11
愛子と二人っきりになった。
気まずい空気が流れている。
絶妙に居たたまれない空間で、お互いが口を開かない。こういった時は僕が切り出した方が良いのだろうが、何を言えば良いのかがまるで浮かばない。
地獄のような空気である。
何を言っても火に油のように感じる。
暫くの沈黙の後、
「・・・怒ってゴメン」
小さく呟く愛子。
折れてくれてホッとした。
とりあえず多少は落ち着いた様子。
あざとくもモジモジとしおらしくなった愛子の頭を優しく撫でた。
こうすると機嫌が良くなる事が多いからだ。
それにしても浮き沈みが激し過ぎて困る。
言葉には気をつけないといけない。
迂闊に責めたり、説教じみた発言は逆効果だから。
「僕の方こそ・・・ゴメンな?」
全く謝る理由が分からないが、とりあえず謝罪をするという精神。
小さく頷く愛子の頭を撫でながら、死んだ魚のような表情の僕。
こんな事がずっと続くのか?
そんな事を考えていると愛子が頭を上げた。
目が合って表情を真顔にする。
それからニコりと笑った表情を装おった。
愛子は下唇を少し噛んで袖で涙を拭っている。
そんな愛子の頭を優しくポンポンとする僕。
たわいもなく当たり障りの無い会話で徐々に落ち着きをみせる愛子。
程なくして別室にいたお姉さんが再度現れる。
僕らが普通に会話をしている事に安堵の笑みを見せ、こちらへ近づいてきた。
「先ほどは取り乱して申し訳ありませんでした」
謝罪する愛子に大袈裟に手を振って返すお姉さん。
「いえいえ!!こちらの方もすみません」
そう答え、ペコペコとお辞儀するお姉さんだが、あんたが謝る必要は無いだろうと突っ込みたい。
程良く談笑を交えつつ打ち合わせを再開し、まとまったところで式場を後にする。
「はぁ~疲れた!」
駐車場に向かう道中に愛子が言った。
両手を上げグッと伸びをする。
晴れやかな表情の愛子。
面には出さないが僕の心情は鬱々としている。
「これから家に来ない?」
「あぁー・・うん」
曖昧な返答の僕を睨みつける愛子。
せっかく機嫌が直ったのにまたご立腹になられたら堪らない。
「よし!そんじゃ愛子の家に行く前に何か買って帰ろっか?」
切り替え声音高々に尋ねた。
愛子はニコりと笑って答えた。
「うん!久しぶりにパパとママに顔見せてあげてよ!」
「あぁそうだな!」
そう告げてスーパーで買い物をして愛子の自宅へ向かった。
何度か会った事はあるが、随分久しぶりな愛子のご両親。
リビングにて、僕と愛子が二人用のソファーに座り、愛子の父と母はテーブルを挟んだ向かいのソファーに座った。
お茶と和菓子が用意されており、手を付けないのも申し訳ないので手を伸ばした。
「こんな娘だけど貰ってくれてありがとうな流樹君」
返答に困る愛子父の言葉。
「い、いえ・・あのー、全然!」
「もう!こんなって何よパパ!!」
ムスっとした表情で返す愛子。
愛子父は笑っていた。
「今日はすき焼きにしようかと思ってるの!流樹さんはお好き?」
それはつまり・・夕飯までここにいろって事だろ?
「えっとー・・」
愛子をチラりと盗み見た。
目を細め小さく頷く愛子。
無言で察しろと言ってくる。
「あっ、はい・・好きです!」
すき焼きだけに・・なんて、しょうもないギャグが頭に浮かんだ。
それからはなんともいえない、くだらない雑談が続いた。
「流樹君!もっと楽にして良いんだぞ?」
「そうよ、自分の家だと思ってくれていいのよ!」
出来る訳無いだろ。
「あっ、は、はい!」
さっきから僕はずっとこの調子だな。
夕方までこの居たたまれない空間での談笑は続いた。
「流樹、先にお風呂入りなよ?」
愛子に促されるが、いつの間にか風呂にまで入る流れになっている。
もう反論する気も起きない。
「うん」
お風呂場まで愛子に案内される。
僕が脱衣所に入る寸前、愛子が呟いた。
「今日は本当にありがとう」
「いや、別に・・・普通だろ?」
「・・・・・」
愛子は無言で頷いて、脱衣所から出ていった。
ようやく一人になれた。
束の間だが、一人の空間にホッと胸を撫で下ろす。
「はぁ」と軽いため息がでた。
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