第5話 「生き甲斐」を見つけよう
朝になってゴミ収集の車が各地域を回り始める。
そのゴミ捨て場にも、当然、ゴミ収集の車がやって来る。
「おい!やべえぞ!」
ゴミ収集業者のおっさんが叫ぶ。
大量のゴミ袋に埋もれるようにして、服を着ていない、女のマネキンが遺棄されていた。
マネキンの側には小さな黄色い花が、一輪落ちていた。
「これ、今日出すやつじゃないだろ!分別しろよ!カス!」
おっさんは唾を吐いて、マネキンの頭を蹴った。
マネキンの首が落ちた。
「この地域の奴はマジでカスだわ。生きたままドラム缶に入れてガソリン掛けて燃やしてやりたいよ、本当に」
おっさんが毒づいていると、ゴミ収集の車の運転席にいるもう一人のおっさんが怒鳴る。
「おい!もたもたしてないで、さっさと作業しろや!」
「うるせえ!今からやるとこだったんだよ!」
「いいから、さっさとやれや!」
「うっせえ!」
おっさんはマネキンの足を掴んでゴミ収集の車の後ろに行った。
ぐるぐると、破砕装置が回っている。
「入れちまえ!」
おっさんは言って、引きずって来たマネキンを破砕装置に放り投げた。
「バキッガゴ」とか「バゴゴ、ゴキッベコ」とか、
マネキンが砕かれていく音がかなり派手に、大きく響いた。
「あっ!ない!」
空になったゴミ捨て場の前で叫んだのは、学生服を着た少年。
身長180センチくらいで、スポーツ刈り、体格がいいので、柔道部だろうか。
眉が太くタレ目で、柔和な感じの顔つきをしている。
彼の名前は野口次郎17歳。
「なんで?ないよ!俺のマリリン!」
ここに、3日前から置いてあった裸の女マネキン。
野口次郎はそれに「マリリン」と名前を付け、路上に人のいないタイミングを狙って、「マリリン」の顔の前にチンポコを露出し、シコシコ、その場で扱き、射精をしていた。
それが、野口次郎の数少ない生き甲斐となっていた
部活動でどんなにしんどいことがあっても、「マリリン」の顔に射精をすると、全てが帳消しになった。癒された。
「俺の、心の闇を、唯一癒してくれたのが、マリリンだったのに……」
野口次郎はいかにもションボリした様子で、空になったゴミ捨て場の前で立ち尽くしていた。
「ねえ、坊や。いいかい?」
項垂れる野口次郎に声を掛けた人物。
年齢は50代半ばだろうか。
ビール腹で、髪はボサボサ、無精髭、顔中に赤い湿疹ができていて、目は小さく、濁っていて、前歯が欠けていて……黄ばんだタンクトップ、脇毛が豊富にでていて……とにかく清潔感という言葉から、最も遠いといって過言ではないような、そんな人物。
「なんだ、あんた!」
野口次郎は驚いて叫ぶ。全く気配を感じなかったからだ。
このような気色悪い見た目ではあるが、この人物はどこかの国のかなり厳格な特訓を受けた傭兵ではないのか、という疑いすら、咄嗟に浮かんできた。
思えば、この人物からはイカの濃厚な臭いがする。それは、大量のスルメを生産する組織に潜入したりする場合には大きなカモフラージュ効果を生むだろう。企んでやっているとすれば、プロの傭兵あるいはスパイである可能性は、かなり高い。
《「傭兵」とは、金銭などの利益により雇われ、直接に利害関係の無い戦争に参加する兵またはその集団である。》
とても戦争のプロには見えない人物。だが、それは相手を油断させるための擬態のようなものではないのか。
ビール腹で、髪はボサボサ、無精髭、顔中に赤い湿疹ができていて、目は小さく、濁っていて、前歯が欠けていて……黄ばんだタンクトップ、脇毛が豊富にでていて……とにかく清潔感という言葉から、最も遠いといって過言ではないような、そんな人物は、ゆっくりと野口次郎の方に近づいてきた。
そして、野口次郎の肩を抱こうとする。
むわっと、豊富な脇毛から、饐えた臭い、生ごみに人糞を多量に混ぜ込んだような臭い、積極的には嗅ぎたくない臭いが、放出される。
「おじさんはなあ、昨日、ここを通り掛ってなあ、坊やが、可愛いチンチン出して、シコシコやって、気持ちよくなっているのを、見たんだよお。可愛かったなあ、坊やのチンチン。なあ、坊や、おじさんが、マリリンになるよ。なあ、おじさんに坊やの美味しい白いクリームソースぶっかけてくれないかなあ?」
「きめえ!」
野口次郎は怒鳴り、その50代半ばであろう醜悪な男の腹を蹴った。
「きめえんだよ!」
おっさんが生きている意味がわからなかった。
たとえ傭兵であろうと、野口次郎が自分で雇っている傭兵ではないので、特段、生きていてもらう必要は、なかった。
《こいつが生きていても、死んでいても、俺には何にも関係がない。金が貰えるわけでもないし。もし金が貰えるなら生きていて欲しいけど。そんなわけないしどうでもいい、というのが本音。》
「うぐっ」と唸り声を出して、男はその場にうつ伏せに倒れて動かなくなった。
「なんだ。この程度の蹴りも避けられないなら、こいつはかなり厳しい特訓を経た傭兵でもなんでもない。ただの気色悪いおっさんだ」
気になっていたことだったので、確認できてよかった、という思いが、野口次郎のなかに湧き上がっていた。
あるいは、こいつは本当の本当にある国の傭兵・スパイで、自分は偶然にもそれを素晴らしいやり方で倒してしまったのかも知れぬ、という考えも浮かんだ。
「だとしたら、それは凄いことじゃないか!」
プロの傭兵・スパイ以上の戦闘能力の誇示。
格闘家としての才能が、野口次郎のなかで開花したのか。
空っぽになったゴミ捨て場の前で、野口次郎は雄叫びを上げ、素早い動作でシャドーボクシングを開始、見えない敵たちを、その顔面を次々に殴りつけた。
そのシャドーボクシングの様子を、ファミレスの裏口から出て来て、路上を歩いていたモグラ研二(第4話に登場済み)が、目撃していたのだ。
モグラ研二は「ファンを名乗る人物」からツイッターのダイレクトメッセージを受け、要望に応じてファミレスに行った。
しかし、行ってみたが、誰もいなかった。
それは良くあることだった。
プロではない、有名なネット作家でもない奴の文章を読んで、心からの感銘を受けたなどという人が、そんな簡単にいるわけもない(人は文章に感動しない。それを書いた人物の権威やブランドに感動する。それを知られると下劣な人間だと思われるからあくまで表面上は文章が素晴らしいと言うのである。これを指摘すると烈火のごとくキレる人物がいる。キレるということは図星なのだろう。わかりやすくて助かる。)。
そのことはわかってはいるが、毎回、そういうメッセージが来ると、信じてしまうのがモグラ研二だった。
結局、30分待っても誰も来なかったので、メロンソーダだけ飲んで店を出たのだった。
「なんだ?あのシャドーボクシングの動き……もしかして、あの子は、学生服を着てはいるが、それはカリソメの姿で、実は某国の傭兵・スパイなのではあるまいか?」
モグラ研二はそのように思ったが、便意を催したので、その場でズボンとパンツを脱いでしゃがんだ。
「うんち……うんち、でる……」
白目を剥き、涎を垂らしながら、モグラ研二は繰り返し言っていた。
白昼の路上、電信柱の横だった。
《便意を我慢するのは体に凄く良くないことだ。》
《それに自分にとって「うんち」をすることは何か、生き甲斐のようなものにさえ、感じられる。》
モグラ研二の剥き出しの肛門から、茶色いものが、割と多めにでてきていた。
うんちをしながら、モグラ研二のチンポコは、明らかに勃起していた。
「生き甲斐」を通じて、性的興奮を催しているのが、明らかだった。
「生き甲斐」は現代社会においてとても重要なことだ。
認知症の予防にもなる。
「生き甲斐」のない人物は急速に老いていくのだという。
生きていく意欲を失い、やがて、枯れ果てて死んでしまうのだ。
「生き甲斐」を何としても見つけないといけないのだろう。
それは現代社会で生きるためには必須なものだからだ。
少なくとも「マネキン女のマリリンに顔射する」という生き甲斐を失った野口次郎は、新しい「生き甲斐」として、「自分を最強の傭兵だとイメージしながらのシャドーボクシング」を見出した。
年齢が若いと、このように素早く、次々と「生き甲斐」を見つけることが可能。
だが、年齢を重ねていくと、知らないものや、やったことのないものに、興味を持つことが難しくなってくる。「生き甲斐」を、そんな簡単に見つけられなくなる。
だが、腐ってはいけない。
まずは身近なところから、興味の持てそうなことについて、ネットで軽く調べてみることだ。
簡単にできそう、ということから、チャレンジしてみると良いだろう。
「あっ!バイトの時間だ!」
野口次郎はシャドーボクシングを止めて、腕時計を見ながら叫んだ。
「生き甲斐」に夢中になって大事な社会における仕事を忘れてはならない。
そのことを、野口次郎、少年でありながら、彼は完全に理解していた。
立派なことである。
(了)
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