第6話 品性溢れる微笑
目が覚めた時、あたしは大量のゴミ袋に埋もれていた。
路上にあるゴミ捨て場だった。
燃えるごみの日なのか。回収を待つ、大量のゴミ袋。
薄い生地の白いビニールの袋。中が透けて見える。生ごみ、衣服、使用済みコンドーム、大量のティッシュ、コピー用紙、破られたノート。
あたしは全裸で、寒かった。
大量のゴミ袋は、体を温めてはくれない。
大量のゴミ袋は、羽毛布団ではない。そのことに、特段、怒りを感じることはない。
そんなことに怒りを感じる人は、多分、然るべき病院に行った方がいいし、かなり「変な人」だと思う。
あたしは、「変な人」が嫌いだ。
常識的な発言、行動を心がける人が好きだし、付き合いたい。
昔、執拗に、あたしに対して「あなたの唾液が欲しい」と連呼しながら付き纏いをしてきた奴がいて、それ以来、「変な人」は無理になったのだ。
そいつは近所の独身寮に住んでいる沢木ってサラリーマンで、ネット上で小説を書いていると言っていた。
「小説で多くの人々を気持ち良くさせたい。喜んでもらいたい。サービス精神が止めどなくて毎日更新していますよ!」
沢木はあたしの唾液を求めながら、そう熱い口調で話した。
確か「転生したら美少女化したモンスターたちの住処でいきなりドキドキハーレム物語がスタートするかと思ったけど実際はそんなにモテなくてそれでモテるために努力を始めたんだけどなかなかエッチなことが起きなくて諦めかけていた俺の元にやって来たアンドロイド美少女が恋人になると宣言してきて!?」という題名の小説を連載していると、言っていた。
その長々しく300話くらい書いてある小説をプリントアウトして、無理矢理あたしに渡して来たこともある。
もちろん読まずに捨てた。
小説を読む、という行為は映画を観たりマンガを読んだりすることに比べて、負荷がかなりかかる。
そのことに無自覚で、長々と書いた長編小説を渡して来て、ぜひ読んでください!などという人物の想像力など底が知れている。
そんな人物が押し付けて来た小説を読むことなどありえない。
ただただ不愉快で他人に負荷を押し付けてくる人物なのだから、二度と執筆できないように手の指、足の指をすべて切断するべき。
もちろん、口述筆記も許されないので声帯も破壊。
今は、視線で文字入力をすることもできるらしいので、当然、眼球も破壊。
鉄パイプでボコボコにしたうえで河原にでも放置しておけばいい。
生きるか、死ぬかはそいつ次第だ。
二度と他人に長編小説を読むように強要しないのであれば、べつに生きていても構わない。
もちろん、金が貰えるわけではないので、死んでしまってもべつになんとも思わないのは事実。
あたしは、自分のマンコを見た。
黄色い、小さな花が一輪、挿入されていた。可憐な花。
「メランポジウムって名前の花だっけ?」
マンコから、花を抜き取る。
花には、白い、ねっとりとした液体が付着していた。
あたしは、スンスンと、花の香りを、嗅ごうとした。
「くっせえ!」
あたしが叫んだ。
あまりにも生臭く、イカ臭く、腐った臭いがした。
精神的な苦痛を負った。
誰に、賠償請求すればいいの?
もう一回、花を鼻に近づけ(クダラナイダジャレ。でもわざとではない。偶然なのだ。そのことは、明確に表明しておきます。)スンスン、嗅いでみる。
「やっぱりくっせえわ!」
あたしは花を地面に叩きつける。
しばらく、悪臭を放つ花を睨みつける。
《メランポジウム。花言葉は「元気」だと、あの男の子は言っていたっけ。》
「家に帰らなくちゃ……」
全裸のまま、あたしは自分の体を抱くようにして、ゆっくり、ブロック塀に沿って歩いて行った。
空はどんよりと、重たい灰色をしていて、その灰色よりも、もう少し薄い灰色の雲が、ゆっくりと、流れていた。
人通りは皆無だった。
人類が絶滅したのかも知れない。
「日本は、どうなるの?こんなことで……」
あたしは不安を言葉にした。長引く不況、無能な政治家、国際社会のなかでの立ち位置、現代日本に山積する問題は、あまりにも深刻で、未来には絶望しかないように、思われた。
「ここは……どこなの?」
「あら!貴美子さんじゃないの!」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには五十嵐伯爵夫人が立っていた。
目頭切開で大きくなった目、ヒアルロン酸を注入した分厚い唇……。
フェイスリフト手術によって、皮を引っ張られた皺のまったくない頬。
実年齢は75歳以上だと言うが、40歳代にしか見えない。
……高さ80センチはあるだろう、大きく盛られた髪の毛。色はピンク。
シリコンを大量投入した乳房……豊満な身体を包み込む、華麗な、フリルが大量についている紫色のドレス。真っ赤なハイヒール……。
五十嵐伯爵夫人は本物のセレブなのだ。
「どうしたの?公共の場でマンコを出すのは犯罪なのよ?」
「ごめんなさい……気がついたら全裸でゴミ捨て場にいたんです。わざとじゃないんです……」
「まあ!大変だわ!寒いでしょう?」
「はい。寒いです。それに、日本の将来も、とても不安で……」
「そうよね。さっき、3丁目のファミレスで黄色いガス兵器を使ったテロがあったって言うし、日本の将来は不安。私みたいなセレブは特に、負け組、敗残者、貧乏人に殺されてしまう可能性が高いし、怖いわ……知り合いの政治家に、貧乏人・負け組処刑法案の制定を急ぐように言ってはいるのだけど」
「え?テロ?」
「まあ、いいわ。貴美子さん、とりあえずうちにいらっしゃいな。暖かくして、少しお休みになるといいわ。うちのシェフに作らせた美味しいビーフストロガノフがあるから、お召し上がりになって!普段、貧乏人・負け組には絶対に食べることが叶わない最高の料理なのよ」
五十嵐伯爵夫人はドレスの上に羽織っている薄い紫色のマントを脱ぎ、あたしに渡してくれた。あたしはマントを羽織った。
「暖かいです……」
あたしが囁くような声で言うと、五十嵐伯爵夫人は本当に、品性溢れる微笑を浮かべて頷いて、あたしの肩を、そっと抱いてくれた。
(了)
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