Chapter11「交渉」



「───こいつはまぁ、随分とおかしな事になったもんだ」



追跡部隊からの報告、それはジャイロの耳にも届いていた。

アイルランドで突如吹雪が発生した山岳地帯で発見。クリスティアは使い魔を手に入れて追跡部隊の精鋭含めて戦闘不能にしたという。

幸い死人は居なかったが、暫く戦えないことは確実だという。


魔力干渉ウィザードハッカーでこちらの動きを読めなくなったのも吹雪のせい、てわけだな。んで、その範囲から抜け出した今なら出来る」


誰もいない執務室。

指で机をつつきながら、口に出しつつ現状把握した後に、上を見上げた。











「─────で、いるんだろう?話をしようや」



確信を以て、ジャイロは告げる。

真っ直ぐに一点を見て。

基地内を除く狼藉者を逃がさぬとばかりに視線で捉える。


『・・・なんでわかったの』


ジャイロの視界に映る魔電子体のクリスティア。

姿は見られても不思議じゃないが、侵入されたことをピンポイントでバレるなど今まで有り得なかったことだ。


「そりゃお前さん、魔法技術の進歩以外に何がある?

魔力干渉ウィザードハッカーで内部情報が丸見えになるなら、それの対策を講じるのは当たり前の話だろ」


至極当然の対策を、ジャイロは語る。

侵入されるのを防ぐ、なんていうのは実態があろうが無かろうが関係なく必要なものだ。

どれだけ大義があろうが無かろうが、それを無秩序に許す訳がなかった。


『おっさんの身体に仕込んだんだ。あたしみたいに実体を無くして動く存在に干渉できる技術を』

「おうよ。最悪な状況になる前に間に合って良かったよ」


クリスティアはとうに調べがついていた。

いまジャイロの両腕は生身ではない。

ギリシャの最新の魔法技術によって構築された試作ではあるが高性能の義手。


だが、クリスティアが最後に調べた時はジャイロの能力に耐えられる性能であることしか把握出来なかった。

つまり、逃避行をしてジャイロについて情報を更新出来ていなかった期間に魔電子体に干渉出来る性能を追加していたということになる。


ただまぁ、変化はクリスティアにもあるようで。


「・・・魔力光と髪が変わったか?」

『まぁね。ちょっと自己犠牲の賜物だよ』


クリスティアの魔力光は、スカジの影響で青白くなっていた。

無論、それをクリスティアが話すことは無いが。


『・・・それで、どうするつもり?あたしを捕まえる?』


いつでも強制的に身体に戻れるように意識を切り替える。

それを聞いたジャイロは愉快そうに笑う。

何がおかしいのか、と聞こうとした時、返事が帰ってきた。


「いいや、交渉したいんだよ。お前さんと」

『・・・は?』


軍人として忠実でもあるジャイロから発せられた言葉は全くの予想外なもの。

流石に面食らうというものだ。


「理由を単刀直入に言う。レイゴルトがお前さんを

『───────』


・・・一番恐れていたことだった。

兄であるレイゴルトが、クリスティアを殺しに行く。

使い魔によるものとはいえ、追跡部隊を倒せる戦力を有していることが完全に引き金になったのだろう。


硬直する。言葉は無い。

けれど、特別驚きはしない。

妹が重要な情報を手にして失踪した挙句、貴重な戦友を一時的に戦闘不能にされ、それも他国で世話になっているなど、身内として責任を感じることは間違いない。

ならばそのツケを自ら払おうとするのは、流石はレイゴルトらしいと言える。


レイゴルトならば出来る。

迷いをいつしか振り払い、実の妹に手をかけるなど。

誰もが疑わないし、クリスティアですら例外なく疑わない。


「俺はそれを望まねえ。たとえお前さんを逃がすことになったとしても、レイゴルトにその一線だけは越させねえ」

『・・・おっさん、頭おかしくなった?』


正気の沙汰じゃない。

いま、・・・そう断言した。


『自分が言うのもなんだけどさ、あたしは機密情報の塊だよ?』

「知ってるさ。制止されても行くことも。それはお前さんも知るところだ。

で、だ・・・必要なのは逃げ先と、レイゴルトが止まる理由だ」


わかった上で、なお話を進める。

どうしてそこまで出来るのかを、理解出来ないまま。


「お前さん、"星屑の国"は知ってるか?」

『・・・知ってる。荒神陣営と蕃神陣営のどちらにもつかない中立国。まさか、そこに行けって?』

「そうだ」


それを聞き、クリスティアは鼻で笑う。


『無理無理。もうすぐクソ兄が出発するんでしょ?逃げられないよ。追いつかれる』

「だろうな。だから・・・次に止まる理由だ」


そこでジャイロは座り直し、一息つき、そして覚悟を決めたように表情も改めて


「レイゴルトと、俺は戦う」

『・・・なに、言ってんの?』


戦う?戦って止める?

本気で頭を疑う、この人は何を言っているのか。


『いま・・・何を言ったか分かってる?死んでもいい、て言ったんだよ?』

「そりゃあな、死ぬかもな。戦友でも止めようものなら、そりゃ全力で殺してでも責任を果たすだろうよ。あいつならな」

『だったらやめてよ!それに知ってるんだよ!?いまおっさん、義手が完全に馴染んでないんでしょ!?』


クリスティアの言う通り、まだジャイロは義手が馴染んでおらず、能力を使えばどうなるか。

そう、なにより


『やめてよ!あたしの事に命を懸けないでよ!そんな価値ない!』


クリスティアに、そこまでされる価値は無い。

そう本気で思っているから、ジャイロのやろうとしていることが分からない。


『もし命を懸けようとするなら、今すぐギリシャの悪い情報を国民にばらまいてやる!!そしたらみんなその対応に追われるでしょ!』

「それでもレイゴルトは止まらねぇだろうよ」

『だったらそれで死んでもいい!!』


吐き出すように、魔電子体のクリスティアは悲痛に叫ぶ。


『みんなあたしの力を使って好き放題したことに、どうせ責任責任て言うんでしょ!

だったらやるよ!責任を取らない責任ってやつもあるんだ!!あたしが死んで全ては闇の中!それで丸く治めて────』

「馬鹿野郎ッ!」

『──────』


元より密かにそうつもりであったことを、勢いのままに叫び散らすクリスティアに、ジャイロは喝をいれる。

そんなことを、言うものでは無いと。


「兄妹揃って融通が効きやしねぇ。世話が焼ける。家族が家族に望まない殺しなんざ、命を懸けるには充分なんだよ」

『嫌だよ・・・あたしの為に命を懸けて何かあれば・・・もう、死ねなくなっちゃうよ・・・っ』


それは、自分のために傷ついた誰かに対する逃げだから。

一人のまま死ねれば、こんな気楽なことは無かったのに。


『────だったらもう、とっくに手遅れだよ』

『え・・・?』

「・・・へぇ?」


此処には居ないはずの声。

それはクリスティアの横にいる、魔電子体のブラン。


「そいつが使い魔ってやつか」

『なんで・・・』

『クリスティアの使う魔法。それ、俺も同じように出来るんだよ。使い魔だから、魔法が共有されてるみたい』


ブランはジャイロの存在に気にかけもせず、真っ直ぐクリスティアの方を見る。


『命ならもう、俺がとっくに懸けてるよ。だって、俺はもう使い魔だから』

『使い魔────もしかして・・・』

『うん。スカジが俺とクリスティアを繋げたんだ。だから何があっても俺は離れないし、クリスティアが死ねば、俺も消える』


それが、あの吹雪でクリスティアが助かる対価だったから。

あのスカジという女神は、楽に死ねないように此処まで仕組んでいた。


『────バカ、ほんっとに、バカっ』


魔電子体のまま、クリスティアは泣き崩れた。

もう、本気で死ぬ道を絶たれてしまった。

何があっても、生きねばならない理由を植え付けられてしまった。


しばらく落ち着くまで、時間を置き。

クリスティアとジャイロの交渉は続いた。

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