10

 駐車場に車を停め、式場に徒歩で向かう。


 時刻は9:50分。


 式場の受付のお姉さんに案内されて、大きなテーブルのある会議室っぽい場所にきた。

 日取りや式の流れ等を事細かに説明してくれるお姉さん。

 パンフレットを両手に持ち、ニコニコと話し掛けてくる。

 嬉しそうな愛子とは裏腹に、全くと言っていいほど頭に入ってこない僕。

 

「お色直しのタイミングで流す曲は指定された音楽を流されますか?それとも、こちらで用意する、ちょうど良いBGMを流しますか?」


 なんだよ、お色直しにちょうど良いBGMって・・・


「えっと、そのー・・それで」


 覇気の無い返事をする僕。


 プロローグから始まり、午後2時までの段取りを受けるのだが、頭にあるのは早く帰りたいだけである。

 正直、「全てお任せします」の一言で良いだろうと思ってしまう。


 お姉さんと愛子の二人は楽しそうに話し合っている。

 屈託のない笑顔を見せるお姉さんと、うんうんと頷きながら聞いている愛子。

 そんな二人の様子を見ていると何故だかアウェイな空間に放り込まれている気持ちになった。


 暫くの間ただ黙ったまま愛子の隣に座っているだけの僕に、お姉さんがチラっとこちらを見た。


「新郎様も赤色が宜しいと思いますか?」


 気を使って話し掛けてきたのだろうが、正直言うと余計なお世話だ。

 カーテンの色をどれにするとか、心底どうでも良い。


「それとも白や青色にも出来ますよ?」


 何色でもえーわ。

 答えない僕に首を少し傾げるお姉さん。

 

 沈黙が気まずい。


「じゃあ・・その、そちらでお任せします」


 僕が答えると、横で愛子はため息を吐いた。


「ヤル気あるの?」


 いやいや、ヤル気ってなんだよ・・・


「普通・・だけど・・」


「どうでもいいんでしょ?」


 そう言って睨んでくる愛子。

 面倒くさそうにしているのが伝わってしまったようだ。

 つい数分前までニコニコしていたのが嘘のような変貌っぷりである。


 喜怒哀楽が激しくてついていけない。

 

「あ、あの・・・確かに新郎様には退屈に感じるかもしれませんね、お客様の中にはそういった方もいらっしゃいますし・・ー」


「ねぇ!!結婚する気あんの!?」


 遮り、愛子は僕を睨みつける。

 お姉さんのフォロー虚しく、大変ご立腹の様子。


「うん。まぁ・・あるよ」

 

 覇気もなく返す僕。


「嘘っ!!見てて分かるもん!」


「はぁ?分かる訳無いだろ?」


「だって流樹、ずっと上の空じゃん!?」


「そんな事ないって・・」


「あるよ!!」と叫ぶ愛子。


 対面でオロオロとするお姉さん。


「だから普通って言ってるだろ?」


「ずっと前から思ってたけど流樹は自分の意志とか無いん?実際、結婚だって私から言ったし、流樹が何考えてるのか私分かんないよっ!!」


「今・・そんな事言われても困るだろ!」


 普通に恥ずかしいから怒鳴らないでくれ。


「じゃいつ言えばいいのよっ!?」


「知らんよそんなの・・」


 愛子は眉間にシワを寄せ涙目になっていた。


「どうして流樹はいつもそうなの!?」


「いつもって・・何が?」


「いつもいつも・・・なんでよ!!」


 会話にならない噛みついた発言に、普通に引いてしまう。

 

 情緒不安定にも程があるだろ。


「とりあえず・・その・・落ち着こう?」


 僕がそう言うと、お姉さんが小さく頷きながら「休憩を挟みましょうか?」と言った。


 僕がそれに頷き返すと、お姉さんは立ち上がり時計を見て答えた。


「それでは11時30分にまた再開しますね?私は一旦、席を外させて頂きます。ご用がありましたら、そこのフロアに居ますので気軽にお声掛け下さい」


 マニュアル通りな事を告げて、礼儀正しくお辞儀をしてお姉さんは出ていった。

 きっと、こういう展開はたまにあるんだろうなと思った。







 

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