12

 人ん家の風呂ってなんか抵抗がある。

 勝手知ったる自分ん家じゃないから適当にシャワーだけ浴びて出よう。


 時間にして10分も掛からず風呂から出た。

 ゆっくり着替えて頃合いを見計らって出るようにしよう。

 あまり早くに出てしまうと不自然だからな。

 

 こんな風に考えるのが面倒くさい。


「・・・・ガチで帰りてぇ」


 誰にも聞こえないよう呟く。

 脱衣所も寒いし、少し早いけどもう行こう。


 廊下を渡り、突き当たりを左に曲がった先のリビング前で立ち止まった。


 少しだけドアが開いていた。

 その為、声が漏れていた。


「しかしアレだな?流樹君は口数が少ないし、オドオドしているな」


「緊張しているだけよ」


「いわゆる草食系男子なのよね?」


「う~ん。そういうのかなぁ」


「一緒に居てもツマランだろ?」


「まぁ・・・うん。でも私もいい年だし、あんまり選り好みしてらんないしね」


「それで愛子は幸せなのか?」


「幸せ・・ってよりは世間体とかもあるし、あんなんでも仕事は真面目にやってるしね!」


「なんだか愛子が可哀想だ」


「そんな事言わないでよパパ!流樹には期待して無いけど、私はパパとママの娘だから大丈夫よ!」


 僕が居ないところで好き勝手言ってくれてるな。


 全て聞いたと告げて結婚破棄してやろうかと考えたが、僕にはその一歩を踏み出す度胸は無い。

 言いくるめられそうだし、盗み聞きすんなとか言われて逆ギレされたりしたら堪らん。


 それに・・・愛子の本心も理解出来る。

 僕自身も愛子に対して、そんなに情は無いのだからお互い様である。


 往々にしてこれが結婚って事なんかも知れない。


 音を立てずに数歩下がり、そこから少し大きな足音を鳴らしリビングへ向かった。


「いいお湯でした~ありがとうございます」


 髪を拭きながら告げた。


「お、おぉ・・・早いな流樹君!」


 ヒヤっとした表情で愛子の父が言った。

 

 大丈夫。聞こえてない体でいてやるから。


「ゆっくりして良かったのに」


 僕の身体を一瞥して言う愛子。


「いや、まぁ・・僕、早風呂派だから!」


 適当に流して愛子の隣に座った。


「さぁ、流樹君!」と言って向かいに座っている愛子父がビール瓶を差し出してきた。


 ご丁寧にテーブルにはグラスが置かれている。

 これを飲んでしまうといよいよ帰れなくなる。


「いや、あの・・・明日は仕事ですから、飲むのは控えようかと思っー・・」


「泊まってったら良いでしょ?」と愛子。


「いや、そういう訳にも行かないよ?」


 僕がそう答えると愛子母が満面の笑みで言った。


「別に大丈夫よ!遠慮する事無いのよ?これからは家族なんですから!」


「そうだぞ!それに・・お前達、同じ職場なんだし、別に問題無いだろ?」


 愛子父がビール瓶を前へ前へ出してくる。

 早くしろと言わんばかりに急かしてくる。


「いや・・・でも・・」


 駄目だ。言い訳が思いつかない。


「嫌なの!?」


 強い口調で愛子が言った。


 はい!嫌だぴょ~んって答えたい。


 このままでは本当に一泊するはめになりそうだ。


 先ほどまでの団らんから一変して空気が変わっているのが分かる。


 僕が無言を貫いていると、バンと大きな音がした。

 横にいる愛子がテーブルを叩いた音だった。

 その振動でグラスが倒れた。


「もう帰って!!」と叫ぶ愛子。


「お、おい、愛子、落ち着け!」


「そうよ?何も怒鳴る程の事じゃないでしょ?」


 それを宥める愛子の両親。


「家に居たくないんでしょ!?分かるもん!!」


 まぁ・・嫌だけど、それじゃ失礼しますと言って帰れる訳がない。

 だけど、ここで折れて「泊まります」とは絶対の絶対に言いたくない。


 

 

 

 



 



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