第140話 狐物語<九尾視点>

 カッカッカッ。裏切りもの……か。まさかそんなに信用して貰えたとはのう。嬉しいことじゃ。それなのに早速裏切ってしまって心苦しいのう。ま、仕方のないことじゃが。


 妾はサクラが近付いてくるのを感じたから一つの賭けに出た。と言ってもサクラに丸投げするだけだがの。精神世界で効かぬ攻撃をするくらいなら現実世界でサクラに任せた方が良かろう。サクラが来るまでに妾達が消滅しなければ良いのだが……。


「ナンのツモリダ」

『主も話せたのか。ずっと黙っておるから話せないものと思っておったぞ』


 サクラが来るまで時間を稼ぎたいのう。二人して力尽きてから一瞬で消滅させられるよりも元気な内に中で主殿に抵抗して貰いつつ妾があやつの邪魔をする。その方が生き残れる可能性が高いと思うんじゃがの。逆でも良かったが今の主殿ではあやつの邪魔はできまい。


「マアいい、セッカクダカラかてニさセテもらおう」

『カッカッカッ。させるわけが無かろう』


 それにしても聞き取りにくいの。話せないなら妾の様に念話を使えばいいものを。


 魔法系の攻撃はとっておきも効かなかったから自慢の爪や牙で攻撃するしかないのう。幸い大きさは妾よりも小さいようじゃ。なんとかなるじゃろ。


 爪で斬りかかり尻尾で払う。向こうの突進はがっちりと掴み取って放り投げる。うむ、妾もあやつもダメージを受けぬな。時間稼ぎなら充分にできそうじゃ。……体力さえ持てばの。


 精神世界とはいえ妾はずっと眠っておったから身体を動かすことに慣れておらぬ。主殿のように小さな物相手であれば軽く引っぱたくだけで済むから平気なんじゃがの。


 うーむ。主殿には酷いことをしてもうた。初めて主殿に認知して貰えたおかげで舞い上がり過ぎたのう。


 妾は生まれてすぐに尻尾が九本あるからと恐れられてとある岩に封印された。最初は何もしてないのになぜと怒り狂ったが怒ったところで封印を解くことができなかった。

 数千年経ち、妾の肉体もとっくに朽ちた頃、セレスとりゅうまを名乗る二人組が妾の前に現れたのじゃ。岩から出す封印を解く代わりに主殿の祖母上殿に入ってくれ封印されてくれとほざきおった。正直意味が分からなかったが岩から出てこやつらを引き裂けば自由になれると思って了承したのじゃ。

 結局のところ完膚なきまでに叩きのめされて今の主殿の祖母上殿に封印されたわけなのじゃが……。どうやら当時の祖母上殿は魂が弱って死にかけていたらしい。妾の魂が共存することで祖母上殿を助けたかったみたいなのじゃ。本来なら身体を乗っ取る所じゃったのだがサクラとりゅうまに弱らせられていた妾はそれすらもできなかった。妾の魂が混じった祖母上殿は人族から狐人族へと変化しすぐに快復していった。


 今の主殿の母上殿が生まれると妾の魂は祖母上殿から母上殿の元へと移動し、主殿が生まれてからは主殿の元にいる。今の主殿の元へ来て気づいたことじゃが祖母上殿の病弱さは遺伝するものだったらしい。とはいえ子供時代さえ越してしまえば普通の人と同程度には丈夫になるみたいなのじゃがな。


 今の主殿の元へ来てからセレスと再会したのはとても驚いた。そしてなぜ二人が祖母上殿の元に妾を移動させたのかが分かったのじゃ。今の主殿とサクラを会わせるため。セレスがいない間にサクラを支える人を守るため。祖母上殿が死んでいたら主殿は生まれてないからの。妾も祖母上殿の中にいる間に快復した時には既に絆されておった。今回だって少しだけ自由を楽しんだら主殿に身体を返す予定だったからの。


 ただ、主殿に言ったサクラが居ない方が良いと思うのも本当じゃ。主殿はとても努力している。なのにサクラは保護対象としてしか主殿を見ていない! 酷い侮辱じゃ! 主殿は頑張っているのに一番認めて欲しい相手に認められないなんて可哀想なのじゃ。だから一度主殿としてサクラと距離をとって主殿のありがたみをサクラに自覚させたかったのじゃ。


 祖母上殿も母上殿も妾の存在に気付くことができるほど鍛えなかったから主殿と直接話せて舞い上がっていたのと生まれ初めて自力で動ける誘惑に負けたのもあるがの。


 結局のところ主殿にとっては認められなくとも一緒にいる方が良かったみたいじゃがな。


 だが主殿の方が正しかったようだの。もしサクラと離れていたらこのクジラに身体を乗っ取られて終わっていたかもしれぬ。妾にもっと力があれば……。


 互いにダメージが無くとも体力の無い妾の方が先に倒れるのは明らかじゃ。事実、妾の動きも鈍くなってきておる。


 クジラも妾に邪魔されて主殿の事を上手く消滅させられない様子じゃ。最後の力を振り絞って特大の炎を作る。少しはダメージが入って欲しいがのっ!


『ちっ、バケモノめ』


 炎を受けても涼しい顔をしてるクジラを見て悪態をつく。全ての力を使い切ってしもうたな。後はクジラが弱ってる妾を主殿よりも先に消滅させることを祈るだけじゃ。


 サクラ、後は頼んだぞ? 主殿を死なせたら祟るからの!

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