Chapter7「スカジ」
────アイルランド
ギリシャからの逃亡からそこそこの日数は経ったものの、クリスティアは
またアイルランドは冬でも凍えるほどの寒さになることは、ほとんど無い。
亡命先なら、まず此処だろう・・・とクリスティアは当たりをつけていた。
正しかった。そう、何も間違いではない。
ギリシャ軍も追跡先としてアイルランドを候補として捉えてはいるが、クリスティアが
そのはず、なのだ。
「さむぃいいいいいいッ!!!」
亡命先として選んだはずのアイルランドの山では、何故か吹雪が起きていた。
冷たい風と冷たい雪が絶え間なく横殴りしてくる。
普段温暖な地に住んでいたクリスティアにとって、急な横殴りな吹雪は過酷極まる。
無論、防寒対策はしたものの辛いものは辛い。
「なんで!?なんか神様の領域に入った!?」
こんな吹雪じゃ
早くここから抜け出さなければ、と思いつつも上手く歩けない。
雪に足を取られる経験が無かったものだから、一歩一歩に手こずって体力が奪われてしまう。
その一歩のたびに嘲笑われてそうな気がするし、微妙に腹立つ。
「はやく抜け出さなきゃ、こんなとこ────」
周りを見渡しながら歩こうとした時だった。
真っ白な景色の中で、何か赤い何かが見える。
「・・・」
そう思うと、ふと足が動いた。
そこにあるのは、たぶん血だと思ったから。
だから、だろうか。
いつもより、歯を食いしばって歩き出せた。
何歩、歩いていただろう。
その赤い何かの元に、ようやくたどり着いた。
「やっぱり・・・血だったんだ」
見つけたのは、少し体格の小さな灰色の狼。
その身体から深い切り傷があり、そこから出血していた。
しかし寒さから血は止まっているようだが、傷と寒さからか、かなり弱っている。
群れからはぐれたのかは分からないが・・・それを見た時に、クリスティアは迷いなく行動に出た。
自分の防寒着を脱いで、狼に被せた。
この行為に、意味なんてあるとは思わない。
こんなに弱った狼を、防寒着一つで何か出来るわけも無い。
それでも、何もせずなんて耐えられなかったから。
「・・・馬鹿だな、あたし。逃げ出したくせに、何を良い人ぶってんだか」
自分にそれだけの価値があるとは思えないし、思いたくない。
自分の行いに誇りがあるなんて、到底思わない。
ただ、そうしたかっただけ。
「・・・レイ兄風に言うと、塵屑ってやつなのかな。
うん、らしいや。逃げ出した末路で、思わぬ吹雪に見舞われて、最期にちょっとした善行でしてやったり・・・なんて、さ」
案外兄妹で似た感性あったなぁ、なんて思いながら・・・クリスティアは急激に体力が奪われてゆくのを感じる。
防寒着を脱いだことで、体温が急激に下がり、そして眠気が襲う。
「・・・君は、無事に生きられると、いい、なぁ」
その言葉を最後に、ぱたりと狼の傍に倒れた。
吹雪は止まらない。
クリスティアの意識はない。
だがふと、目を開いた狼は喋りかけていたクリスティアを見ていた。
そして倒れたクリスティアを見た狼は、吼えた。
吹雪の音を貫いて、遠吠えが木霊する。
何かを呼ぶように、助けを乞うように。
『はぐれ狼か、何用だ?』
聞こえた声に、狼は更に吠える。
『────気に入った。はぐれ狼にはぐれ娘、なるほど面白そうじゃないか』
嘲笑を含めた女性の声、その主が現れる。
「助けたい訳では無い。ただ、面白そうだからだ。何せこの娘、ここで死なせた方が楽だからな」
邪悪な笑みにも思えたその表情に、狼はただ睨みつけるしかない。
今は彼女にしか、助けられないと分かっているから。
「我が名はスカジ。山と雪の女神なれば────その名に相応しいモノを授けてやろう」
スカジと自称した女神の指が、狼とクリスティアに向けられて・・・青白い光が、彼らを包んだ。
その光に守られながら彼らは、吹雪の中で意識を失った。
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