Chapter16「別離」


「元日本軍所属・・・刻機鋼隊ギガースの切り込み隊長として活動した、黒外紫苑・・・何故邪魔をする。


俺の行動は、ギリシャ軍による任務だ。

それを妨害する行為は即ち、ギリシャを敵に回す行為だ」



紫苑に向けて、レイゴルトは警告する。

クリスティアの追跡、及び殺害は列記としたギリシャからの任務だ。

正当な司令である以上、それに対して邪魔するなら正当な理由が必要になる。


もはや軍ではない紫苑に、その手段はもはや無いはずだが・・・紫苑は不敵に笑う。


「ああ、知ってるさ。だから、その正当な理由ってやつが英雄さんの耳にそろそろ届くだろうぜ?」

「なんだと─────」


目を見開いたレイゴルトは、周囲を見渡す。

吹雪はいつの間にか終わり、見晴らしのいい雪景色に変化する。


それからすぐに、レイゴルトの耳に念話が届いた。


『レイゴルト=E=マキシアルティ大佐、こちらギリシャ軍本部である。応答されたし』

「・・・こちらマキシアルティ。聞こえている」

『日本軍より伝達。クリスティア=E=マキシアルティは遺体で発見された。

よって、追跡の任を解く。

至急帰投されたし』

「─────馬鹿な」


レイゴルトはクリスティアの方を見る。

そんなはずは無い、確かにクリスティアはここにいる。

なんの姦計か。問いただそうとした時だった。


『なお、この命令に一切の意見は受け付けない。これ以上の日本の滞在は、敵対行為と見なされる為、繰り返すが至急帰投せよ』


そして、一方的に念話は打ち切られた。

紫苑やクリスティアを見る。

クリスティアは意識を何とか繋ぎつつ、安堵の笑みを浮かべる。

紫苑は変わらず笑っている。


「・・・選びな英雄。ここでやるのと、いま帰るの。どっちが"みんな"の益になる?」


これはただの汚職ではないのだと、暗に紫苑は告げている。

帰れば確かにクリスティアは野放しになる。

だが今戦おうとすれば、日本とギリシャの対立という新たな混沌を呼ぶ。


その天秤を前にレイゴルトは拳を握りしめる。

表情に変化は見られないが、そこに大きな葛藤があったことは間違いないだろう。


「・・・いいだろう」


ほんの数秒、如何なる思考が巡ったのか。

恐らく語られることは無いが、ここで出た結論は覆らない。

落とした刃を拾って鞘に収め、踵を返してクリスティアたちに背を向けた。


「レイ兄・・・」

「・・・なんだ」


飛び立とうとするレイゴルトを呼び止める。

レイゴルトは、背を向けたまま。


「・・・あたしね、戦争そのものが不満だったんだ。

だからさ、レイ兄たちの理屈を理解出来ても納得できない・・・したくなかったんだ」


・・・恐らくは、初めて聞かせた本音だろう。

だから軍に入らず、一人で情報を漁って妨害していた。

それが、何の解決にもならず、ただ混乱を産むと理解していたつもりでも・・・止められなかった。


「・・・気持ちは確かに聞いた。だが依然変わらず、それは罪だ」


レイゴルトは容赦なく、そう告げた。

軍人として、悪の敵として、その方針は曲げられない。


「だが、その気持ちを貫けるならば君は・・・新たな道への鍵となるかもしれん」


だがしかし、もう追う必要の無くなった英雄は・・・少しだけその立場という衣類を捨てて、可能性という遅咲きの花を讃える。


「────クリス。もしまだ、君の理想について諦めがつかないのならば・・・どうか、俺のような塵屑が必要のない世界に変えられる鍵になってくれ」


そして、途方もない祈りを妹に。

自分自身に、これほど愛想を尽かした男はそう居ない。

ゆえにこそ、己のような存在が奮起する世界は、本来あるべきではないと断言出来る。


「出来るかな、あたしに・・・」

「俺は、そう願う」


今度こそ、レイゴルトは黄金の煌翼を展開した。

クリスティアに向けて、ほんの少しの間だけ振り返り、僅かな笑みを浮かべて・・・それは討たずに済んだ安堵か、或いは幸福を願う祈りか。


「────達者で暮らせ、クリス」


そう言い残して、レイゴルトは空へと飛び立った。

一瞬にして輝きは空の彼方へ。

兄妹の別離は、ここで果たされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る