Chapter8「軍内の動き」
「・・・追跡部隊がアイルランドに着いたか」
ジャイロ=キロンギウスは自身の執務室で腕を組んで悩んでいた。
恐らくこのままクリスティアは追跡部隊を振り切れるかもしれないと思うが、万が一見つかった時にどうするか。
彼女は軍人じゃない。
その手の訓練は受けていない彼女が、戦うために日々鍛えてきたような兵士たちに勝つなど普通は有り得ない。
「・・・クソっ、こんな身体じゃなけりゃあなぁ」
ジャイロの身体はいま、非常に不安定になっていた。
ここ一年の間に、ジャイロの両腕は自身の能力に耐えられずに崩壊。
魔法技術により義手が作られ、いまジャイロの腕は鋼鉄となっているが・・・。
「中々馴染まねえ・・・当たり前か、試作品だからな」
何せ他に被験者はいない。
自身の能力に耐えうる腕が欲しかったとはいえ、このまま歯がゆい思いをするのは辛いものがある。
なにせ、このままでは英雄の背中は離れてゆくし、何より・・・
「アイツが家族を殺すことになっちまったら、止められねえ・・・」
それが、一番最悪だから。
無論、馴染めば自分こそがと追跡部隊に紛れて穏便に終わらせる解決策を浮かべたのだろうが・・・。
「・・・いや、待てよ」
ふと、ジャイロの頭に閃きがあった。
「
なら、もしかしたら・・・クリスティアに会うチャンスはあるのかもしれない。
「・・・しょうがねえ。趣味じゃないが、これでも
それらしく、頭を使うとしますかね」
ジャイロは早速立ち上がり、執務室を出た。
向かう先は研究所。ジャイロの両腕を作った場所だった。
クリスティアが吹雪に見舞われた頃
「マキシアルティ大佐が留守だな」
「またお役所の監視に出たのか、熱心だな・・・妹さんが失踪してからずっとだ」
基地にて、軍に所属する兵士たちの会話だ。
今しがた、片方の兵士が追跡部隊から届いた情報を報告しに来たのだが、不在だった。
そのため、
「なんでも税金が裏で消えないように、常に監視の目を光らせているんだとか」
「そういえば、それまでは妹さんの存在があったから、悪い役場の輩は自由に動けなかったんだったな」
「その反動でまた悪さしそうだから、態々マキシアルティ大佐は動いてる、てわけだ」
良くも悪くも、抑圧されたものはいざ解放されれば爆発するもの。
特に金に精通する者たちの悪行は限りないものだ。
そこでふと、考えてしまう。
「やっぱり、妹さんはフリーのまま必要だったんじゃ・・・」
自分じゃどうしようも無いから、それが出来る"誰か"に都合よく望む。
これはどこにでもあることで、善し悪しに限らず頭に過ってしまうことで
「馬鹿言え、妹さん自身の都合だぞ。何かの弾みで要らん情報ばら蒔いて、そのせいで暴動でも起きたらどうする」
当然、それに対してはツッコミが起きる。
あくまでクリスティアの独断でしかなく、他者の都合など関係ない。
今までも、そしてこれからも、だ。
「それでいざ現場に駆り出されるのは俺たち下っ端だ。怒り狂って暴動したからつって、守りたかった民間人に剣なんざ向けたくねぇよ」
「・・・それも、そうだな」
暗に、クリスティアは責任を取れる立場に無いくせに・・・と言っている。
悪意がある訳ではない。これもまた、兵士の都合。
レイゴルトの活躍により、兵たちの志は高いものの、あくまで剣を向けるのは
仕事とはいえ、場合によっては自国の民に剣を向けるなどあって欲しくないのは偽りのない本音だ。
その善意、あるいは高潔さ故にクリスティアという存在が今まで以上に自由に生きているという事実は、何が盗まれ何がバラされるかも分からない恐怖だ。
その恐怖は悪人だけでなく、従順な兵士という善人を不安にさせているのだ。
「だから、だろうな。マキシアルティ大佐は余計に責任を感じているんだろうな」
「はぁ。いっそマキシアルティ大佐に、この国を引っ張って欲しいよ」
「マキシアルティ大統領、てか?いいかもなぁ」
レイゴルトの躍進により軍隊の士気が鰻登りである反面、個人にかなり依存していると言える。
当然な話ではあった。
いつの時代も、見守るだけの神よりも実行する人間に信仰が集うものだ。
レイゴルトはその最たる例だと言えるだろう。
「噂話なら場所を選ぶべきだろう」
「あっ、も、申し訳ありません!」
そんな中、唐突にレイゴルトが背後からやってきた。
監視からの帰還なのだろう。
なんともタイミングの悪いことか、兵士二人は謝罪しながら敬礼した。
「報告書は執務室か?」
「はっ!」
「了解した。持ち場に戻れ」
そして噂話には何も気にしない風に、レイゴルトは去ってゆく。
「────誰もがそう望む前に、俺はとっくに目指しているとも」
誰もいない通路、英雄は一つ決意を零しながら・・・。
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