第4話 奴はすでにいなかった

(2022/01/10)

私がファミレスに呼び出したのはモグラ研二と名乗り、ネット上に文章を書いている人物。


見たところ気色悪い奴だ。全体的に、皮膚が青白い……髪はボサボサで、自分で毟ったのか、所々、禿げている。黒縁眼鏡で、酷いクマが、目の下にあり、ほうれい線が深く、弛んだ頬をしている。


視線は何もない宙を彷徨っている。

口を半開きにして、涎を垂らしながら、小さな声で何か言っている。


体型はずんぐりしていて、不似合いな可愛らしい猫のイラストがプリントされたTシャツを着用。


私がこの人物を呼び出したのは、この人物があまりにも酷いことを、ネット上に延々と書いていたからだ。


明らかに、勝ち組は全て殺害、とか馬鹿なことを言って凶悪犯罪を起こす連中の予備軍としか、思えなかった。


先日、このモグラ研二という気色悪い奴が公開した文章は特に酷かった。


いきなり女性が中年のデブで不潔な男(そのエピソードでは伝説のナンパ師だと語られていた)に殴られレイプされ中出しされて放置されたところに通りかかった学生らしい少年(身長が180センチ以上ある柔道部?らしい人物)が、その女性のマンコに綺麗な花が挿しこむ、という、要約して言ってみても意味がわからない、ただただ不愉快な内容のものであった。


それ以前にも、池袋の駅構内で「ドーナッツに似たお菓子」を売る外国人が、華奢でいかにも自分より弱々しい女性に対し、そのお菓子を投げつけ、罵声を浴びせる、という内容が書かれていたこともあった。


あまりにも酷い。倫理観が欠如しているとしか、思えない。


子供(社会全体の宝物)の教育にも悪い。


一刻も早く、このモグラ研二と名乗る人物には筆を折ってもらう必要がある。


あまりにも凶悪だし、反社会的だ。クズだ。ゴミだ。


こういう気色悪い奴が、幸せな人々に勝手に嫉妬して、凶悪犯罪を起こすのだ。


そもそも小説は読者を気持ちよくするものであるべきだろう。


こいつの書いているものは、わざととしか思えないほど不愉快、気持ちよくなるなどあり得ない内容。


物語とは、素材を提示して、それが巧みに処理されることで、読者をワクワクさせたりキュンキュンさせたりする、読者を気持ちよくするための構築物、装置であるべきだ。


このモグラ研二と名乗る人物の文章には、何の意味もない。全く知性を感じない。


ただ、ひたすら不愉快なシーンから不愉快なシーンへ移るだけ。


悪意の塊としか言いようがない。


読者が楽しめる要素など皆無。念密に考えられた物語構造、世界観、プロットもなく、ひたすら妄念に取り憑かれた残虐なシーンばかり描いている……なんなのか、このモグラ研二とかいうゴミは。


読者に対する執拗な嫌がらせをする変質者であるという疑いも、生じている。


そのことも、今日は聴取するために、ツイッターのダイレクトメッセージを用いて、こいつを呼び出したのだ。(いつも作品を拝読していてファンなんです、一度お会いして、お話ししたいのですが、と、送った。すると、こいつはまんまと引っかかった。いつお会いしましょうか、私はいつでも構いません、そのようなお誘いは光栄なことです、と返信してきたのである。馬鹿すぎる。こんな奴の不愉快なだけの文章を、好んで読む人間などいるはずがないというのに。知性が壊滅的レベル。猿以下としか言いようがない。)


そのツイッター上でもこいつは気色悪いのである。


他の人々が可愛らしい動物の姿や、教養に満ち溢れたツイートをしているなか、こいつは「精神が疲弊した」と毎日夜19時頃にツイートしたり、同時に非常に気色悪くグロテスクで残虐、アンチモラル的なイラストをツイートしたりしているのだ。


何の意味もない(読者に読むメリットがない)不愉快なだけの存在。


絶対に、モグラ研二には筆を折ってもらわねばならない。


場合によっては自殺を勧告する必要があるかもしれない。


社会に害のある人物に対しては、止むを得ないことだろう。


「ミチル!ごめん、待たせちまって」

トイレに行っていたショウゴが戻って来た。

「まあ、いいよ、座れよ」

私は言った。


この木更津ショウゴはネット小説家。


毎回美少女のおっぱいをちょっとした事故で触ってしまうアンドロイドの少年アツオを主人公にした冒険小説「アツオが行く!美少女しかいない世界に転生したアンドロイドが冒険しながら事故で美少女のおっぱいを揉み続けて幸せという感情を見つける物語」を連載中だ。


毎回美少女のおっぱいの感触について3000字以上費すことにより、多くの読者を気持ち良くさせているネット小説家の鑑のような人物。


私自身も神崎ミチルという名前で極めて健全かつ楽しく爽やかな青春学園ラブコメ「初恋の美少女と再会したら滅茶苦茶溺愛されて毎日エッチな体験をしてるんだけどそろそろ心臓が限界でやばいんだけど!」を連載中だ。


もちろん私も、読者を気持ち良くさせることを一番に、常に心がけている。


ショウゴは私と並んで座り、向かいの席にいるモグラ研二を見る。


「なんだ、こいつ、気色悪い奴だな。知り合いか?」

ショウゴが言って私を見た。


「いや、呼び出したんだよ。こいつ、ネットに気色悪い文章を延々と書いている奴で、モグラ研二って名乗ってる犯罪者予備軍」


「そうなのか。なんかキモイし、可哀想な奴だな。俺がこいつみたいな感じだったらとっくに自殺してるだろうな。よく生きてるよな……」


「うんち……」

モグラ研二が呟いた。


「は?」

私とショウゴが、ほとんど同時に言った。


「うんち!」

また、今度は大きな声で、モグラ研二が言った。

「うんち!うんちうんち!」


「なんだよ、こいつ!うんちって言えば面白いと思うのか?精神年齢いくつだよ、マジやべえな!」

ショウゴが叫び、席を立った。


私は異常な悪臭に気付いた。

「うわ!やばいぞ!」


間違いない。人糞の臭いだった。

凄まじい臭いが、すみやかに店内に拡散。


「うんち!でる!でてる!うんち!でてる!」 モグラ研二が白目を剥き、涎を大量に垂らしながら、叫んでいた。「うんち!うんちうんちうんち!」


「みんな逃げろ!死ぬぞ!」


ファミレスの店員たちが逃げ出し始めた。

甲高い悲鳴。

皿や食器がテーブルから落ちて破損。

床がぐちゃぐちゃになる。


私とショウゴも、死にたくはなかったから、ファミレスの外にでて行った。


「テロだ!」

野太い男の声が連呼。

「生物兵器によるテロだろ!やべえぞ!」


数十秒のうちに、ファミレス内部は濃い黄色いガスで覆われていた。内部は見えない。


今は、犠牲者がいないことを、祈るしかない。


手を合わせ啜り泣く若いウェイトレス。


若いウェイターは口を半開きにし、目を見開いていた。


ガスは、ゆっくりと、うねりながら、宙を移動していた。


呆然とした様子で、黄色いガスに包まれているファミレスの周りに、佇む人々。


「日本は、どうなるんだ?こんなことで……」

不安そうに、か細い声で呟く、コック姿のおっさん。


長引く不況、無能な政治家、国際社会との関係、色々な、日本の問題が、頭をよぎる。


やがて、ガスは収まった。

濃厚な黄色いガスは、消えて行った。

空気が、透明に戻った。

私たちはファミレスのなかに戻る。


モグラ研二は、すでにいなかった。


私は親しいエージェントに連絡し、モグラ研二の暗殺を依頼するつもりだ。

気色悪い奴は排除し、世界を正常化しなければならない。


(了)

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