Chapter12「衝突」
「行こう」
「・・・うん」
朝方、ブランは青年の姿・・・つまりは戦闘形態でクリスティアを背負う。
星屑の国までは遠い。アイルランドは島国、まずは船で大陸に行く必要がある。
つまりこれは陸上で少しでも時間を短縮する為の手段。
そして大陸に上がれば再びブランの出番だ。
クリスティアは背負われながら、ずっと罪悪感に潰されようとしている。
何があったか、否・・・何が起きようとしているのかは語るまでもない。
「・・・ブラン」
「なに?」
「・・・あたしが、悪いのかな」
何を言っているのか分からない、とばかりにブランはまだ走らずクリスティアの言葉を待つ。
「・・・あたしが責任ってやつをちゃんと理解してたら・・・あたしがブランを助けたから・・・こうなったのかな」
逃げ出した時から、あらゆる歯車は崩れていた。
誰も彼もが、クリスティアの為に命を懸けてしまって、もう自ら死ねる道を封じられてしまった。
つまりは、巻き込んでしまった罪悪感。
「ブラン─────」
「クリスティア、謝ったら赦さない」
「・・・」
罪悪感から吐き出されようとした謝罪。
それはブランによって先回りで封じられた。
助かって、生きる意味を見出したブランからすれば謝ることは赦せない。
助けた命を前に、助けたことを謝るなどあってはならない。
それくらいは、ブランでも分かっている。
「・・・酷いよ」
泣きそうな声で、溢れ出す弱気。
もう何を償えば良いのか分からないクリスティアは、ただ謝るくらいしか見つからなかったのに。
それすら赦されないなら、どうすればいいのか。
「あたしは生きなきゃいけない・・・何を償うのか・・・決めなきゃいけないんだ・・・」
もう後戻りの出来なくなったクリスティアは、ブランの肩に顔を埋めて遂に泣き出した。
もう言葉は見つからない。
ブランは泣く彼女を背に、走り出した。
ギリシャ。
首都にて、これからレイゴルトは出発の時を迎えていた。
部下たちは、無論それを見送る為に彼を囲う。
感謝と、感激。実の妹を討つと決めた英雄を讃える声。
それに満ちる中、英雄は飛び立つ。
その直前だった。
「────待ちな、レイゴルト」
歓声は、ざわめきに変わる。
兵士たちが道を開けた。
道を歩くのは、ジャイロ=キロンギウス。
笑みなどなく、真剣な顔つきで雄々しく歩み寄る。
任務に往く英雄を呼び止める愚行、それを兵士はわかっているはずなのに、邪魔出来ない。
それは、いまのジャイロはまさしく英雄と肩を並べていた時のような威圧感を放っていたから。
「やはり来たか、ジャイロ」
それを、予想していたようで特に驚きもせず迎える。
英雄とジャイロは、向かい合った。
かつて肩を並べていた二人は、敵対するように。
「・・・そんなに、お前がいかなきゃならねぇか。レイゴルト。ギリシャは精強だ、態々お前が行く程なのか」
「その俺ではない誰かが、クリスに屈して逃がしたとしたら?
クリスは勝利など眼中に無い。国の情報の漏出を取引に、生き永らえるつもりだろう。
ならば、これは俺の役割だ」
「・・・それが、お前の宿命なのかよ」
時間稼ぎと分かりきっている問い。
それをレイゴルトは大真面目に対応する。
やはりという解答に、ジャイロの声は憤りより悲しみが勝る。
「────その通りだ。
なぁ、ジャイロ。逆に問うが、俺以外の人間に可能だと思うか?
俺はいずれ、この地位より上を目指し、この国を引っ張るつもりだ。
そして生まれ育った故国を守り、蕃神どもから勝ち取り、未来に繋ぐ。これはその一環に過ぎない。
ならば自惚れのつもりはないが、俺以外の誰なら託せる?」
鋼の心に、激情は届かない。
むしろ逆に、納得させられてしまいそうなほど雄々しくて。
「・・・いねぇよ。そんな"勝利"を背負えるのは、お前以外に知りやしねぇ。
ただな─────」
滾る激情を押さえつけながらも、悲痛な問いは続き。
「────それを何故、誰にも語らずに此処まで来た!
俺はお前の戦友のつもりだった!クリスティアも、クリスティアなりの考えがあったはずだ!
それを見向きもせずに、何故お前は先に行く!
お前にとって他人は・・・俺は!志を共にする価値さえもない奴だったのか!?」
言葉の説得を諦めながら、しかしこれだけはと譲れぬ意思を込めて。
事の善悪や是非ではなく、一人の友としての裸の言葉で。
「仕方なかろう。集団や組織というものに純粋さを期待できん」
返ってきた言葉は、一国の指導者を目指す人物としては限りなく矛盾するもの。
「失敗は出来んのだ。ただの一度も。
たとえ身内であっても、国を揺るがす一手を持ちながら漂う人間を、決して許してはならない。
そして、その断固たる意思を貫き続ける純粋さは・・・それを可能とする個人により果たされる。
故に俺は他力を断った。他者が集まれば、その数だけ誤差が産まれる。
それこそ、集団というものが内包した決して避けられぬ宿命であるのだから」
─────そう今まさに、二人が向き合ったように。
悪意や怠惰による腐敗以外でだ。
このように善意と善意ですら、歯車は噛み合わなくなっている。
「故に、俺だけが立ち上がる。それが純粋さを保つ最適解だ。虚しい真実だがな」
絶対的な勝利を目指すために、レイゴルト個人の肩にギリシャの未来そのものを背負う。
その覚悟があまりに悲壮で、そして憧れるほどに眩しいから・・・痛い。
「────なら、もう言葉はいらねえ」
ああ、分かりきったことだった。
最初から分かっていたことを時間稼ぎの為に聞いていたが、それも此処まで。
「代わりに、叩きのめしてでも止めてやる」
よってジャイロは友へ向け、大股で近づき歩を詰めていく。
「やめろ、ジャイロ。お前の義手はまだ適合していない。
その身体で俺とお前の
鬼気迫るジャイロの姿に、鋼鉄の男は表情を変えずに警告する。
「上等だ、レイゴルト。
馬鹿をやらかすダチ一人、止められねえ命なら・・・今すぐお前にくれてやるよッ!!」
しかし、激情の足は止まらない。軍服の襟首を掴み上げに腕を伸ばす。
そこには死をも恐れぬ決意が確かにあり、それと相対するレイゴルトは敬意を払ったからこそ─────
鳴り響く鋼の衝突音。
そう、払ったからこそ────全力で斬り伏せるつもりだった。
それをジャイロは鋼の腕で止めた。
開戦の音は鳴り響いた。
前座はいらない。お互いが飛び退き、自らの加護を最大限に吐き出す為に────
「「創生せよ、天に描いた極晃を───我らは煌めく流れ星」」
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