13

 愛子の喜怒哀楽の激しさは今に始まった事じゃないが、それにしてはいささか度が過ぎている。


 結婚前のマリッジブルーってやつか?


「とりあえず愛子ちゃん、そんなに目くじら立てちゃ駄目よ?」


 愛子母の急なちゃん付けに笑いそうになった。

 おそらく普段はそう呼んでいるのだろう。


 僕が黙ったままでいると、愛子父から威圧的な視線を感じた。

 申し訳なさそうに僕は頭を下げた。


「流樹君も・・なんとか言ったらどうなんだ?」


 責めるように僕に促してきやがった。

 夫婦揃って愛子の味方であるのが伝わる。

 こういった露骨に甘やかした家庭環境が、愛子をこんな性格にしているという自覚は無いのだろうか?


 むしろ良い娘に育ったと勘違いしてるのじゃないか?

 

 愛子の頭を優しく撫でる母親。

 奇遇ですね、僕も今日、愛子さんの頭を撫で撫でしましたよ?


「よしよし」


 過保護過ぎて引いてしまう。


「帰って・・・家の事しないといけないから・・今日は帰るよ」


 適当な嘘をついた。


 愛子は僕を睨みつける。

 両親も何も言わない。

 どんよりと重い空気が流れている。


「時々・・死にたくなる」


 か細い声で愛子が言ったが、死にたくなるような奴が意気揚々と結婚式の段取りに向かわんだろ。

 同情して欲しいだけのかまってちゃんだ。

 こんな調子でいちいち折れてたらストレスがヤバい。


「本当に今日は・・・その、ゴメンな?」


 小さくため息を吐く愛子父。

 わざとらしく泣き出す愛子と、その愛子の背中を擦る愛子母。


 正直笑いそうになった。

 その感情をグッと堪えて辛そうな表情をした。

 玄関前まで愛子父が来て、困った様な呆れた様な表情を僕に向けていた。

 何を言うでも無く、ただ黙っていた。

 それから申し訳程度のお辞儀をして愛子宅から出た。

 

 玄関のドアを開けるとすっかり暗くなっていた。

 外の空気が素晴らしい。

 解放された気分になる。

 シャバの空気が旨いぜって感じだ。


 それでもこんな風に一人の時間が無くなってしまうのかと考えると気分は落ち込む。

 時が流れるにつれ、後悔の念に押されそうになる。


 最後に心から笑ったのはいつだろうか?


 いつの間にか、人に合わせて無理して笑って、楽しそうに演じている自分。

 

 帰りの車内で、こんな鬱になりそうな思考を巡らせているようでは駄目だ。


 寄り道してレンタルショップでDVDを借りた。


 なんとなくハッピーになりそうな映画と、知ってる芸人のコントの二本。


 借りたは良いが多分観ない。

 観るのが面倒くさいが勝つから・・・


 それが分かっているのに何故だか借りた。


 帰宅して玄関の扉を開けた。


「はぁ」


 部屋の灯りを点ける前に、ため息が出た。





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