【奇跡】『隕石直撃現場にいた青年、生還する』

うるふぇあ

隕石落ちるの? ならせっかくだし一目見にいってから死のうかな

 生きてさえいればいいっていう時代は終わったんじゃないかな。何て思うようになったのは大学生の頃だったと思う。


 一歩外に出てみれば皆板状の機械に釘つけだ。地面に寝転がる猫もホームレスも気にかけず、目の前で流れる動画に真顔で♡をつける。電車に乗ると子どもも大人もそれに夢中。大学につくと「昨日あがったあの動画さー」「これマジでおもろいんだって」「バズっちゃってさー」と目の前の画面の奥に広がる世界に夢中だとわかる会話が聞こえてくる。


 小学生のなりたいものランキングにYouTuberがランクインして話題になったのはいつだったか。今ランキング集計すれば、ティックトッカーやインフルエンサーもそこに並ぶのだろうか。


 皆SNS上で有名になり、何者かになりたいのだ。


 斯く言う自分も何者かになりたくないと言えば嘘になる。

 サッカー選手になりたかった。先生になりたかった。動画投稿者になりたかった。小説家になりたかった。インフルエンサーになりたかった。誰かが認める何者かになりたかった。


 今の自分はどうだろう。奨学金という借金をしながら食いっぱぐれなさそうな職業に就くことを目指して、資格取得のために大学に通っている。

 休みには安い居酒屋で安酒を飲み安くない煙草を吸い、友人と年金がもらえなくなるかもしれない日本はやばいかもしれないとSNSに流れてくる情報を肴に愚痴を吐く。

 

 「生きてさえいればいいなんて嘘っぱちだ」


 飲みすぎたと自覚し、酔い覚ましに帰路を歩く午前0時。将来は40半ばまで借金を返す生活になると考えると鬱になりそうだ。なんて友人と話したせいか、何もかもがネガティブに感じ取れて仕方ない。

 エモに支配された人達ならこんな夜もエモいと言えるのだろうか。なんて悪態を吐きながらSNSを開く。するとトレンド欄に見慣れない文字が並んでいた。


 「【速報】『隕石墜落の危険性。避難してください』『隕石』『日本終了』『地球最後の夜』……」


 その並びに今自分がいる地域が並んでいることに気がつくと、恐怖よりも先にハンマーで殴られたような衝撃と高揚感が脳を揺らした。


 「は、っはは……まじかよ。どこ、どこだ? どこに落ちるんだ?」


 考えるより先に小走りになっている自分に気がつき笑うと、隕石の墜落予想地を調べる。幸か不幸か徒歩10分もしない位置に墜落する予想だとのことだ。アルコールと興奮でアドレナリンが脳を麻痺らせ、鋭い冷気で肺を満たす。予想地に近づくと赤いランプと虎テープが進路を塞ぐ。

 同じ考えであろう人々が携帯端末やカメラを片手に国家公務員の仕事を邪魔しているのが見えた。どうせ皆隕石で死ぬんだから最期くらい仲良くすればいいのに、なんてよくわからない感想を抱きながら立ち尽くす。


 何者かになれる人ならこの騒ぎに乗じて墜落予想地に行くのだろう。何者かになれる人ならこの騒ぎをなんとかしようとするのだろう。


 だが、自分は何者にもなれない――――ただの一市民だ。怒声と罵声。赤ランプと虎テープ。フラッシュと野次馬。それを目の当たりにし、一気に夢から現実に戻された。そうだ、自分が生きているのはこういう社会なのだ。

 

 何者かになりたい人達が何者かになろうと足掻く地獄に暮らしているのだ。


 ポケットの端末が3回震えた。


 設定した覚えのないバイブレーションを疑問に抱きながらも無意識に習慣づいた動きで通知を確認する。見知らぬアプリから通知がきていた。


 『世界を救いますか? 詳細を今すぐチェックしよう!!』


 この瞬間にこの通知を飛ばすアプリ会社はチャレンジャーだな、と感想を抱きながらも通知をタップしてしまった自分に呆れる。


 アプリが立ち上がると、白背景に黒字でシンプルな選択肢が表示される。


 『世界を救いますか?』

 『はい/いいえ』


 あまりにお粗末な出来に逆に好感を抱く。まあ、どうせならと『はい』をタップすると、画面がブラックアウトし、『ご利用ありがとうございます』と表示された後には見慣れたホーム画面が映る。


 「はあ? 何だったんだよ」


 思わず独り言を言ってしまい、慌てて顔をあげ、誰かに聞かれてないかと見渡すと、皆上を見上げていた。


 星も見えないはずの空に眩い光がポツリと浮かぶ。それをジッと見ていると段々と大きくなってくる。それが何なのか理解できた瞬間、本能的なものなのだろうか、ブワァッと悪寒と共に鳥肌がたつ。

 上を見上げていた人々は蜂の巣をついたように急に騒ぎ始める。地べたに伏せる人。走り出す人。建物に逃げ込もうとする人。多種多様である。自分はどうしようかと考えるより先に誰かに突き飛ばされる。


 「った……。あ」


 起きあがろうとした次の瞬間、視界が白い光に染められて、轟音と衝撃波が感じ取れた――――と思ったら自分を基点として円状に小さな隕石が墜落していた。


 「……え、え。は。え。え」


 困惑と動揺でうまく言葉が出ずにいると、野次馬がパシャパシャピロンと写真や動画を撮っていることに気がついた。


 「……へ。へへ。いえーい………………」


 とりあえずぴーすしてみた。


 ・


 そこからは激動の日々だった。人生で1番忙しかっただろう日々。病院に担ぎ込まれ精密検査を受けたりテレビ取材を受けたりSNSで時の人となり取材申し込みを受けたりYouTuberにコラボ撮影を申し込まれたりと忙しい日々を送った。

 一歩街に出ると声をかけられ写真を撮られる。有名作品のセリフを借りると『生き残った男の子』であるためだろうか。その主人公の男の子は魔法学校入学前にこんなにも忙しい生活をしていたのだと、よくわからない現実逃避に近い感想を抱いていた。


 何もしないでも金が入り、何をしても金が入った。笑えるほど刺激的な日々である。『隕石生還ニキ』なんてあだ名もつけられた。


 そんなガラリと色を変えた日常を送っていると、あの日一緒に酒を飲んだ友人から連絡を受けた。


 「よう『隕石生還ニキ』景気はどうだ?」

 「あはは……まだ現実味がねえよ。あ、そうです、ああどうも」

 

 あの日と同じ安い居酒屋に入り友人と話していると、知らない人に声をかけられながら友人と酒を飲む。あの日と違うのは飲んでいるのがチューハイではなく、生ビールなことだろうか。


 「まあ、しかたないっちゃないけど、変わったよな、お前」

 「そうか? 何も変わってないさ。ただ隕石から生き延びただけ」


 そう、何も変わっちゃいない。それはわかっているはず。わかっているはずだ。『ただ隕石から生き延びた青年』というキャラクターが一人歩きし、俺自身は何者にもなれていないのだ。


 「いや、変わったね。俺にはわかる。お前、下手な手打って人生終わらせないように気をつけろよ」

 「なんだそりゃ。しねぇよ」


 妙なことをいう友人と別れ、帰路につく。あの日と同じ、酔い覚ましの為に歩く。少し緩くなった空気を肺に入れる。


 「生きてさえいればいいなんて、誰の言葉だったかな」


 ここ数週間は刺激的で激動の日々だった。この感覚を一度味わったら、元の日常には戻れないだろうと、思えてしまう。


 「ただ生き残っただけ。たまたま生き残っただけ……きっと来月よくて再来月にはただのコンテンツとして消費されて忘れられるんだろうな」


 ……嫌だな。と思ってしまう自分が気に食わない。ただ運が良かっただけで、有名人気取りしている自分が気に食わない。


 「はぁ……飲みすぎたな」


 少し有名になっただけで天狗になっていたのだろうか。何者にもなれなかった自分が何を宣っているのだろう。自分はただの一市民ではなかったのか。


 「まあ、宝くじにでも当たったと思って、これからは謙虚に――――」

 

 ポケットの端末が3回震えた。


 ・


 『隕石から生き延びた青年、再び隕石墜落で重体に』

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