第38話:とても悲しい事実

***

<美玖Side>


 今日、とても悲しい事実を知ってしまいました。

 帰宅して自分の部屋に何時間もこもっていますが、私は今もまだ深い悲しみの中にいます。


 御堂君が居眠りの罰として荷物運びを言いつけられたので、手伝おうと思って数学教科準備室に行きました。すると御堂君はなぜか品川さんと一緒に荷物を運んでいたのです。


 私が後をつけていくと、二人は倉庫に荷物を運びこみました。

 しばらく外で見張っていたけど、御堂君も品川さんも一向に出てきません。


 二人は密室の中で一体何をしているのか?

 若い男女が二人っきりで密室にいて、することなんか決まっています。

 じゃんけんか将棋かゲームです。


 いえ、そうじゃないことを私は知っています。

 二人が倉庫の中で何をしてるのか考えると胸が締め付けられるように苦しくなって、どうしても確かめなくては、いてもたってもいられなくなりました。


 倉庫の引き戸を静かに、少しだけ開いて中を覗きました。

 そこでは御堂君と品川さんがすごく近い距離で向かい合って、何かを話しているのが見えました。

 しかも品川さんはネクタイを外して、ブラウスの襟元がはだけています。


 女子高生が学校であんな格好をするなんて信じられません。絶対にしてはいけないことです。(私を除く)


 いったい何を話してるのか。

 二人の会話に耳をそばだてました。


「御堂君って、私のこと好きなんだよね?」

「え……?」

「以前からキミが私をチラチラ見てたことを知ってるよ」

「うん」


 品川さんに訊かれ、御堂君はうなずきました。

 彼は彼女を好きだということを認めました。

 私の前では彼は否定していましたが、やっぱりそうだったのです。


 それは……わかっていたことです。

 御堂君だって、私なんかよりも学年一の美人と付き合った方が嬉しいに決まってます。

 でもいざ目の前で、しかも品川さん本人に向かって話すのを聞くと、あまりにショックで頭がぐるぐる回りました。


 全身が深い沼の中に引きずり込まれるような。

 どんどん、どんどん深いところに沈んでいくような。

 そんな感覚が身体中を包みます。


 これ以上二人の話を聞くことはできませんでした。

 私は静かに扉を閉め、重い身体を引きずって、走って帰りました。


 行き交う人の目があります。

 泣いてる顔を見せるわけにはいきません。

 涙は流さないように、私はがんばりました。

 がんばったおかげで、涙が出ることはなかったのです。

 誰か褒めてくださいな、えへん。


 家についてすぐに自分の部屋にこもりました。

 ベッドの上でうずくまり、膝を抱えて顔を押し当てると……それまで我慢していた涙が溢れて止まらなくなりました。


 やっぱり私ってダメですね。

 えへんとか偉そうに言っておきながら、涙を止めることができません。


 目を閉じると深い闇に引き込まれそうで。

 かと言って目を開けると世界は滲んで、土砂降りの雨の中でただただ空を見つめているかのようです。


 猫の翔也君が、私のそばで心配そうにみゃーみゃーと鳴いていました。

 いつもつっけんどんなのに、こんな時だけ優しくしてくれるなんて、翔也君はズルいです。

 だって声を聞くだけで翔也君って名前が頭に浮かんで……さらに悲しみが増すのだから。


 どれくらい経ったのかよくわかりません。

 涙も枯れて、それでも何も考えることができずに、私は無言でベッドにうずくまっています。身体に力も入りません。


「ただいまー」


 ドアの向こうから姉の声が聞こえました。

 返事をしようとしても、声がかすれてうまく出ません。


「おがえ……り」

「どうしたの美玖みくっ?」


 慌てた姉が、激しくドアを開けて入ってきます。

 そしてうずくまる私の両肩を抱いて、「大丈夫?」と青い顔をしています。

 ダメですね。大切な姉を心配させるなんて、やっぱり私はダメな子です。


「ちょっと体調が……」

「風邪?」

「ううん違う……」

「もしかして……御堂君と何かあった?」


 さすが姉。鋭いです。


「うん。ちょっとね……」

「もしかして彼と上手くいってないとか?」

「うん……」

「あのさ美玖。一つだけ訊いていい?」

「なんでしょうか」

「あんたらホントに付き合ってんの?」

「ギックぅ……」

「やっぱり」

「なんでわかったのですか?」

「だって美玖。驚いたリアクションが声に出てたから」


 私ってバカです。

 そして姉には隠し事はできないものですね。


 姉は優しい声と瞳で、「なんでも言って」と言いました。その優しさに、つい私はすべてを話しました。


 実は私と御堂君は『恋人ごっこ』をしてるだけの間柄だということ。

 私は彼を落とすために散々がんばったけど、上手くいかなかったこと。

 そして彼には品川さんという好きな女性がいて、それを彼が認める発言をしたのを今日目撃してしまったこと。


 黙って聞いていた姉は、やがて口を開きました。


「ねえ美玖。一つだけ訊いていいかな」

「なんでしょう?」

「美玖は御堂君を落とすために、どんなことをしたのかな?」

「とてもエッチに迫りました」

「なんでそんなことを?」

「だって小説読んだら『男は色気で落とせ』と」

「それ18禁小説じゃない?」

「はい」

「ありゃま」


 どうしたのでしょう?

 なんだか姉は、とても呆れたような顔をしています。


「一つアドバイスしとくわ美玖。あなたぶっ飛びすぎ」


 ぶっ飛んだ性格の姉に言われたくないセリフです。

 でも姉は男性とお付き合いした経験もあるから、言ってることはきっと正しいのだと思います。


「段階も踏まずにいきなり抱きついたり、キスを求めたり、全裸で電話をかけたりはダメだからね」


 さすが経験豊富な姉です。

 今まで私がしてきたことを、まるで見ていたかのように言い当てます。

 やはり姉は凄いです。


「いい、美玖? ちゃんと正攻法で、彼に好きになってもらえるように頑張るんだよ。エッチなことは、ここぞという時に使うからこそ効くんだよ」

「正攻法か……でも私なんかなんの取り柄もないから無理」

「そんなことないよ。美玖はすっごく可愛いんだから大丈夫」


 確かに御堂君は、よく私を可愛いって言ってくれます。

 それはすごく嬉しいのだけど……


「彼は、可愛いってだけで……外見だけで女の子を好きになるような軽い人じゃないのです」

「いや、エロで落とそうとしてた人が言うな!」


 なぜか姉はズッコケてます。

 私、変なことを言ったでしょうか?


「じゃあ正攻法中の正攻法で、美玖の方から彼に好きだって告白しようよ」

「それは……もう今さら無理」

「なんで?」

「だって御堂君は品川さんに好きだって言っちゃったし、品川さんも彼を好きだって言ったし、もう手遅れ」

「そんなことないよ。大丈夫」

「え……? なぜ……ですか?」

「あ、いや。私の勘だよ」

「勘……ですか?」

「私の勘をバカにしちゃいけない。夏場のカキくらい当たりやすいって評判なんだから」

「それ、当たると死にそうになるやつです。怖すぎます」

「いや、大丈夫だから。死にはしないって」


 死ななくても瀕死になりそうで、やっぱり怖いです。


「あのさ美玖。このまま何もしないと、完全にライバルに彼を取られるよ。取り返しがつかなくなるよ。できるだけ早く、ちゃんと美玖の気持ちを伝えるんだよ」

「うむむ……」

「ホントに好きなら諦めちゃダメ。いい人なんでしょ? だったらがんばれ」

「わかった……」

「そっか」

「ううむむ……でもやっぱり無理」


 弱気すぎる私に、姉は困った顔をしてしまいました。

 でも姉を困らせたくありません。

 私はどうしたらいいのでしょう?


「ぷしゅん!」


 鼻がむず痒くて、突然くしゃみが出ちゃいました。


「やっぱり風邪じゃないの?」

「ううん、大丈夫」


 ホントに大丈夫です。

 急に鼻がムズムズしただけですから。

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