第4話 いざ、執筆!

私は、し行の本を探す。

そう、小説の神様と謳われていた人物……。

志賀しが 直哉なおや』先生の本を探すことにしたのだ。


お目当ての本は、すぐに見つかった。

【小僧の神様】、この中に収録されている【城の崎にて】だ。


志賀先生は、大正二年に山手線で撥ねられたという。

今となっては大惨事だろうが、当時は山手線でも現代ほど速度が速くなかったらしい。

それでも、志賀先生は頭蓋骨が見えるほどの重傷だったという。

「そりゃそうだ!」 

私は逸話を知った時にツッコミを入れざるを得なかった。


その後、療養のために城崎温泉へと行き、そこで書かれた作品が【城の崎にて】である。

蜂、鼠、イモリ、それらの死を見つめ、自分は事故に遭っても生きていて、と命を考える小説にもなっている。


私は、その小説を何度も読み返した。

当たり前のことだが、人生は一度しかない。

そして、時間は戻らない、というよりも戻るはずがない。

だからこそ、自分の決めた道をしっかり進んでいきたい。

私は改めてそう思った。


図書館で借りた本を持ち、私はお気に入りの場所へと向かった。

その時に見た夕焼け空は、とても美しく感じた。

メモ帳を忘れてきたことを、私は深く後悔した。


ならば、とスマートフォンのカメラを起動する。

その夕焼け空の写真を撮って、少し散歩がてら買い物をした。

もちろん、買ったものは……。

『原稿用紙』だ! 


本来は、書くべき時期ではないと分かっている。

けれど、どうしても書いてみたい衝動に駆られたのである。


恐らく、この瞬間を大事にしなければいけないのだろう。

私は直感的にそう思った。


やっぱり、書きたい! 

どんな稚拙な文でも構わないから書きたい! 

作家への思いはやはり、捨てきれていない。


原稿用紙を広げ、いざ!とボールペンを手にした。

だが、ふとした瞬間に思い出してしまうのだ。

あの呪縛のような声を。


「絶対無理」


「時間の浪費」


「才能がない」


「書くのは紙の無駄だ」


「最高の笑い話だ」


いつまでこの呪縛は付きまとってくるのか……。

幼馴染みの言葉に負けたくはない。

私はやはり、手が震えてペンを置く。


書きたい! 

この気持ちはあるというのに。

どれだけ自分は臆病なのだろう。

自分に嫌気がさしていた。


それでも、もう一度私はボールペンを握った。

文章にしなくていい

単語で良い

そう思って少し、原稿用紙に物を書いた。


本当に単語の羅列だ。

この時は、この言葉しか浮かばなかった。


『書きたい!』

『才能はないけど』

『ただ、書きたい!』


心からの叫びだったのだろう。

ただひたすら、そう願った。


不思議なことに、その言葉を書いた後。

呪縛の言葉はなぜか脳裏から一旦消えた。


才能なんてない。

文も上手くない。

それでも

夢は夢だ。

諦めたくない。


そう、ずっと

心が叫んでいた。

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