Chapter10「ダブリン」


アイルランドの街にて、クリスティアは歩いていた。

あの山岳地帯を下山して、予め持ってきていた宝石等を売り、そして服を買い直してフードつきの上着を買って頭を隠して行動する。


その隣にいるのは灰色の小柄な狼。

名前をブラン。種は不明だが、人狼になれることを考えると真面目に種を特定する意味もないだろう。


『よかったの?殺さなくて』

「・・・嫌だからね、殺すのも。どうやら君はあたしの使い魔みたいなものらしいから、君が殺せば、あたしが殺したようなものになっちゃうんだよ」

『そっか』


脳内に響く少年の声。

使い魔となったブランの、クリスティアにのみ伝わる念話。

クリスティアの理屈には一応納得したらしいが、果たして理解はしているのか。


クリスティアは状況整理をする。

あの戦いの後、兵士三人を雪景色の外まで運んだ。

少なくとも凍死はしないように。

あのまま放っておいて死なせてしまったら、それは殺したようなものだ。


兵士を運んだのは勿論ブランだ。

そのあとブランは魔力切れなのか、少年の姿になり、そして今の狼の姿になった。

青年の姿が戦闘形態であり、基本は少年の姿。省エネで魔力回復に集中する時は狼の姿になるとか。


現にブランは狼の姿になって、クリスティアの後について行く。

つまりいまは、魔力の回復につとめているのだろう。


さて、ブランの生い立ちだが、それは非常に単純。

元いた狼の群れに馴染めず、リーダーに逆らったことから仲間だった他の狼から集団で襲われて傷を負ったという。

理由を尋ねると「威張るだけで弱いから」だとか。


話はズレるが、では何故クリスティアを助けようと思ったかといえば「助けられた時、温かかったから」だと言う。

そんな立派なつもりは無いのだが、ブランはまるで引くつもりがなかった。


「うーん、寒くないのにやっぱり冷たい・・・」

『スカジのせいかな。俺を使い魔にした以外に、たぶん氷の魔法も使えると思う』

「だと良いけど・・・うーん、今はゼウスの方の加護が働いてるから分からないなぁ」


現在クリスティアには二つの神の加護がある。

ひとつはギリシャでの微々たるものだがゼウスの加護、もうひとつはアイルランドにいたスカジの加護。

ゼウスは放任してるし、スカジは愉悦の為であるため、結果として神々が争うなんてことは起きていない。ある意味、奇跡か。


そしてどうやら、先程までの氷点下の場であればスカジの加護が働き、そうでない場合はゼウスの加護が働くらしい。

本当なら加護により何が出来るか、雪景色にいる間に試したかったが、更に追加で兵士が来る可能性を考えて下山することになった。


アイルランドは特別寒い国ではない。

そのため、あのような吹雪に見舞われない限りは魔力干渉ウィザードハッカーしか出来ないし、仮にスカジの加護が働いても何ができるか未知数。

よって─────


「何か起きたら全部ブランに任せるよ」

『大丈夫』


荒事はブランに任せるしかない。

非戦闘員を守りながら戦う、というのは非常に難しい。

ブランは確かに強いが、圧倒的とも言い難い。

恐らく戦術や戦略とは無縁の、局地戦闘に特化した野性的な戦士だ。

状況は確かに良くなったが、不安要素もまた多い。

どちらにせよ、身を隠しながら行動するしか無かった。


「・・・何処に逃げるかは後で考えるとして、だ」


まとめは終了、次は何処に行くか・・・と考える前にクリスティアは空腹を感じる。

雪山での行動になってしまったばかりに、すっかり体力を使い果たしてしまったものだから、腹の虫も鳴るというもの。


「なんか、食べにいこっか」


クリスティアは苦笑まじりに言った。







アイルランドの首都、ダブリンの飲食店に入る

ブランも少年の姿になり、クリスティアと同じものを注文する。

頼んだものはアイルランドの郷土料理として有名な、アイリッシュシチュー。

ラム肉を使うことが特徴。無論ニンジンやじゃがいも、玉ねぎも扱われている。


名物は色々あるものの、まずは無難に郷土料理にすることにした。

逃避行だというのに若干気楽な旅行になっている気がする。


机に運ばれるアイリッシュ・シチュー。

さあ食べようとクリスティアがスプーンを持った時だった。


「・・・ブラン?」

「・・・?」


ブランが食べようとしない。

嫌いなのか、要らないのかと考えながら見ていると、ブランはスプーンを掴んでは不思議そうに眺める。


そこで気づく。


「・・・使い方がわかんない、とか?」


ブランは頷いた。

失念していた。そういえば野生児のようなものだということに。


「ええ、と・・・持ち方は─────」


ならばいい機会だと言わんばかりにブランの隣に座り直し、スプーンの持ち方から食べ方まで、付きっきりで教えながらの食事となった。


時間はかかったし少し冷めてしまったけど、必要なことだっただろうし、きっと良い思い出になるはずだと考えることにした。

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