第一王子、顕る。
私、池田優茉二十八歳! 色々あって異世界(?)に飛ばされちゃって、今はお城で住み込みメイドをしているの!
お城には殿下たちのお部屋があるけど、第一王子のお部屋には絶対入っちゃダメなんだって……。なのにとある日、開けた窓から迷い込んできた小鳥ちゃんが第一王子の部屋に入っていっちゃってキャア大変! これから私、どうしたらいいの〜!?
なんて、現実逃避している場合ではない。
視界の端にキラリと光る切っ先に、バクバクと自分の心臓の音が脳みそを揺さぶる。呼吸を押し殺しながら、一言も発せないでいると、頭上から温度のない平坦な声が降ってきた。
「見たことない顔だが、誰に雇われた? 誰の指示で、ここにいる」
「……っあ、あの、ごめんなさい私、勝手に、」
「質問に答えろ」
「ヒェッ、すすすみませんアレン殿下に拾っていただき、少し前から働かせていただいてます! ここには入るなって言われてたんですが、小鳥が迷い込んでしまって、部屋を荒らしてしまったら大変なので……!」
一息に言い切り、土下座もしたかったが動けば問答無用で斬られそうだったので我慢する。
目をぎゅっと瞑って判決を待つ罪人のような気持ちでいれば、一瞬の静寂の後、「…小鳥?」と怪訝そうな声が聞こえた。
それから、やっとのことで剣を下げて貰えたのでほっとする。恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは予想通りクランだった。
蜂蜜を陽光に透かしたようなさらさらの髪に、吸い込まれるような碧眼。シミひとつない白い肌に、長いまつ毛の影が落ちている。
掻き上げられた前髪が秀でた額にこぼれ、覗く涼やかな切れ長の瞳は、感情の読めない色でこちらを見下ろしている。
昔、挿絵で見たよりも美しく、触れればそれだけで切れてしまいそうな冷たい美貌に、息を呑んだ。
「主人の許可もなく私室に立ち入るとは、随分と教養がない娘に見えるが、アイツも見る目が落ちたか」
アレンのことまでけなされてムッとしたが、教養がないのは本当だし、色々と突っ込まれても面倒なので黙る。──と、視界の端にパタパタと動く青を見つけて、ハッとした。
突然動き出した私に、クランが警戒したのが分かったが、構わず青を目指す。私としてもこんな緊張する場所に長居はしたくないので、とっとと用事を済ませたいのだ。
「そこに居たのね……」
元凶である小鳥は、混乱するまま飛び回ったのだろう。網のついた家具に足を取られ、もがいていた。
すぐに出してあげるからね、と細い脚に絡まっていた網を解くと、そのまままた飛び出す。少しでいいから落ち着いてくれれば、と思いつつ、こうなったら頑張って追いかけて両手でガバッとやるしかない、と決心した時──。
──パシンッ
乾いた音ともに、青がひらりと舞い、小さな身体が重力に従うように落下していった。
「……つ!」
一瞬、何が起きたのか分からず呆然としてしまい、我に返り地面でぴくりともしない小鳥の傍に寄る。
触れると、気絶しただけのようだった。血は出ていない。
「酷い……」
思わず、呻いてしまう。
両手で掬うように小鳥を抱き、小鳥を気絶させた犯人であるクランを睨めば、柳眉が不愉快そうにつり上がった。
「なにも、こんな風にすることないじゃないですか」
「人の部屋に勝手に入ってくる方が悪い。殺されなかっただけ有難いだろう」
「当たりどころが悪ければ死んでますし、飛べなくなってるかもしれない。飛べなかったら、もう……」
そんなの、死んだも同然なのに。
たかが小鳥一匹。そう思ってるのかもしれない。
でも動物好きの私としては、許せない所業だった。
唇を噛み、手の中の小鳥をじっと見つめていると、不意にクランの革靴が視界に入った。
それに気づき、顔を上げるよりも早く、目の前で屈んだクランの、白い手袋をはめた手が私の頤に触れ──たかと思うと、力任せに持ち上げた。
強制的に美しい双眸と視線がかち合い、その強い輝きに呑み込まれそうになる。
無意識のうちに息を止めた私に、白皙の麗人は無表情で吐き捨てた。
「ならば、すぐに救えなかった己を恨め。俺より力の無かった自分を憎め。無力な己を省みろ」
すぐに言い返す言葉が見つからず、ただ目を見開くだけの私を少し睨んだ後、頤が離される。
そのまま、こちらにはもう興味が無いと言わんばかりに目を伏せたクランが、「用事が住んだのなら去れ」と言ってきたので、ムカついて、もうどうしようもなくイラついて。
八つ当たりだってわかっていながら、小鳥を抱えて部屋を出る刹那、私はクランに言ってやったのだ。
「小鳥一匹助けられないような男に、国を統べられるもんですか!」
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