第31話:今日の私は気合い充分です

***

<美玖Side>


 いよいよ御堂君とデート……いえお買い物の日がやって来ました。今日の私は気合い充分です。


 なにがなんでも御堂君の気持ちを私に近づけたいです。そしていずれは私を好きになってほしいです。


 この前御堂君に『好きな人はいるの?』って聞かれて、御堂君が好きだって伝える絶好のチャンスがあったのに。

 あまりに恥ずかしくて、やっぱり言えませんでした。

 しかも緑川君だなんて言っちゃっいました……自己嫌悪しかないです。


 御堂君は『緑川君って誰?』って顔をしてましたが、私も思います。


 ──緑川君って誰っ?


 みどうくんって言いかけて、つい言っちゃった架空の名前です。

 ホントは緑川君なんて好きじゃないって早く否定したいのですが、じゃあホントに好きなのは誰なのってなったら、もう私はダメです。ちゃんと言えません。


 だからもう少しして、『私の好きなのは実は御堂君です』って自信を持って言えるようにしてからにします。

 そのためには告白の成功確率を高めるために、もっと御堂君の私への好感度を高めたいのです。


 御堂君が薦める可愛い服を着たら、御堂君は私のことを少しは見直してくれるでしょうか。

 彼が薦める服装だから、きっと彼の好みに決まってます。それでお洒落した姿を見せるなんて、私ってなんと策士なのでしょうか。


 いきなり『堅田大好きだっ!』なんて言われたら、どうしましょう……むふふ。


 でも品川さんの存在は脅威です。

 御堂君は『憧れていた』と過去のことだと言ってましたが……気は抜けません。


 今日は勝負の日なのです。





***


 日曜日の午前。俺は堅田かただとの待ち合わせ場所に向かった。

 今日買う服は、事前に従姉弟いとこに相談済みだ。


 ターミナル駅から繋がるデッキ通路からショッピングモールに入ると、ちょっとした広場になってる。そこで待ち合わせ。


 いつものようにきっちりとまとめたポニテに白百合の髪飾り、メガネ、清楚な白いワンピースといういでたちで堅田は現れた。


「では、ふつつかものですが、何とぞよろしくお願いいたします」


 堅田が深々と頭を下げる。


「いや、嫁入りかよっ!」

「ふわぁっ? よ、嫁入りですか? 御堂君は気が早すぎますっ! 私たちはまだ高校生ですから!」


 いつもの冗談か?

 それとも俺たちは恋人設定だから、そんなセリフを?

 まあどっちでもいいか。


「じゃあ早速お店に行こうか」

「ふぇん。スルーしないでください」


 堅田は泣きそうな顔で、先に歩き出した俺の後をトコトコついてくる。


 こういうやり取りにも随分慣れたものだ。

 女子との会話が苦手だった俺が、余裕を持ってこんなやり取りを楽しんでる。


 これも堅田との『恋人ごっこ』のおかげで、男子力が上がったと言えるのかな。


 俺たちは、事前に従姉弟の亜子あこから教えてもらったお店に向かった。全国のショッピングモールに出店してる、ガールズファッションのチェーン店だ。

 

「ここ……ですか」

「ここ……だな」


 溢れんばかりに陳列された、可愛い服、服、服。

 その圧倒的なきらびやかさに、入店するのに躊躇する。それは堅田も同じようだ。


 俺はスマホを取り出して、いくつかの写真を開いた。俺が送った堅田の写真を見て、亜子が選んでくれた服の写真だ。


 彼女いわく、堅田は小柄で胸が大きく幼い顔立ちだから、ちょっと緩めの可愛いガーリーファッションが似合うとのこと。


 店内を見ると、同じような商品が並んでる。

 

「よし、堅田。行くぞ」

「はい、御堂君。いざ行かん!」


 俺たちはまるで戦地に向かうかのような言葉を交わして店内にとつった。


 店内にはたくさんの商品があり、亜子が提案してくれたものがどこにあるのやらさっぱりわからない。

 でも心配無用だ。亜子はまたもや金言を授けてくれてる。


『探すな。け』


 つまり商品写真を店員さんに見せろと。

『ボケるな。ツッコめ』に続く名言である。


 若い女性店員さんに事情を説明すると、「しばらくお待ちください」と言って、店内で商品を物色してくれた。


 服をたくさん抱えて戻ってきた店員さんは、トップス(と言うのだそうだ。つまりシャツなど上の服)とボトムス(スカートやズボン)に分けて見せてくれる。


「ほら、どれもこれも可愛いでしょ~」


 満面の笑みで商品を広げる店員さん。

 トップスは可愛いデザインのブラウスやふんわり目のニット。

 ボトムスはジャンパースカートや肩紐の付いたスカート、可愛い幅広のパンツなど。スカートは長めもあれば短いのもある。


 試着する前に、店員さんがいくつかの組み合わせを見せてくれた。


「御堂君は、どれがいいと思いますか?」

「そうだなぁ……これとこれの組み合わせかな」


 俺が指差したのは可愛いデザインのブラウスと、濃紺のジャンパースカート。少し短めのものを選んだのは、男子として極めて正しい行動だと思ってほしい。


「わかりました。試着してみますね」


 店員さんがさらにフリルの付いた靴下と、黒いエナメルのずんぐりした靴も合わせて選んでくれた。

 それらを抱えて堅田は試着室に入った。


 どんなふうになるんだろな。

 そんなことを思いながら、堅田が試着室から出てくるのを待つ。


 やがてカーテンの隙間から手が見えて、おずおずとした様子でゆっくりカーテンが開く。


 堅田の全身が見えてびっくりした。

 かなり可愛い。


 整った小顔に可愛いファッションは可愛いのだが、そうなると余計にダサいメガネとぴっちりした黒髪が目立つ。


 店員さんも同じように思ったのか。


「彼女さん。ちょっとメガネと髪飾りを外して、それとポニーテールをほどいてみませんか?」

「えっ? えっと……」


 堅田は困って俺を見た。


 店員さん、ナイスプレーだ。

 俺もまったく同意見だ。

 

「ぜひ見たい」

「御堂君がそう言うなら……生まれたままの姿をお見せします」


 ──ゲフッ!


 思わずむせた。

 他人様の前でそのセリフはやめてくれ。

 変態カップルだと思われる。


 堅田はメガネと髪飾りを外し、ポニテを結ぶゴムも取り払った。はらりと髪が下りる。


「うわ、やっぱ彼女さん可愛い! ちょっと待ってくださいね」


 店員さんは堅田に近づき、手櫛てぐしで髪を整え始めた。

 くそ、店員さんが邪魔で、堅田の姿がよく見えない。早くどけ。


 店員さんは指を器用に使って、ふんわりした髪型ができあがる。


「はい彼氏さん。お待たせしました。どうぞ!」


 店員さんが横にどいて、『パンパカパーン!』という感じに堅田に両手を向けた。


 なんだコレ……

 めっちゃくちゃ可愛いっ!

 まるでモデルだ。

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