Chapter5「英雄譚・終演」


戦場に佇むのは、英雄ただ一人。

静かになったその場で虚空を睨む。

勝ち取った勝利の価値と、今宵失われた命を思う。


彼の奮闘は余人が見れば奇跡や至高と讃えられる程なのは言うまでもなく。

だからこそ、英雄は自分の落ち度を悔やむ。


もっと早くに予見して、たどり着くことが出来ていたなら。

妹の書き置きしたものを、直ぐに見つけていたならば。


「すべては俺の不徳の成すところ。

背負い、刻み、忘れるな。今日、この日、散った命の尊さを」


自身の魔力を収め、刃を鞘に収める。

消耗、怪我、いずれも酷いもの。

その場に倒れ込むのが道理だというもの。


なのに、しかしやはりか。

英雄は倒れるどころか膝すら付かず、平然と立っている。


「レイ兄・・・」

「無事か、クリス」


家から出てきたクリティア。

もう安全だと判断した為、レイゴルトも咎めない。

家はまったくの無事、あれほど激しい戦いをしておきながら、被害は最小限に留めてある。

もう止められなかった戦い、という意味においてはこの戦果にクリティアは文句をつけることが出来ない。


「良かった・・・生きてて。やっぱりレイ兄は、英雄なんだ」


最近まともに会話も出来ていなかった兄妹だけど、しかし実際生きていたとなれば安堵する。

涙が溢れそうになりながら、レイゴルトを見上げるクリティア。

それを見下ろすレイゴルトはクリスティアの頭をひと撫でして。


「言っただろう、俺は無敵だと


・・・だが」


ほんの僅かに微笑むレイゴルトが、今度は周囲を見渡して厳しい顔つきに変わり


「やはり俺は咎人だ。

闇を討たねば生きられない、そんな破綻者に過ぎん」


ああ、やはり。

己を呪い、悪を憎み、煌めく光を抱き───希望の未来を目指して歩みを止めない。

どこまでも、レイゴルトはそうなのだとクリスティアは納得してしまった。


「っ、そんなことよりレイ兄!はやく治療に─────」


そんな時、聞こえてくる複数人の足音。

警戒すること、ほんの一瞬。

しかし訪れた足音は友軍のものであると瞬時に理解して警戒を解く。


「レイゴルト、お前・・・」


生存者の応援要請を聞き届けてきたのだろう。

小隊を引き連れてきた軍内における友人、ジャイロは部下ともどもこの光景を前にして言葉も出ずに瞠目している。

張り詰めた空気、今もなお闘志漲るその背に対して何を感じたのか。

唖然とするジャイロへ、視線だけを向けてレイゴルトは短く告げた。


殺戮戦鬼カーネイジ凍結貴族フリーズと会敵後、二体をまとめて撃破────ジャイロ中佐、遺体の回収を願う。

そして至急、第二派が確認できるか先行偵察部隊に調査を要請したい。

最後に、外傷が致命であるため至急病院に搬送させてもらう・・・以上、報告を終了する。以後の引き継ぎを頼む」

「・・・了解しました。マキシアルティ大佐」


視線の交差は一瞬、肺から絞り出すような返答を聞き届け、レイゴルトはまたクリスティアに視線を向け。


「家に居ることだ。面接可能になれば、来るといい」

「・・・うん」


それだけを告げ、レイゴルトは戦場を後にした。

残された兵たちは未だ圧倒されたまま、去ってゆく英雄の姿をいつまでも見つめ続けている。


そこにあるのは光に満ちた憧憬か、それとも光に怯える恐怖か。

個々の感慨は分からないが、しかし一人一人が多大な衝撃に魂を震わせたのは紛れもない真実だろう。

徹底的に破壊された魔星の残骸。それぞまさしく、揺るぎなき戦果の証拠。

たった今、この場所で、語り継がれるべき伝説が確かに誕生したことを・・・動き始めた思考回路が重く受け止め始めた。


にわかに湧き立ち、興奮を抑えきれない兵たちが各々言葉を交わし合う。その中で────


「・・・お前、俺を置いて征くのか・・・なぁ、レイゴルト」


ただ一人、脇目も振らずに進み続けるレイゴルトに、ジャイロ=キロンギウスは悲しげに呟いていた。


彼もまた傑物。ケイローンの弟子にして征圧部隊"魔弓人馬サジタリウス"の隊長。

レイゴルトに影響を受けた光の破綻者でありつつも、賢者のような狡猾さもある存在。

そんな彼は、英雄と肩を並べて戦えていたと思っていた。周りもそう思っていた。


だが実際はたった一人で終わらせて、また超えてはならない領域を踏破してしまったかのようで、そこに言葉は見つからない。

成長が凄まじいのは知っている。

だが今回は異常だ。だからこそ、そう感じている。


自分は頼りにならないのか、という悲しみ。

以降、英雄に頼りきりになるのではという危惧。

それらが、ただの杞憂であってほしいとジャイロは願うが・・・

そういう嫌な予感は当たるものだと、ジャイロは感じ取っていた。









そして、クリスティアもまた別の感情が湧き上がっていた。

兄の背負う業が、あまりに重すぎる。

あんな傷を負っても、平然と立ち向かう男を見て慕わないはずが無いのは当たり前だが・・・。


・・・だが、少しはこうは思わなかったのだろうか。

そんな業を背負わせて、他者を轢殺する戦争に嬉々として挑んでいるということを。








英雄譚は幕を閉じた。

よって、これより始まるのは逃避行。

この出来事から一年後


クリスティア=E=マキシアルティは、失踪した。


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