住み込みメイド、大ピンチ。





 一週間ほどすると、大分仕事にも慣れてきた。

 基本朝番で、殿下たちの朝食の用意から始まり、各部屋の掃除や、シーツの取り換え。掃き掃除に拭き掃除。昼食の準備を挟み、また掃除。それだけで、あっという間に時間は過ぎていく。なにせ、部屋も多いし一つ一つが馬鹿みたいに広いので。


 この一週間、用意するカラトリーやナプキンは常に二名分のみだった。陛下が食事の席に現れたこともなければ、アレンやレマーノの兄にあたる第一王子が姿を見せたことも無い。

 陛下が姿を見せない理由については触れられなかったが、第一王子は長期出張に出ているとかで、暫くお城を空けているらしい。


「各部屋を掃除する際には、絶対にクラン殿下の部屋には立ち入らないように」


 神妙な面持ちでエマにそう釘を刺されたのは、初日のことだ。

 クラン殿下というのが第一王子。各部屋の掃除には、王子達の部屋も含まれているが、彼の部屋だけは不可侵領域なのだという。

 なんでもクランは潔癖症のきらいがあり、また、信用に値する限られた人しか傍に置かず、自分のパーソナルスペースを侵されることを酷く厭うそうだ。プライベートルームである私室はその最たる例で、そこに陛下と兄弟以外を入れることはほとんど無いのだとか。


「クラン殿下はしっかりなさってますから。彼の身の回りの事は何一つ心配要りません。殆ど話す機会も無いでしょうが、本人から直接命を拝した時以外は、余計なことはしないように。……脅すつもりはありませんが、下手なことをすれば命の保証はできませんからね」


 エマからそう注意された時、いや、脅しじゃない方が怖いんだが? と震えた。私室に入った瞬間、八つ裂きにでもされるのだろうか。

 でも確かに、小説で見たかの王子も、冷酷無慈悲という言葉がピッタリの王子様だったような記憶がある。


 まあ、とりあえず部屋に入らなければいいんでしょ? 楽勝、楽勝。──そう思っていた時が、私にもありました。


 天気のいい昼下がり。

 その日も窓を開けて換気をしながら、周りに人が居ないのをいいことに鼻歌交じりで掃除をしていた。


 はたき片手に広い廊下の窓の埃を落としていた私は、窓に集中しすぎて、その存在に気づかなかった。


「……ん?」


 気づいた時には時すでに遅し。

 なにかが真横を突っ切った気がして、首を傾げながら後ろを向いた時にはもう、青い羽根を持つ小さな鳥が混乱したように右往左往していた。


「ええええ」


 あわわ、どうしよう。

 さすが御伽噺の舞台。うさぎやらりすやら小鳥が外に沢山いるなあとは思ってたけど、城内に乱入してくるのは初めてだ。


 騒ぎになる前にどうにかして捕まえて、外に逃がしてあげなきゃ。

 でも鳥を素手で捕まえたこととかないんですけど!?


「まって! まってそこの小鳥ちゃん!」


 呼びかけてみても通じるわけがなく。

 俊敏性で明らかに勝っている相手は、進路を見失い不安定な飛行を続けながら、少しだけ扉が開いていたとある部屋へと潜り込んだ。


 こんな広い廊下をひたすら飛ばれるよりは部屋にはいられた方がまだマシだ! と内心でガッツポーズしながらその扉を見て──愕然とする。


 それは、私の中で開かずの間と名付けられていた、クランの私室、不可侵領域であった。


「ええええ……」


 そんなことある? と部屋の前で呆然とする。小鳥が出てくる気配はない。


 そもそも、いつもピッタリと閉じられているはずの扉がなぜ開いていたのか……。まさか、クランが帰ってきてる? と耳を当ててみたり、隙間からこっそり覗いて見たが人の気配は感じられなかった。よかった、覗いた瞬間目潰しとかされなくて。


 しかし、どうしたものか。

 勝手に入る訳にもいかないが、小鳥をそのままにもできない。万が一、小鳥が中で糞なんかしたら……そこまで考えて、青ざめる。絶対それだけは阻止せねば。幾らするのか聞きたくも無い家具を汚せない。


「……サッと入って、ササッと捕まえて、サササっと外に出ればいいのよね」


 見つかる前にすべて終わらせて、痕跡を残さず退出すればいい。バレなきゃいいのだ、全て。


 そう震える拳で決意し、そっとドアを開いて中へ入る。


 中は、綺麗に整理整頓されたあまり装飾の派手すぎない上品な部屋だった。暫く家主が不在だというのに、埃ひとつなく、机もベッドも綺麗に整えられている。


「小鳥ちゃーん……?」


 出ておいでー、と声を掛けてみるが見当たらない。

 どっか隠れてるのかな。ひっかかったりしちゃってるのかな。と、部屋の奥へ進むため一歩踏み出したその時。


「──動くな」


 一切の温度が感じられない声とともに、耳元でチャキリと金属音が鳴り、首筋に、冷たい温度が触れた。


 ひゅ、と息を飲むのと同時、視界の端に鈍色に光る切っ先を見つけて、目眩がする。

 混乱する思考の中で、少しでも動けば斬られるのだろうと、ただそれだけが明確に理解出来た。




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