第36話:御堂君みたいなタイプ大好きなんだ

「せっかくの機会だからさ。もうちょっとお話しようよ。二人っきりで」


 うわ。品川さんがそんな嬉しいことを言ってくれるなんて。

 わくわくする。


 って能天気に思ったけど。

 品川さんは立ち止まらずにどんどん近づいて来る。

 いったいどこまで近づくんだ?


 品川さんは口角を上げて薄く笑い、ペロっと舌で唇を舐めた。

 さっきまでの明るく清潔感のある笑顔とは全く違う妖艶ようえんな表情。

 いったいどうしたんだよ?


「えっと……ど、どんな話かなぁ?」

「実は私ね。御堂君みたいなタイプ大好きなんだ」


 うおっ、マジですかっ!?

 やったね!

 憧れで高嶺の花で手が届くはずがない品川さんが、そう思ってくれてるなんて夢みたいだ。


 なんて思う気持ちもある反面、妖艶な表情の品川さんへの違和感も心に溢れる。


「さっき御堂君、ごめんって謝ってくれたよね? この前私が断られて寂しかったって言ったら」

「あ、うん」

「もう一度謝ってほしいなぁ」


 ちょっときつい目つき。

 品川さん、やっぱ相当腹を立ててるのか。

 もの凄く申し訳ない気持ちになる。


「あ、ホントに……ごめん」

「ああぁ、いいよ御堂君。その情けない顔で謝るの、すっごくいい。その顔大好き。ぞくぞくする」

「俺の……情け無い顔が……大好きだって?」

「うん。大好き」


 俺の情け無い顔が大好きって、恋愛感情なのか?

 なんかちょっと違う気がする。


「私ね。男の人の情け無い顔とか態度とか大好きなの。つまり簡単に言ったら私ってえすなのよ。それもドえす


 ……え?


 ええーっ!?

 ま、まさか。嘘でしょ!?


 あの明るく天真爛漫な美人の品川さんが……ドS!!??

 信じられない。


 これは……地味な堅田がエロい小説書いてることと双璧をなすほどの衝撃的事実!


「特に御堂君は普段『なんでだよ!』とか、よく人にツッコんでるでしょ?」

「ああ、まあ……」

「ツッコミの人って一見Sっぽいのに、実は御堂君の裏の顔はドえむってとこがポイント高いんだよね」

「いや、俺別にドえむじゃないし!」

「ふふふ……いいよ御堂君。最初はなかなか自分の性癖に気づかないものだからね。私が気づかせてあ、げ、る」


 品川さんは薄く冷たく、それでいて色っぽい薄ら笑いを浮かべながら、また一歩近づいてきた。恐怖で背筋がぞくりとする。


「そうそう、そのびくびくした情け無い顔がいいんだよ。キュンキュンする。逆に偉そうな男は嫌い。ほら、サッカー部キャプテンなんか俺様系でさ。偉そうすぎて吐き気がする」

「ウソでしょ? 品川さんって明るくて爽やかで、エッチなことなんか縁遠い人だ」

「人は二面性を持ってるの」

「テニスが大好きなスポーツマンだよね?」

「うん、テニスは好きだよ。裏をかいたところに打ち込んで、相手が悔しがる顔を見るのが大好き」


 そう……なのか。

 爽やかなスポーツマンのイメージががらがらと崩れていく。


 戸惑い、何も言い返せない。

 動きが固まってしまった俺に、品川さんは胸が当たるくらいピトっとくっつく。

 そして俺の耳元に口を近づけて囁いた。


「ほら、文化祭の片付けをしてる時にさ。キミは女の子に罵倒されて、涙を浮かべて震えてたでしょ?」


 中学が同じだった女子に『陰キャのくせに』と言われて、ガクガクと膝が震えて泣きそうになった。

 偶然品川さんがいた、あの出来事が頭に鮮明に浮かぶ。


 あんな情け無い姿を品川さんに目撃されてしまったことは、俺にとって早く忘れてしまいたい闇歴史だ。

 なのに無理やり思い出さされ、情けなさで顔が歪んでしまう。


「あの時の御堂君を見て……あ、この人は私にとって理想的な人だって、ときめいたんだ」


 品川さんは俺の耳に、唇が触れるか触れないかくらい近づけたまま囁き続ける。

 俺は動けずに、呆然と前を向いたまま答えた。


「そ、それ……おかしいでしょ?」

「ううん全然おかしくない。御堂君だって女の子に罵倒されて喜んでたくせに」

「いや俺は、そんな趣味はない」


 品川さんが耳元で「ふふふ」と囁いた。

 吐息が耳の奥まで届いてぞくぞくする。


 いや、ホントにそんな趣味は俺にはないんだ。


「あのね御堂君。キミに自覚がないだけで、私みたいにわかる人にはわかるんだよ。キミは……罵倒されて喜びを感じるドえむの素晴らしい素質を持ってる」


 低く優しい声で囁き続ける品川さんの声が、俺の脳の奥深くに直接届く。

 脳を犯すと言うのか、潜在意識に働きかけられて……もしかしたら自分はドえむなのかもという気がしてくる。


 そっか。俺って、女の子に罵倒されて嬉しいドMなんだ。


 確かに品川さんの本性を知っても、嫌な気持ちにはならない。

 それどころかこんな嗜虐的しぎゃくてきでエロい品川さんに魅力を感じてる。


 ──やっぱ俺って本当に……


「御堂君……キミをずぶずぶにしてあげる……」


 耳元で品川さんが囁く。


「こっちの世界においでよ」


 引き込まれそうな艶めかしい声。


「身も心も私に委ねたら……とろけるくらい気持ちいいよ」


 うん、気持ち良さそうだな……


「好きなんでしょ? 女の子に支配されるの……」


 もしかしたら好きかも。


「キミを私のオモチャにしたい」


 されたい……かも。


「ね、いいでしょ?」


 品川さんの声に逆らえず、俺は無意識のうちにコクリとうなずいた。

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