第97話 Deer my god

 遺跡の最深部に一足お先に辿り着いたのは僕、セレシアだよ。セレスって呼んでね!


 エピゴーネンの鏡の置いてある部屋に入ると一人の魔族が待ち構えていた。へっ!? 虫さんに裏切られた!?


「いえいえ、彼はセレシア様の味方ですよ。彼の名前はグリフス。少しおつむは足りませんが力だけはあります」

「セレシア様か? やっときただな。おでの命はセレシア様が使ってくだせえ」


 どうしよう。初めて会った魔族が僕に跪いている件。……わけが分からな過ぎて泣きたくなってきた。サクラ助けて!!!


「まあまあ、グリフス。セレシア様に会えて感動するのも分かりますがセレシア様を困らせていますよ」

「す、すまねえ。セレシア様こちらの鏡に触れてくだせえ。まずはそれからでえ」


 こちらの鏡ってエピゴーネンの鏡だよ? 僕が触った場合も効果あるのか知らないけど、複製体倒してない時点でお母さまとお話したりお願いを聞いたりしてもらえるわけじゃないんだよ? 本当に僕が触るの? 恐る恐る鏡に触れる。


 突然の記憶の奔流に頭が割れそうになる。何この記憶!? いやだ! 怖い! 知りたくない! 誰か助けて!! サクラ! ……助けて…………龍馬!!!


 ―――

 ―――


 ここは……前に見た夢の世界だ。龍馬に会った世界。アビスフィアとは異なる不思議な世界。先程のショックで立ちすくんでると背後から懐かしい気配がした。落ち着く気配に後ろを向いて飛び込む。


「おっと。どうした嬢ちゃん。泣いてるのか? 何があったか分からんが辛かったんだな」

「うん。うん。つらいよ、りゅうまぁ」


 頭を撫でてくれる龍馬に安心して思わず泣いてしまう。全て、全て知ってしまった。いや、全て思い出してしまった。僕は……これからどうすればいいのだろう……。


 思いっきり龍馬の胸の中で泣いてしまった私はそのまま疲れて眠ってしまったらしい。目を覚ますと知らない天井が見えた。


「ここは?」

「おう、目が覚めたか。俺んちだ。狭くてすまんな。俺みたいなおっさんの部屋に入れるのもどうかと思ったんだが、あの場に放置するわけにはいかなかったからな。嫌かもしれないが我慢してくれ」


 ここが龍馬の部屋。龍馬の匂いがいっぱいで落ち着く。サクラとも似た雰囲気だけどどこか違う不思議な感覚。そういえば。アビスフィアを舞台としたゲームがあるってサクラが言っていたね。


「ねえ、龍馬」

「どうした?」

「アビスフィア……アースフィアを舞台にしたゲーム。えっと“えすでぃーえす”だったかな。知ってる?」

「“えすでぃーえす”? ……SDS? 嫌、アースフィアって名前もSDSって名前も聞いたことがないな」


 そ、そんな……。思わずショックを受けてしまう。サクラの言ってた世界と違う? もしかして、ここはリセット前・・・・・最初の世界・・・・・? そっか……だからサクラは僕のことを覚えてなかったのか。


「す、すまない。嬢ちゃんほどの年頃の子達に流行ってるゲームなのか? 今度探しておくからな。一緒に遊ぼう。次来たときは遊べるように準備しておくよ」


 僕が呆然としている間に慌てだした龍馬にくすりと笑う。


「ねえ龍馬。僕のことは嬢ちゃんじゃなくてセレスって呼んで欲しいな」

「お、おう。セレスか。なんか照れるな。……っておいおい、こんな子供相手に照れてどうする。俺はロリコンじゃないぞ」

「ロリコン?」

「き、聞かなかったことにしてくれ。忘れてくれ」


 ほっほう。ロリコンとは言われたくないんだね? 僕の意地悪な心がにょきにょきと湧いてくる。


「龍馬はロリコンなんだぁ」

「こんの違うわ!! 人聞きの悪いことをいうな!」


 頭をガシガシされる。きゃーと悲鳴を上げつつもとても心地よい。けど……一瞬で心が虚しくなる。ここは夢の世界。確かに存在した世界の一つではあるけど、今の僕では、ううん。神霊の中でも特別な存在である僕でさえ来ることが好きにくることが出来ない世界……。


 僕の心情の変化に気付いた龍馬の手が止まる。しばらくの沈黙の後、龍馬が口を開いた。


「セレス。貯めこまずに話してみなさい。俺みたいなおっさんでも。いや、俺みたいなおっさんにだからこそ話せることもあるかもしれないぞ?」

「う、うん……」


 僕は龍馬に先ほどまで見ていた夢……今までの世界で僕が起こしてきた罪の記憶を吐き出す。途中途中つっかえながら。途中途中で泣きながら。声にならない時もあったけど龍馬は急かすことなく、馬鹿にすることなく最後まで話を聞いてくれた。


「そうか。そうか。俺には想像することしかできないし、俺の想像がセレスの苦しみよりも圧倒的に少ないかもしれない……でもな。あえて気休めをいうぞ? セレスの世界にも俺がいるなら大丈夫だ。全てぶちまけてやれ。泣きついてやれ。そのサクラってやつが俺なら絶対にセレスの力になってやるから」

「ぐすっ。それは龍馬がロリコンだから?」

「ちげえよ! というか真面目に励ましてやってるのにふざけるなよ……気が抜けるわ」


 えへへ。ごめんね? でもそんなことは知ってるよ? 今だってサクラは僕を信じてくれてる。サクラは生きてるだけでも僕の力になってくれている……。でもね、違うの。違うんだよ? 僕が……僕がね、力になって欲しいのはサクラだけじゃなくて……。


「セレス。もちろん俺も力を貸すからな。違う世界にいる俺がセレスに何をできるかはまだ分からないけど……絶対にセレスの力になってやる。苦しくなったらいつでも俺のことを呼べ。いいな?」

「……う、うん! うん!!」


 ありがとう龍馬。もう会えないかもしれないけど。今の言葉はただの気休めかもしれないけど。その言葉があれば僕は記憶に負けないよ!


 もうすぐ目を覚ます感覚に襲われる。そっかこれで龍馬ともお別れか。今度は向こうに戻っても忘れない。


「龍馬」

「そうか。お別れの時間か」

「分かるの?」

「くっ。前回もそんな感じだったからな。全く大事なことは早く言えよ。セレスの名前が聞こえなかったせいで気になって夜しか寝れなかったんだぞ?」

「なにそれ。ちゃんと眠れてるじゃん」

「そうだな。またな。セレス」

「うん。またね。龍馬」


 -大好き-

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