第10話 人類にとってプラス
鎌形首相は元気いっぱいに、国民のために、働くつもりだった。
《希望に満ち溢れ、光に向かって飛び出していく。ポジティブな気持ちが、みんなを幸せにしたいという思いが、止まらない。》
《国民の生活が第一だ、国民の笑顔が第一だ、という真っ直ぐな誠意が、政治人生を形作ってきた。》
《変わらない思い。日本という素晴らしい国に生まれて、暮らしてきて、心の底から、喜べる、幸せを実感できる社会が理想。》
《みんなに笑顔になって欲しい、幸せになって欲しい、ただその一念だけだ。》
鎌形首相は、起きてすぐ、全裸で空手の稽古をし、瓦を二十五枚割り、独自に編み出した健康呼吸法を1時間行い、フレンチトーストとコーヒーを食し、国会に向かった。
車のなかで、先日亡くなった妻子の写真を、微笑みながら、凝視する首相。
《国のために犠牲になった2人のためにも、粉骨砕身、頑張るしかないのだ。》
そんな鎌形首相に異変が起こったのは、予算委員会での、30分に及ぶ「性行為はなぜ気持ちいいのか?」という野党議員の質問に対しての答弁中であった。
「総理!なんでチンポコをしゃぶられると気持ち良くてすぐにビュッビュル!って射精してしまうんですか!総理!しっかり答えてください!疑惑は深まっています!総理!」
攻撃的な怒り口調で、野党議員が叫ぶ。
すると、
「あで?あでで?あで?あで?」
それまで流暢に話していた鎌形首相が、幼児の真似のような口調で言ったのである。
野党議員たちがヤジを飛ばした。
「性行為もわかんねえのか!クソ総理よお!チンポコをマンコに入れてズボズボしたことねえのか!クソ総理よお!」
「あで?あでで?あであで?あで?」
鎌形首相は頭を掻きむしる。
予算委員会委員長は「総理は真面目に答弁しなさい!性行為がなぜ気持ちいいのか、国民は気にしているんですよ!」と注意。
しかし、鎌形首相は寄り目になり、両手を頭に乗せ歯茎を剥き出しにして、猿のようなポーズをし、
「あで?あでで?あで?あでえ?あであでえ?」
と幼児の真似のような口調で述べ続けた。
その時、女性議員が、総理の腹部が異様に膨らんできていることに気づいた。
「総理!お腹が!」
女性議員が叫んだ時である、鎌形首相がマイクの前で凄絶な悲鳴「アギャー!」を発したのだ。
顔は真っ赤で、白目を剥いていた。
不可解な爆発である。
鎌形首相は、腹部を中心に爆発した。肉片が、国会内の予算委員会室に飛び散る。大臣たちの顔に、鎌形首相の臓物の一部が張り付いたりしたが、爆発に巻き込まれた議員はいなかった。みんな、鎌形首相がなんか気色悪い、ということで、離れていたのだ。
鎌形首相の白目を剥き、口を大きく開けた血まみれの生首が、委員長席の、机の上に、乗っていた。
その様子は国会中継により、無修正で全国放送された。
各テレビ局は、繰り返し、鎌形首相が「アギャー!」と絶叫し、爆発四散する様子を、センセーショナルなナレーション付きで、何度も何度も、しつこく放送した。
小倉秘書の話では、一昨日、池袋駅の構内を視察中に、鎌形首相は外国人風の男(菓子を売り、金を貯めて桜を見る会を開きたいと、熱心に話していた褐色の肌をした中年男性)から手作り菓子を勧められその場で購入その場で食べた、実はそれ以降、少し体調を崩していたのだという話。
「総理は人に心配をさせたくない、というタイプの人ですから、隠していたんでしょう」
小倉秘書は涙ながらに語る。
だが、隠すことが本当に良かったのか。今回、幸いにも巻き込まれて死ぬような人はいなかったが、もし、そうなっていたら?
責任は重大である。
その点、鎌形首相の行いについては、賛否、かなり割れている。
だが、不可解な爆発を起こすような人間の遺伝子が、気色悪い遺伝子が、ここで完全に途絶えたことは、大きな視点から見れば、人類にとってプラスだったと、言えそうである。
(了)
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