第28話:私はドロドロしたもの持ってます

「堅田……ありがとう。でもそういう意味じゃ、堅田だって陽キャだ」

「あ、いえ。私はドロドロしたもの持ってますし」


 マジかっ?

 ちょっと怖いんだけど。


 それにしても今日の堅田はえらく饒舌じょうぜつだ。珍しいな。

 こだわりのあることや好きな対象には、やけに饒舌になるのはオタクの習性ではあるけど。


 ──ということは、つまり堅田は……もしかして。


 陰キャと陽キャの分類に、並々ならぬこだわりを持ってるってことか!

 なるほど。今気づいたけど、俺って割と分析力あるな。

 でも堅田の『陰キャ陽キャ分類論』は間違っている。


「そんなことないさ。堅田と親しく話をするようになってわかるけど、ドロドロしたものなんかないよ」


 ただしエロスイッチが入った時を除く。


「いいえ。今だって私は、御堂君にある要求を突きつけようと、虎視眈々と狙ってますから。ドロドロしたものを持ってますよ。うふふっ」

「要求? な、なんだろねぇ~」


 ニヤリと笑う堅田にビビって、思わずおどけてしまった。

 また変態チックな要求じゃないだろうな……


「それはですね。イチャイチャしたい、ということです」

「い、イチャイチャ?」


 あまりにまともで乙女チックな要求でびっくりした。


「はい。今までも御堂君は、イチャイチャしてくれてます。でももっと、恋人とイチャイチャする体験をしたいです」


 いや今までは、イチャイチャというよりエロエロでは?


「やっぱり恋人とは……イチャイチャしてナンボですから」


 なぜいきなり関西商人のようなセリフなのかはわからないけど、堅田は頬を赤らめて恥ずかしそうにしてる。


 そっか……

 

 この子は恋人とイチャイチャすることにすごく憧れてるんだ。

 だとしたら、俺みたいな疑似恋人じゃなくて、早くホントの恋人を作った方が、堅田のためだよな……


 俺みたいな『ごっこ』の相手じゃなくて、ホントに好きな相手とイチャイチャした方が堅田も嬉しいに決まってる。


 以前の地味な彼女なら、彼氏を作ろうと思ってもなかなか難しかった。だけど今日、みんなに堅田がすっごく可愛いってことが知れ渡った。


 今の彼女なら、ホントに好きな相手と付き合える可能性は高い。

 だけど俺と恋人ごっこなんか続けてたら、堅田に本物の彼氏を作る障害になる。


 そしてもう一つ。

 愛洲あいすさんの監視の目。

 このままいると、そのうちお姉さんを激怒させるような事態に陥るかもしれない。


 これはもう……恋人ごっこをやめる潮時かもな。

 堅田の恥じらう顔を見てそう感じた。


「あのさ、堅田……」

「はい、なんでしょうか?」


「堅田って好きな人はいるの?」

「いません……いえ、いますっ!」


 やっぱりいるんだ。

 ちょっとショックな気がした。


 それって誰だろ?

 まさか俺……じゃないよな。

 でも好きな人がいるのなら、なんで俺なんかと恋人ごっこを?

 その疑問にはすぐに答えが出た。


 一つは、偶然俺が堅田のエッチな小説を見てしまったことからの勢いだということ。あの流れを考えると、それが一つの大きな理由で間違いない。


 それともう一つ。

 たぶん、自分に自信がない堅田は、俺と恋人ごっこをすることで、自分の女子力を伸ばしたいと思ったんだ。


 俺が恋人ごっこの話を受けた時がそうだった。いずれ憧れの品川さんと付き合うチャンスが巡って来た時のために、男子力を高める手段になると考えた。


 そうであるなら。

 俺がいつまでも堅田を縛っておくのは、なおさら彼女にとってよくない。

 ここは勇気を出して、堅田と距離を置く時がやって来たと考えるべきだ。


「そっか。だったらさ。もう俺なんかに頼るより、本物の恋人を作った方がいいんじゃないかな」

「いや、あの、えっと……御堂君は好きな人はいるのですか?」


 堅田は俺の提案には答えずに、なぜかそんな質問をしてきた。


 俺が好きな人。

 品川さんは『好き』の手前の『憧れ』だ。

 明らかに好きと言える人は今はいない。


 目の前でもじもじする堅田を見た。可愛い。

 俺って、堅田のことを好き……なのか?


 確かに堅田を可愛いと思うし一緒にいて楽しい。

 好きなのかと訊かれたら、嫌いじゃないとは答える。

 でも……堅田に好きな人が他にいるなら、俺はコイツを好きになっちゃいけない。

 そんなふうに思ってもしまう。


「そうだなぁ……まあ好きな人って言うか、憧れてた人はいたかな」

「いた?」

「あ、うん。まあ過去の話だよ。今は特にいない」

「憧れてた人って……誰ですか?」


 言うべきか否か。

 ううむ……でもなんか、隠しごとするのはよくない気がした。


「えっと……品川さん」

「そ、そうなんですね」


 堅田の頬がピクリと動いた。

 険しい顔をしてる。


 俺なんかが学年ナンバーワン女子の名前を挙げたもんだから、きっと呆れてるんだろう。

 でも大丈夫だ。俺はちゃんとわきまえてる。


「うん。でも夏休み前に彼氏できたからね。だから本気で好きになる前に、諦めったって感じかな」

「そうですか。失恋しちゃったのですね……」

「だから本気で好きになる前に諦めたから、失恋ってわけじゃ……」

「じゃあ私が御堂君の心を癒してあげますよ。どーぞこの胸に飛び込んできて、顔をうずめてくださいっ」


 堅田は俺を迎え入れるように、がばっと両手を広げた。


 いや、あのえっと……

 大きくて柔らかそうな胸が目に入り、思わずダイビングしそうになる。


 もちろん踏みとどまったけど。


「いや、大丈夫だ」

「え? なぜですか?」


 なぜですかって疑問を持つ方が、なぜですかだ。

 例え失恋したとしても、いきなり同級生女子の巨乳に顔をうずめたりなんかしない。


「それは抵抗があるからだ」

「あ、なるほど、わかりました。失恋しました御堂君。……あ、言い間違えました。失礼しました御堂君」


 何げに、傷口に塩を塗りつけるようなことを言ってないか?


 ……って考えてたら、なぜか堅田は制服のブレザーを脱ぎ始めた。


「ん? 何してんの?」

「ブレザーは生地が硬いから、顔をうずめるのに抵抗があるのですよね。だから脱ぎました」


 今まで果実を覆っていた包装紙……じゃなくて胸を覆っていたブレザーが無くなると、より一層たわわなモノが目に入った。

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