Chapter4「英雄譚・覚醒」

「─────いいや、まだだ」


英雄の力を超えて、長き死闘を繰り広げ、致命の技を叩き込み、覚醒を果たしたことで────男の心に炎が灯る。

容易ならざる困難という、がすべて揃ったのだ。



「え・・・?」



確かに聞こえた兄の声。

絶望的と思ったその時に、いつだって現れた時と何一つ変わらぬ勇者の声。

それは確かに、クリスティアに届いた。


胎動する光の波動───

煌めき始める可能性───

もはや、語るべき言葉は必要ない。


「それが、貴様たちの極点ならば・・・俺もまた更なる高みに至るまでッ!」


刮目せよ────英雄譚ティタノマキアが始動する。



「な、ぁ─────」

「・・・、────」


刹那、天へと昇る光輝の柱。

嘆きを祓う輝きが闇夜を穿ち、空を断つ。

己が埋もれた瓦礫の山を、光の波動で消し飛ばして、一人の男が戦場に不死鳥の如く舞い戻った。


悠然と響く軍靴の足音は依然変わらず、雄々しくて。

翳り一つなく荘厳で。

それこそ何かの冗談みたいに、圧力を増して魔星の前へと姿を現す。


「さあ、ここからだ。来るがいい───明日の光は奪わせん」


レイゴルト=E=マキシアルティ、再臨。

そう、英雄は何度でも立ち上がるのだ。

では、当然止まるはずがない。

彼の胸で黄金に輝き続ける希望を目指すという誓い。

太陽にも匹敵するその熱情が猛るたび、際限なく無限の力が湧き上がる。

森羅の掟を虐殺し、世の理を粉砕して、不条理という奇跡を紡ぐその姿。

まさしく光の使徒であり、不撓不屈の英雄────人類の持つ限界値を遥かに超越したものだった。


「・・・何だ、それは」


茫洋とフリーズは吐き捨てる。

現在、レイゴルトの体内にある魔力の大暴走。

その真実が分かるために、目の前の現実を理解も受容も出来なかった。


対峙する英雄の総身は、現在進行形で

背中から黄金の煌翼が発生し、損傷している肉体の部位からも魔力を吹き出している。

まるで、フリーズが行った自壊覚悟の暴走のように。


───見事なものだな、お前の暴挙わざは」


ただし、その強化度合いはフリーズのものとは比べるのも烏滸がましい。


学習したと、英雄は豪語したがいったい何処がだ。これはもはや模倣でも、洗練どころか劣化でさえない。

紛れもなく狂気に満ちたである。

英雄の胆力が圧倒的であるためか、肉体の崩壊速度が壊滅的に進んでいる。


動く度に溢れる魔力。

滲んだ流血は体表面から溢れた途端、油のように発火して。

刃どころか鋭い視線、呼気にさえ宿り煌めく絶滅光ガンマレイ

何もかもが、狂っている。

これでは無理矢理、怪物になったかのようではないか。


彼は人間なのだ、そのはずだ。

肉体という器の脆さに関しては、魔星と比べるべくもないのだ。

ならば、この光景はなんだという?

こんな出鱈目が仮に出来たとして、生きている事が不思議で仕方がない。


痛いはずだ、苦しいはずだ、ゼウスの雷が常に体内を駆け巡る自滅行為に発狂してもおかしくないはず。

けれど、それでも表情に苦痛の影など欠片もなく。

こんな生き地獄を味わいながら、誰より雄々しく立ち向かえる原動力が何だというなら────


「知らなかったか?俺も同じく一つのことしか知らぬ男だ。ならばこそ、気力において劣ることなど許せはしない」


気合に、根性───理由など心の力以外にない。

常軌を逸する、などという言葉でさえ表現するにも生温い桁の外れた精神力が、戦意を再び迸しらせた。

英雄が動く。


「ぐ、ぉ───オオオオ、ッ!」

「がァッ、ぐぅぅ・・・!」


そして、開かれた第二幕の戦端はあまりに一方的なものだった。

疾走し、踏み込んだレイゴルトは迫る迎撃を苦もなく両断。極光纏う裁きの刃を轟かせ、氷河と瘴気をその閃光で消し飛ばす。


広範囲に渡って覆う杭と、その中を潜り抜けて襲いかかる戦鬼。

これらに手を焼かれてきた連携を前に、レイゴルトはしかし───


「もはや無駄だ、視えている」


放つのは虚空すら断つ力強い剣の連閃。

読み切ったという言葉通り、恐るべき戦果をたたき出す。

繰り出す神速の七連居合。

七つの刃を全て使った全霊の剣閃は、強化された瘴気さえも、もはや無意味。

戦鬼が英雄を捉える手段は、もはや無い。


その隙に五月雨の如く押し寄せる吹雪に合わせてやってくる杭もまた、戦鬼と渡り合いながらも


「言ったはずだぞ、視えているとな。

殺し方は出来ている」


それはもう、当てても無駄な攻撃なのだと。

体表面に現れた光輝の熱で焼き払う。

もはやレイゴルトは動く恒星。

そこに氷を放り込めば、語るに及ばず。

フリーズが出来ることも、もはや無い。


フリーズの全霊の攻撃でレイゴルトを仕留められなかった理由もこれだった。

あの時点で既に、レイゴルトの魔力を暴走し始めていたのだ。


だが本末転倒なはずだ。

致命傷を抑える為に、自壊し始めるなど。

そのまま戦えば、死への片道切符を行使することになる。


ならば


「───捉えたぞ」


ならば、だけだと。

常識的な理屈ごと、余さず切り捨てる。

勝利の二文字を得るために、鋭く熱く闇を断つ。


よって、後はもう英雄の一人舞台だ。

幾つもの氷河ごと、フリーズは斬光により切り裂かれ

何度突貫しようとも、気づけばカーネイジは連続して死の焦熱を浴びている。

怪物の暴虐では、もう決してレイゴルトを傷つけられない。

むしろ時間を与える度に、彼は成長し続ける。

鍛えた意志と力の全てで、飽きもせず永遠の超進化を何度も繰り返す。


「なんなんだ貴様は、なんだこれは・・・この不条理はなんだ!」


だからこそ、フリーズはこの馬鹿げた現実を前に絶叫する。


「血も、力も、すべての優位に意味など無いとでもいうのか。全ては心、胆力だけだと突きつけるのか化け物め───狂っているのはどちらだという!

貴様こそが、道理を外れた在ってはならん異分子だろうが!」


もはやフリーズのプライドは崩壊寸前。

容赦なく降り注ぐ光景に、発狂寸前だった。


「何故、貴様のような人間が産まれたのだ。なぜ私が、こんな穢れた怪物と出会う?

いつまで、不遜にも私の前へと立ちはだかるんだ・・・レイゴルト=E=マキシアルティ!」

「決まっている───"勝利"をこの手に掴むまで。

俺の歩みは止まらない、涙を笑顔に変えるのだ」


憎悪と嘆きの氷河は、尽く光の刃に引き裂かれてゆく。

震えたフリーズは、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。


「────殺戮戦鬼カーネイジィィッ!」

「みなまで言うな!必ず殺す!

こいつこそが英雄かいぶつだ。手に負えねえッ」


───その認識のもと、一致団結した彼らもまた、自壊覚悟で己の魔力を暴走させた。


もう一度、フリーズから放たれる氷塊。

それを前に、もう英雄は止まらない。


「怒り、狂い、悶えて沈め。諦めろなど温い言葉はくれてやらん。

報いを受けろ魔星ども───俺がその咎、裁いてくれる」


止まらぬ英雄は駆け抜けて、そして───


「────おぐッ、がァ!嘘、だろ・・・ッ」


氷塊の爆発に紛れ、奇襲をかけた戦鬼を一刀の下に切り伏せた。

全力の突撃だった。自身の能力も限界を超えていた。

しかしそれはもう、レイゴルトにとってはくだらぬ児戯となっていた。


袈裟懸けから、横一文字に身体を斬り裂く。

さらに貫いて、戦鬼の真芯を穿つ。

その衝撃で負の瘴気を解いてしまい、レイゴルトの燃える五指がカーネイジの顔面を鷲掴みにした。


そして、至近距離から覗き込む決意の瞳は。


「なんて眼をしてやがる・・・」


殺戮戦鬼には及びもつかない、憤怒、激情。

突きつけられたあまりに巨大な覇気を前に、ついに心の底から震え上がる。


「寝ていろ」


瞬間、大地にめり込む戦鬼の身体。

無理やり捻り出した剛力が、カーネイジを一気に地に沈めた。


同時に、再び放たれる大量の氷塊の杭。


「今度こそッ───!」


この一帯ごと、残らず潰してみせると。


「ああ、貴様の最期だ」


それを前にした英雄はまた、光の刃を雷火の如く抜き放つ。


全力のぶつかり合い。

数も質も、圧倒的な二人の衝突の結果は───


「ごふっ───うぁ、ぁ・・・」


貴族の喉を貫きた煌めく刃が証明する。

栄光ある勝利に、黄金の英雄は君臨していた。


あれ程の大質量を捌き切ったのは、単純に理想的な動きを適切に選んで対処してみせただけ。

無駄なく、最大限、効率的に脅威を消し飛ばした。

最後に、無防備なフリーズに刺突を放った結果がこれ。

難しい術理や特殊な手段など、一切ない。


恐怖だ。これはもう、たまたま成功した賭けですらない。

あくまで標準的に見切ったということは、レイゴルトはこの行動を何度も実現可能であること。

もう凍結貴族では、何を足掻こうと彼には決して敵わない。


「貴様の失態を憎悪にして、俺に向けるより前に弱者から先に痛みつける様・・・救いがたい」


刃を大地に突き立てて、喉を貫いたフリーズを、そのまま地へと縫い付けられる。

もがく貴族に、しかし英雄は容赦しない。

そして刃に宿る魔力が蠢く。

その意味をフリーズは知っているから、心底震え上がり恐怖した。もはや、憎悪すら忘れて。

裁きの雷火ケラウノスが解き放たれればどうなるか、もはや避けられない最期を前に必死に生へと手を伸ばす。


やめて────やめてくれ、お願いどうかそれだけはと。

だが悪を許さぬ眼光に、慈悲はなく。


「判決は委細変わらん。そのまま惨めに死ぬがいい」

「──、─────」


・・・そして、容赦なく顕現した光波の中へ貴族の身体は飲み込まれた。

心ごと粉砕し、決して消えない絶望を叩き込み、消滅した。


こんな怪物、勝てるはずがなかったのだと。

仮に神のもとに復活できたとしても、レイゴルトにはもう挑めないだろう。


「────万能神ゼウスの、化身」


離散しそうな意識を繋ぎ、地を這うカーネイジはその光景に戦慄する。

痛感する、これほどまでにこの男を警戒したのは何故なのかを。


「くはッ、は、ははははは・・・!」


思わず、カーネイジは笑ってしまった。

相棒の処断を終え、己を見下ろす英雄へ諦観混じりに言葉をかける。


「いやはや、オレも演じた事はあるが・・・なァ?

あんた、御伽話かよ」

「是非もなし」


そう言われようとも、そう成らなければ成せない事があるのなら。

進むだけだと、揺るぎなき決意と共に絶滅光ガンマレイが放たれた。


まさしく・・・天霆轟く地平に、闇はなく。


首都を攻めた怪物たちは、揃って英雄譚の餌食となっていった。

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