院の中で一番長い時間を過ごしてきたのはティアだろ? それに、レイのことを一番理解してるのもティアじゃないか。他に話し相手になる奴なんていないさ」
「正直に話してくれるかな」
「さあな。でも、レイしか知らないことなんだ、聞いてみないことには始まらないだろ」
こういう時、ルクスのように楽観的に物事を見られることが羨ましかった。変に悩むこともなく、ただ相手の正面からぶつかれるだけの度量があれば、もっと簡単にレイの悩み事を解消してあげられたのかもしれない。ティアの中にあった迷いが少しずつ晴れていくような気がした。
「私、もう一回だけレイちゃんに聞いてみるよ。今度は直接、何か悩みが無いかって」
「だな、俺もそれが一番だと思うぜ」
気持ちがすっと軽くなるのと同時に一気に空腹が押し寄せてくるようだった。目の前にある手つかずのうどんがティアの目には何倍も美味しそうに見える。空腹は最高のスパイスなどとよく言ったものだが、そもそもそれを感じられるだけの余裕があっての言葉なのだろう。
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