第40話:一世一代の……

「あ、そうだ。美玖みくは俺のことをどう思ってるんだよ?」


 俺はちょっとパニクったこともあって、心の中にあった言葉がポロリと口をついて出た。


「私がどう思ってるかで、御堂みどう君の答えが変わるのですか?」

「あ、いやそれは……」


 美玖からしたらズルい質問に聞こえたかも。

 もし美玖が俺を好きならば、俺は美玖と恋人になりたいと答える。そんなふうに思われたんだろう。


 そう思えるような美玖の冷たい口調だった。


 事実、俺の心の中にはそんな気持ちがなくもなかった。それを見透かされてしまったんだ。


 激しく後悔が押し寄せる。


「まあいいです。ところで品川さんのことはどう思ってるのですか?」


 ここでこの質問。さらに胸の痛みが大きくなる。

 今日の美玖はえらく詰めてくる。

 まるで愛洲さんのような鋭いツッコミ。

 さすが姉妹だ。


 それとも風邪のせいで体調が悪く、イライラしてるんだろうか。


「品川さんは以前は憧れの人だったけど、今はなんにも思ってない」

「へぇ……私見ましたよ。倉庫で翔也君と品川さんが二人でいるところを」

「えっ……?」


 マジか?

 美玖はどこまで知ってるんだ?

 俺が『堅田を好きだ』と言ったことも知ってるのか?


 え? え?

 どうしよう……


「もしも御堂君が望むなら、品川さんと付き合いながら、私とエッチなことをしてもいいのですよ。どうですか? お得ですよ?」

「え?」


 まさか美玖までもが品川さんと同じことを言うなんて。

 つまり二人ともそれを認めるってことは、俺は二人と同時に付き合ってエッチなことをできる?


 それは男子高校生にとって夢のようなハーレム、酒池肉林の世界!!


 いやいやいや、違う!

 なにバカなことを考えてんだよ!


 俺が美玖に求めてるのはそんなことじゃない。

 エッチなことにはもちろんめっちゃ興味あるけど、もっと純粋に心を通い合わせたいんだ。


「俺はそんなことは望んでいない」

「そうですか。残念ですが諦めます。そこまで私とエッチなことをするのは嫌なのですね」

「だから嫌とかじゃなくて……」


 どうしたんだよ美玖。

 そんなことを言うなんてらしくないぞ……


「じゃあ、お姉ちゃんに脅されてるからですか?」


 ──ギクっ!


「え……? いや、そんなことはないぞ」

「ごまかさなくていいです。お姉ちゃんに聞きました」

「そ……そうなの?」


 もしかして、愛洲さんが言っちゃったの?


「つまり姉がいいと言えば、エッチなことをするのですね?」


 そうだよな。

 愛洲あいすさんさえ認めてくれたら、なんの障害もない。


「う……」


 うん、と言いかけて言葉を止めた。

 なにか違う。


 確かに以前はそうだった。

 愛洲さんに脅されてるから我慢しただけで、ホントはエッチなことがしたかった。


 だけど……今は違う。

 そうじゃなくて、美玖を大切にしたい。

 美玖ともっと普通に高校生の恋人同士がするようなことを経験して、徐々に大人の階段を登りたい。


 それが今の俺の、本物の気持ち。


「まただんまりですか。じゃあいいです。もう恋人ごっこはやめましょう。もう御堂君のことが嫌いになっちゃいました」


 えっ、なんで?

 ちょっと待って!


 嫌いと言われたショックで、内心思ってることと真逆の言葉が口から出た。


「美玖がそう言うなら……仕方ない」

「御堂君は、ホントにそれでいいのですね?」

「あ、いや……俺は……」


 美玖の問いかけ。

 それは彼女の最後の審判のように思えた。


 ここまで曖昧なことしか答えていない俺への最後通牒。俺の答え次第で審判が下される。


 その行き先は天国か地獄か──


 いや違う。そうじゃない。

 美玖の判断を気にして自分の答えを決めるのが、ホントにいいのか?


 こんなにうじうじしてたら、もし俺が『実は美玖が好き』と言っても、きっと美玖の気持ちは離れていく。


「美玖……やっぱちょっと待って」

「はい。なんでしょうか?」


 俺が『美玖が好きだ』と告白しても、それは変わらないかもしれない。

 だけどどうせ上手くいかないからって、戦う前から逃げてどうすんだ?


 やるならやろうぜ。負けるならちゃんと戦って、美しく散ってやろうぜ。


「俺は……俺は……」


 そうだ。俺は一世一代の告白をしてやる!


「美玖、聞いてくれ。俺は……」


 言葉が詰まる。

 誰か勇気をくれ。


 いや、自分でなんとかするしかない。

 ニセ陽キャを脱して、本物になるために。

 頑張るんだ俺!


「俺は……美玖が好きだ! ……大好きだぁぁぁ!」


 とうとう言ってしまった。

 って言うか叫んでしまった。


 美玖からはなんのリアクションもない。

 布団の中で呆れてるのか笑ってるのか。

 顔が見えないからさっぱりわからない。


「えっと……美玖さん?」


 返事がない。どんどん不安になっていく。

 フラれるのはまだしも、スルーだけはやめてほしい。


 まさか寝てる……?


「み、美玖は……俺のことをどう思ってるのかな?」


 布団がもぞもぞ動いた。


「私は……」


 布団の中から声がした。

 起きてるみたいでよかった。


 どんな答えなのか。

 ドキドキして続きを待つ。


「そのストレートな気持ちにすごく感動した」


 おっ、感動?

 やった。これはもしかして……


「うん。私もキミのこと、好きだな」


 やった! やったよ!

 好きって言ってもらえた!


 あれっ? ちょっと待って?

 美玖の口調が変だぞ。


「うん、思ってた以上にキミはいいやつだ。色々試すことを言ったけど、キミはブレなかった。私は好きだぞ。でも美玖がキミを好きなのかどうかはわからないな」


 掛け布団がぱっと払われて、中から女の子が現れた。

 前に見たクールな顔。うん、愛洲さんだ。


 ──え? 愛洲さん?


「な、なんで愛洲さんが?」

「キミの本心を確かめたくて、こんなことをさせてもらった」


 俺は愛洲さんが座るベッドに駆け寄り、めくれた掛け布団の中を覗き込んだ。

 美玖はいなかった。


「愛洲さん一人だけ?」

「そうだよ。なにか問題でも?」


 ありありだ!


「せっかく一世一代の告白したのにぃーっ!」

「うん。なかなかよかったぞ」


 なかなかよかったぞ、じゃないわ!


 愛洲さん相手にあんな告白を聞かせたなんて。

 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。

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