Chapter2「英雄譚・開演」

ギリシャ軍に刻みつけられた数々の人的損失、痛み、そして絶望。

それらあまねく負の因子を一触で振り払う守護者。

物語にはつきものの逆転劇が、ついに災禍の渦へとその姿を現したのだった。


そう、もはや悲劇は幕を閉じた────おまえの出番は二度とない。

さあ刮目せよ、いざ讃えん。

その姿に民は希望を見るがいい。

ここから始まるは、男の紡ぎ出す新たな英雄譚サーガ

ただ姿を見せるだけで、戦場ぶたいを支配する主演が立つ。


そう、彼こそが─────レイゴルト=E=マキシアルティ。


「っ・・・」


この状況の中、その名前を頭の中で呼ぶだけで、クリスティアは熱い気概が呼び覚まされた気がした。

高潔な強者を前にした時、人は自然と畏敬の念を抱く。

クリスティアが外にいたならば、自然と彼の後ろへと下がるだろう。

そうすることこそが真理だと、強く感じ取ってしまうから。


ギリシャにおいて、この男を知らない者など一人もいない。

ゼウスの化身、鋼の勇者、光の英雄・・・そう数々の呼ばれ方をしながらも、妹であるクリスティアも納得する他なかった。


レイゴルトの圧力と、目の前にいる怪物二人の圧力が釣り合っている。対等なのだから。


クリスティアの胸の内で、希望より先に恐ろしくなる。

こんなことを、誰かに自慢したくなる呪いのような錯覚。

そもそもこんな状況になること自体が、クリスティアにとっては望ましくなかったのに。


「ほう、これがレイゴルト=E=マキシアルティ・・・噂はかねがね。

会えて光栄だよ。そして確かに、これは凄まじい

フリーズが滾るというのも納得だ。なぁそうだろう?」

「ああ、待ち焦がれたよ────この時を」


二体の怪物から発せられる、殺意の奔流。

フリーズから感じるのは恨み。それだけでレイゴルトの覇気に釣り合うような感覚を覚える。


「貴様に与えられた我が軍の屈辱、忘れたことは無いよ。よくもやってくれたものさ、人類種ヒューマン。今度は私の星へと屈するといい」

「そして、オレにはオレの理由がある。

見極めるべきだろう、オレたちも、あんたも。どちらがこの地の覇者となり、どちらが神を下すのか。

なぁそうだろう?オレを失望させないでくれよ?


さあ、あんたも立派な男なら、勝ち取ることで夢を語りな」


それが、今の世の習わし。いいや、昔からそうだったのかもしれない。

万人に分かるように捩じ伏せて、納得させて魅了するべきだと、カーネイジは語っている。


「黙れ殺戮戦鬼カーネイジ、それを語る資格があるのか」


それに対し、レイゴルトは憤怒を返した。

鞘に納めた鍔が鳴る。


凍結貴族フリーズ、貴様もだ。己の失態の意趣返しの為に、俺を討つと?

─────笑止」


言葉少なく、荘厳に。

内に秘めた熱を解き放たんと刃を二振り、引き抜いた。

視線に籠る決意の火は、強くて眩しくて───


「────貴様らを殺すのは、俺の役目だ」


威風堂々と言い放った直後、レイゴルトは風のように駆ける。

同時に怪物たちも動き出す────英雄譚が始まった。


一合、彼らが激突する寸前にクリスティアは予測する。

勝てない────怪物に人間は敵わない。


確かに破格の人物なのは、クリスティアもよく知っている。

ずっと見てきた。彼が戦場で戦うところも、魔電子体となって見てきた。


だが相手は規格外の怪物。

片や豆腐を切るように簡単に何もかもを切り裂いて、トマトを潰すように気軽に肉塊にする戦鬼。

片や凍結する息吹を振りまいて、呼吸器官を狂わしかねない状況を繰り出す貴族。


戦鬼は一撃を振り下ろして大地が木っ端微塵に砕ける。

それを貴族は小屋程ある瓦礫を投げつける。

不格好なほど、ただただ優れた種族なりの暴虐が、人間であるレイゴルトを襲う。


それをレイゴルトは回避する。

あれを受け止められる力はない。

たったこれのみで、種族間のスペックを示している。


弱者が強者を土につける展開は常に希少、そんな奇跡に感情輸入してしまうのは人類特有の悪癖か。

だから、たとえレイゴルトでも勝てないと思っていた。


しかしそんな最悪の想定を覚悟していたクリスティアの視界に、それは訪れない。

渡り合っていた、それも互角に、鮮烈に。

七本ある刃のうち、たった二振りで魔星と対等に戦っている。


「ふッ────!」


鋭い剣閃が、ひたすら魔の爪と魔の脚とぶつかり合う。

火の海となった戦場の中で、絢爛に咲く火花がいくつも咲く。

独つ目の神"キュクロプス"による神造兵器"七元徳"。

厳しく選ばれた者のみが抜ける刃は、折れる気配がない。

それを振るう彼もまた、余すことなく全てが絶技。


幾度も戦いを見てきたクリスティアは、戦いを見る目が優れていた。

そんなクリスティアでさえ、レイゴルトの戦いをただ"巧い"と捉える他ない。

戦闘技能と判断速度が凄まじ過ぎるゆえに。

知らぬ間に、どれほどの修練を積んだのか。

無駄な挙動は、何一つない。


「はッ・・・!」


かと思えば、時に息を呑むほどの博打に打って出る───常軌を逸した豪胆さ、とても真似出来ない、したくない。

勝利の流れを嗅ぎ付け、そこに躊躇なく命を懸ける。理屈は分かる、分かるだけだ。

機械には出来ない、飽くなき未来への闘争心だ。


「レイ兄・・・」


理屈と本能を併せ持つ理想がそこにあったクリスティアは、思わず


「頭おかしいんじゃないの・・・」


そう、呟いてしまった。

本来ならその光景に目を焼かれるはずが、クリスティアには恐ろしく見えた。

監視の目なんかじゃ捉えきれない、有り得ざる光景をこうして更新してみせるのだから。


だってそうだろう。

出来ないはずだ、で覆すなんて。

だがやってみせてるのだ、窓の外で。


「───流石」

「それでこそ」


それを、戦鬼と貴族は感嘆する。

ああそうだ、この男ならばこの程度はやるだろう、と。


「せいぜい足掻け、余興は終わり」

「ここからは、魔星らしくいこうじゃないか」


だから、容赦なく次の段階へ行く


戦鬼から放たれる負の瘴気は、周囲の物質を消し去っていく。

我は殺戮戦鬼カーネイジ────闘争の終点なり。


貴族から放たれるのは凍てつく吹雪、周囲を凍てつく花とする。

我は凍結貴族フリーズ────避け得られぬ寒冷の冬なり。


まさに魔星、この地の法則を塗り替えるような暴虐。


だからもう、希望的観測を抱く余地なんてない・・・はずなのに。

────そう、退かないからこそ彼は英雄きぐるいだった。


「逃げてレイ兄!いくらなんでもアレは───」


あんなものに、まさかと思ってしまう自分が恐ろしくなり。

クリスティアは窓の外へ叫ぶ。


「さあ、見せてくれよ────あんたに宿る輝きを!」

「クズのような光なら、粉砕するよ」


迫り来る暴虐。

それを前にレイゴルトは、一度だけ築かれた屍の山を見た。

瞑目し、哀悼を捧げること一瞬。


「・・・すまん。そして誓おう、お前たちの死は無駄にしない。

我々の勇士を弄んだその報い、魂魄まで刻んでくれる」


開眼した英雄の瞳の奥は燃えている。

そう、爀怒の炎に。


「創生せよ、天に示した極晃を────我らは煌めく流れ星」


紡がれる詠唱。起動する神の代行。

剣に宿る光の波動。

輝きの一閃は天罰のように夜の闇を引き裂きながら、戦鬼の負の瘴気を貫いた。


「お、おおォオオ────ッ!」


戦鬼のダメージを見て、出来上がった氷河の杭を貴族は英雄に向けてばら撒くように放つ。

回避はさせない、容赦のない面攻撃。

それに対して───


「───小賢しい」


英雄の持つもう一振を、また一閃。


「ぐッ、───が、ぁ」


それはまるで世界を両断するような錯覚で、氷の雨を尽く打ち砕いて貴族に傷を刻む。


「─────"英雄"」


怪物を斃せるのは、同じ怪物。

そして人間でありながら怪物を斃すのは、御伽噺の英雄のみ。

自身の兄がまさにそうなっていたのだという事実を肉眼で捉えたクリスティアは、ただそうつぶやくしか無かった。


それは憧れ以上に、恐怖。

同じゼウスの加護でありながら、その出力は大きく違う。

そして身に余る出力は、必ずと言っていいほど反動があるべきなのに────


「どうして、立っていられるんだ・・・」


全身に激しい痛みがあるべきなのに。

レイゴルトの顔色に一切の変化がない。

破壊力に総てを懸けたような超特化型を身につけるという事実と、その結果で立っているどころか戦っている。


「立て、この程度で終わらない。

この地で民が抱いた恐怖、兵士に刻んだ絶望。

襲ったお前たちはそれを受け止めて地獄の炎で焼かれるべきだ」

「はっ、間に合わなかったのはお前だろうに」

「知ったことか、貴様は殺すッ!」


三色の、代理戦争における最上級。

消滅、凍結、両断。

蹂躙し合う暴虐。


「酷い様だ。守ると言いながら、矛盾の徒だ。道化を通り越して愚図だよ。」

「同感だ。壊すことだけが巧い。オレたちと何が違う?

どれだけお題目を並べようが、やっているのは破壊、殺戮だ」


罵る魔星。おまえの本性など、醜いものだろうと告げている。

よくある戦争の悲劇一つ程度で何を大層に言っているのやら、と。


「無様だ、ここで死ね」

「それが慈悲ってもんさ」


だから乗り越えて見せろ、でなければ死ぬがいい。

そう言わんばかりに振るわれる暴虐に、怪物に、英雄は静かに告げる。


何を、今更と。


「知っているとも、俺に救済など不可能だと。

むしろ貴様ら節穴か?何時まで、こんな男を過大評価している?

異論はない、俺は違わず塵屑だとも。己の咎を自覚しながら歪みを正しきれずにいる・・・そんな破綻者に過ぎん。

己だけで血を流せばいいものを、共に歩んだ友や部下、そして家族まで傷を負わせ、苦しめて。

それでもしかし、次こそはと諦めきれず・・・他者の夢を轢殺しながらここまで来た。

罪深いと知りつつもだ。

そんな男を邪悪以外にどう表せという」


だから何も間違っていない、受け止めよう。

レイゴルトは自分を傑物だとは思わない。

むしろ咎人であると、認めた上で────


「だが────ならばこそ、立ち止まってはならんだろう。

ここで足を止めれば、踏みにじってきた数多の祈りに背を向けてしまうことになる。

こんな俺のために尽力してきた者たちを、裏切ってしまうことになる。それだけは、何があっても看過できるものではない。


俺は奪い、勝ち取ってきた。敵を踏みつけてここまで来た。

しかし戦ってきた夢の数々、無価値であったわけではなく、劣っていると見下すなど出来ようか。

そんな資格は誰にもないのだ。結果的にその願いを砕くことになったとしても・・・」


戦争における兵の数だけ、何かの夢があった。

それを残酷に切り捨てた己は誰よりも罪深く───


「過ちは永劫、地獄で贖おう。責も受ける。しかし、その罪深さを前に膝を屈し、何になる?

泣き叫びすまなかったと許しを請えと?

器がないから、誰かに託して諦めろ?嗤わせる。

勝者の義務とは、貫くこと────」


最後までやり通し、夢見た世界を形にすることでようやく報いることが出来ると信じているから。


「涙を笑顔に変えんが為に、男は大志を抱くのだ。

宿業みちは重いが、しかし誇りに変えよう。俺は必ず、俺の勝利の先に未来があると信じている」


故に止まらず、そして不屈。

共に歩んだ仲間、家族、守り抜くべき無辜の民。

そして相対してきた敵の存在・・・それさえ背にして、英雄は光の剣を振り抜き続ける。

────血を流すたび、強くなる。


「人々の幸福を、希望を、未来を、輝きを────守り抜かんと願う限り、俺は無敵だ。

来るがいい!明日の光は奪わせんッ!」

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