クランとアレンと、





「アレン。自分で拾ってきた駄犬くらい、自分できちんと世話をしろ」


 首根っこを掴まれている私と、恐らく青筋を立てているであろうお兄様を交互に見、目を丸くするアレンに、私は引き攣った笑みを返すことしか出来なかった。





 アレンの部屋に私を放り投げたクランは、私を一瞥することも無くそのまま部屋を出ていった。

 私も邪魔をしてしまったことをアレンに謝り、すぐに部屋を出ようと思ったのだが、アレンが座っていた二人がけのソファーの隣を優しく叩くから、出るに出れなくなってしまって。


 おいで、と優しく声をかけてくれたアレンの隣に座ると、アレンは私の手の中をのぞき込む。


「小鳥? 寝てるの?」

「寝ているというか……気絶しているというか、させられたというか……」

「……? とりあえず、寝床でも作ろうか。ずっと抱えてる訳にもいかないだろ」


 そう言ったアレンはキョロキョロと部屋を見回すと、小さな道具箱を開けて、中をザラっとテーブルの上に出し、ティッシュをちぎって道具箱の中に敷き詰めた。

 いくつもの宝石が埋め込まれた、すごく綺麗な箱だから不安になってしまう。


「いいの? 多分、汚れちゃうと思うけど……」


 しかしアレンは私の不安を吹き飛ばすように微笑んだ。


「いいよ。大したものじゃないから。よし、完成」


 どうぞ、と手のひらで指し示され、そっと即席ベッドに小鳥を寝かせる。丸い頭を軽く撫でてから、アレンへと向き直った。


「お忙しいところ、邪魔してしまってごめんなさい。助かりました、ありがとうございます」


 頭を下げると、ぽん、と後頭部に大きな手が乗った。

 そのままわしゃわしゃと撫でられ、私は髪を乱しながら顔を上げる。


「いーよ。あと、無理に敬語も使わなくていい。喋りにくそうだし。さっきみたいに気遣わず話しかけてくれていい」


 指摘され、アッと口を噤む。小鳥が心配なあまり、敬語がすっ飛んでいた。

 そんな私に、アレンがクスクスと笑う。


「ま、公の場はアンタ自身の為にも敬語の方がいいとは思うけど、こうしてプライベートの時くらいはさ。……こいつ、早く目が覚めるといいな」


 ふと、アレンが目を伏せ、慈しむように眠る小鳥を見つめる。

 そんな彼に、やっぱりアレンはいい人だなあと思うのと同時、正反対のクランにまたむかっ腹が立ってきてしまう。

 するとアレンが、そんな私の頬を人差し指でつついた。


「どうした? 急に仏頂面になって」

「……いや、アレンはいい王様になりそうだなって思っただけ」


 クランとは違って! 心の中で吐き捨てながらそう言った私に、アレンはきょとんと瞬く。


「そりゃ、ありがとう。でもそんなことを素直に思ってる顔には見えないけど……クランと何かあった? さっき、まさかアイツがユマのこと連れてくると思ってなかったから、ちょっと驚いた」

「……クラン殿下、怒ってた?」


 さすがに、一国の王子に対して口が過ぎた自覚はある。

 この先鉢会う度睨まれたらどうしよう。睨まれる事自体はいいが、それをエマに見られて理由を問われたら大変だ……。

 別の意味で怖くなって青ざめた私に、アレンは苦笑した。


「いーや、無表情だったぜ。怒っては無いんじゃないかな、多分」


 あいつも分かりにくいところあるからなあ、と悩むアレンに、ぽつぽつとさっき起こった出来事を話す。

 小鳥がクランの部屋に迷い込んでしまったこと。立ち入るなと言われていたけど、入ってしまったこと。斬られそうになったこと。小鳥か剣で叩き落とされてムカついたこと。


 うんうん、と相槌を打ちながら話を聞いてくれていたアレンは、途中で驚いたりしながら、最後には何故か肩を震わせていた。

 私はそんなアレンを胡乱げに見遣る。


「……笑う要素あった? 今」

「い、いや、クランにそんな啖呵切った女、ユマが初めてだろうなと思って……」


 くつくつと笑ったアレンは涙目で、慰めるように私の肩をバシバシと叩く。


「ま、本気でクランが殺そうと思えば、ユマ一人くらい証拠も残さず殺せるからさ。だから怒ってはないと思うよ、やっぱり」

「いや怖……」


 生か死かしかないのかい。

 怒らせちゃった! と思った時にはもう死んでるとかそんなの嫌すぎる。


「小鳥だって、結果論でしかないけど、これでちゃんと目が覚めた時飛べるならクランの行動が最適解だったかもしれないな。意識のある状態で安全に保護するのは、難しいから」


 クランをフォローするかのような台詞に咄嗟に言い返そうとして、言葉が見つからず黙る。


「……アレンでも、そうした?」

「俺は……どうかな。でも、クランはきっと、ユマに血を見せたくないから気絶させたんだと思うよ」


 アレンの言葉を素直には信じられなかった。

 原作でも、彼は冷酷の白薔薇と恐れられ、血も涙もない殺戮王子と他国からは呼ばれていた。

 きっと小鳥を殺さなかったのだって、自分の部屋が血で汚れるのが嫌だからに決まってる。絶対に私の為なんかじゃない。


 ムッとしたままの私に、アレンは小さく笑った。


「とても信じられないって顔してる」


 つん、と小さい子を咎めるように額をつつかれ、若干後ろに仰け反りながら、アレンを見た。


「……だって、斬られそうになったんだよ」

「クランはあの性格だから敵も多い。しょっちゅう刺客に狙われてるんだ。許してやって」


 さて、とアレンが小鳥の眠る小箱を覗いた。


「こいつどうする? 俺が預かっててもいいけど、自分で見届けたいよな」


 尋ねられ、まさか忙しい身の王子に任せる訳にもいかず頷く。

 私は豪華な手作りベッドを抱えながら、部屋を出る前にどうしても気になってアレンに声を掛けてしまった。


「王位を争う仲なのに、相手のフォローするんだね。……やっぱり優しいね、アレンは」


 私一人がアレンの味方になったところで、なんの影響もないだろうけど。でも、相手のフォローをするなんて、敵に塩を送るようなものでは? と少し気になってしまった。


 アレンは私の言葉に意外そうな顔をしたあとで、困ったように微笑んで言った。


「……俺達は、お互いの存在そのものを憎みあってるわけじゃないから」


 その、どこか寂しそうな笑みに、こんな質問をしてしまったのは失敗だったかな、と私は帰り道、反省するのだった。




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