Chapter6「化身として」
「・・・マキシアルティ大佐、やはり見つかりません」
「・・・そうか」
ギリシャ軍内は揺れていた。
クリスティア=E=マキシアルティの失踪。
原因の仮説は立てられている。
多くの兵を失ったが、民間人の被害はほぼ無い。
その功績から、軍からはスカウトしようという動きはあったものの、レイゴルトはクリスティアが軍人に向かないことを理由に反対していた。
しかしながら、敵味方区別なく情報を盗み見る危険性を鑑みている部分は否定できず、また本人の意思も大事ではないのか、ということに反論は出来ず、レイゴルトはクリスティアに話を通す為に一時的に家に戻った。
しかし、もうそこにクリスティアはいなかった。
短い書き置きのみを残し、忽然と姿を消したのだ。
恐らくは軍内のクリスティアを軍に入れるか入れないかの話を盗み見てしまったのだろう。
どのみち本人と話し合うつもりだった為、盗み見されてもいいという判断が裏目に出た形になる。
それにしたって、ここまで思い切った行動をされたのは完全に誤算であり、結果としてギリシャ軍内は右往左往しているわけである。
「大佐、ゼウス様はなんと・・・? 」
「何も。変わらず静観・・・いや、観戦している。俺たちのことを咎めはしないし、代わりに与えもしない。相も変わらず、余興だと思っているのだろう」
ゼウスが現役で行った神々の戦いに比べれば、ああ確かに余興だろう。
ギリシャの神話において、ゼウスは最強であり、それにより後の神々に与えた影響は大きく、また多い。
それと同じように、負けず、倒れず、覚醒して、勝利をする。そして他者に影響を与えて希望を目指す。その様が、昔の自分に似ているから、それを楽しんでいるのかもしれない。
無論、ゼウスの力を扱えているのもあるのだろう。そんな者はレイゴルトが現れるまで居なかった。
それら含めて観戦している万能の神にとって、此度の出来事さえ些事である。
仮に些事でなくなったとしても、ゼウスは干渉しないだろう。
その根拠も、またあるのだ。
「良くも悪くも、神の契約は絶対だ。恐らくこれ以降は、何を聞かれても変わらず"些事である"と返すだろう」
神々における契約とは、決して神であっても逆らえないというお約束・・・というやつだ。
だから干渉しない、とも言えるし、干渉できない、とも言う。
全てはレイゴルト=E=マキシアルティが死後に新たな星座として、そして次のゼウスとして相応しいか・・・この一生は、その試験のようなもの。
「ではやはり、軍の決定がすべて・・・ですか」
「そうなるだろうな。引き続き頼む、そして知らせてくれ」
「はっ! 」
追跡部隊の隊員が立ち去っていく。
もう国外へ発ったとも噂がある。それも北へ。
ギリシャの南側は海があるものの、そこは既に封鎖されている。
追跡部隊は恐らく、そのまま北へ進むだろう。
「・・・クリスに宿ったゼウスの力は微々たるものだ。ギリシャは温暖の地・・・寒い冬が訪れることはない」
特に、雪が積もる・・・なんてことはまず有り得ない。
だが北に行けばそれだけ冬は寒く、雪が降り、凍える大地に近づいてゆく。
「雪が積もるほどの地では、ゼウスの微々たる加護による雷は放てない」
必然的に、行く先は北の方面でありながら寒さを感じにくい土地。
その候補となるのは──────
「イギリス、或いはアイルランド・・・」
逃げ場所は、恐らくはそこになるだろう。
島国ではあるが、比較的強力である故に行くことは容易だろう。
「似合わねえ顔をしやがる」
思考に耽るレイゴルトに、ジャイロが声をかける。
苦笑するジャイロだが、雰囲気は真剣そのものだ。
「・・・どうすんだ、お前」
「・・・連れ戻す、それが叶わないのなら────」
「────殺す、か?」
真剣な顔つきで問うジャイロに、レイゴルトが回答しようとする。
間のある言い方に、ジャイロは先回りするように重ねて問う。
「出来るだろうな、お前なら。その気になれば一直線、実の妹の首を刈り取ることだって厭わない」
出来るかどうか、それは大事じゃない。
なぜならレイゴルトという男に、決めたことを実行したことに不可能は無いからだ。
だが問題は、それ以外のことで───
「・・・やるのか?お前は」
「クリスの
「だから、やると決めるのか?」
「それが我が軍の決定事項ならば」
レイゴルトとジャイロは向かい合う、レイゴルトはそう決めたら止まらない。
本気だろう、血も涙も流しきってさえ終わらない。
それを、無論ジャイロでも看過は出来ない。
「・・・やらせねぇよ、見ていろ。お前に家族を殺させねえ」
通り過ぎながら、ジャイロは断言した。
言葉による問いかけに、迷いなしに告げたレイゴルトにもはやこれ以上語ることはない。
ジャイロとレイゴルトは、今ここですれ違ったのだ。
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