第78話 出発
魔国へ出発する日となり、冒険者ギルド……ではなく王宮内の一室に来たのは私ことサクラ・トレイルである。今は魔国に侵入するための最終確認をしている。
「家族に挨拶は済ませたかい?」
「「済ませました」」
今朝もカトレアちゃんと母とお話をした。……母が含み笑いをしていたのが気になったけど隠れて付いてくるとか無いよね?
「サクラ君」
「はい!」
「いくら君が強いからといってやり過ぎてはいけないよ? 見つかったらその時点で処刑される可能性が出てくる。いくら強くても数には勝て……るかも知れないね。それでも子供とかに手をかけたり恨まれるのは嫌だろう? それに、下手したら魔国とウチとで全面戦争になる。こちらも戦争する準備はしているけど戦争なんてしない方が良いからね」
う、名指しで釘を刺された。私も戦争なんて起きて欲しくない。
「今回の目標は魔国の新王が魔王かどうかの確認。それから新王が魔王だった場合の暗殺だ。新王が魔王と無関係だった場合は何もせずに帰国してもらうから無用な諍いは無しにしたい。強行突破ができない以上長期の遠征となるだろう。魔国は敵国だ。最大限警戒し、決して油断しないように」
「「はい!」」
暗殺……。そんな甘い相手じゃないと思う。アービシアから聞いた新王の見た目は魔王と違う物だけど、時期的には魔王の可能性が高い以上しっかりと仕留める計画を立てないとだね。
「ただし、殺されそうになったら過剰にやり返しても構わない。こういう考えは嫌かも知れないけど二人の命の方が戦争が起きた時に無くなる人の命よりも重い。神霊様の契約者とはそういった存在だと肝に銘じて欲しい」
「……はい」
人の命よりも自分の命の方が重い……。人の命に優劣付けたくないけれど、上に立つ者として必要な考えだとも理解はできる。それに陛下が言いたいのは私達を見捨てるつもりは無いってことだと思う。
「戦争になっても誰一人死なせるつもりは無いけどね。ローズやリリー。ウィードにも協力してもらって防衛体制を引いている。ガーデンのメンバーでこの国は守るよ。だから安心して欲しい」
え? 母も来てるの?
「いや、ローズが王都で暴れるとめちゃくちゃになるから国境付近に行ってもらった。見送りをしたかったって言っていたから通りがけに顔を出してあげてくれ」
「母がすみません……」
今朝の含み笑いはこれか……。母はサプライズにしたかっただろうに陛下に言われちゃったね。文句を言いつつ陛下に絡む母の姿が目に浮かぶよ……。
「あの、陛下。私達の潜入が上手くいっても行かなくても戦争になる可能性はとても高いと思っています。いえ、私達で止められるのであれば止めますし、できるだけのことはしますが……」
「ふむ。どうしてだい?」
どうしてと言われると……。SDSの知識だとは言えないからどうしよう。
「根拠も証拠もありません。ただ、そんな気がするのです」
「……。そうか。冗談では無さそうだね。分かった。こちらも最大限警戒するよ」
SDSの終盤では毎回魔国との戦争が起きる。戦争の報せを聞いた主人公達は魔王を探す旅を中断して王都へと戻り戦争に加勢するのだ。魔王が中盤に攻めてきた時はそのまま次の周に移ってしまうため戦争が起きるか分からないけど既にその中盤の時期は過ぎている。ほぼ確実に戦争が起きると思っていい。……だからライアス? これで戦争が起きなかったらウケるとか言わないでくれる? まあ、私が恥ずかしいだけで平和なら良いけどね。
魔王が現れるのは戦争の終盤だ。本当に魔国の王が魔王なんだろうか? 魔王が戦争を引き起こして最後に攻めてきた? それとも戦争の何かがトリガーとなって魔王が暴れだした? 本来のSDSからかけ離れている以上、絶対にSDSが合ってるとは言えないけど考えられる可能性は考えておかないとね……。
理由は言えなかったけど陛下も私の言葉を信じてくれたし、出発の準備もできた。みんなで王宮の外へ出て陛下と殿下が見送る中ひっそりと出発する。ここに居るの陛下と殿下を除いて私とライアスと……あれ? 誰が付いてくるんだろう。
「よし、じゃあ行こうか」
「ウィードさんは防衛組に入るんだよね? 誰が一緒に来るの?」
せっかちなライアスを一度止め、誰が来るのか尋ねる。するとライラさんが大きな荷物を持ってやって来た。
「あたしだよ。これでも腕に自信はあるんだ。あんたら程じゃ無いけどね。」
「え? ギルマス本人が?」
「なんだい? あたしじゃ不満かい?」
「いや、ただ仕事は良いのかなって……」
あ、ライラさんの目が泳いだ。やっぱりダメなんだね。レイラさんに怒られるよ?
「大丈夫さ。レイラがなんとかしてくれるから。……きっと」
「帰ってきた時にギルマスの席は無くなってるかもしれませんね」
レイラさんの許可を貰わないで出てきたのかな? これは帰ってくる頃にはレイラさんがギルマスになってライラさんの席が無くなってたりするかも……ライラさんとレイラさんは仲が良いからわざと追い落とすことはないと思うけどギルマス不在が長期化すると問題も多く出てきそうだからね。
「席は残ってると思うよ?」
「セレス。どうして?」
「必要最低限な仕事だけして大量の仕事でお出迎えした方が勝手にサクラに着いてくって決めたライラへの罰になるからだよ!」
「な、なるほど……」
そしたらライラさんは帰ってヘトヘトでも大量の仕事に追われることになるのか。ご愁傷さまです。
「か、帰りたくない……」
「頑張ってください」
決めたのはライラさんなんだから自分で責任を取って欲しい。帰ったらいつものお菓子あげるから手伝ってって? いやいや、ただの学生にギルマスのお仕事は無理でしょう。遊ぶ時間が無くなっちゃうからね。
「くぅ、サクラにも見捨てられた。レイラがちゃんと仕事を片付けてくれる奇跡を信じるか」
お、気持ちを切り替えたみたいだ。それにしても奇跡ってレイラさんが仕事を代わりにやる可能性はほぼゼロなんだね。
「さて、改めて出発しようか。運転に食事、お菓子の準備は任せな!」
「「おー!」」
―――
出発して数日後、幾つかの町や村を経由して母が防衛を担当してるハイペ村に来た。
「サクラちゃ〜ん。久しぶり〜」
出会い頭で母とハグをする。やはり私も母のようにあまり成長しなかったみたいだ。どこがとは言わないが。
「サクラちゃん? なにか失礼な事考えてないかしら〜?」
あ、デジャビュだこれ。寒気が凄い。
「いや? なんで朝連絡した時に教えてくれなかったのかな? って思っただけだよ」
「ふふふ〜。もちろんサプライズよ〜! それにしてもあまり驚いてないわね〜?」
即効で私が母の事を知っていたとバレた。
「ロータスね〜? これは後でお仕置しないと行けないわね〜」
「えっと、私がハイペ村を無視しないようにするための配慮だから……」
「サクラちゃんがお母様に気付かないわけがないでしょう? ロータスを庇う必要はないわ〜」
ですよね。私が母の意見を変えられるわけがなかったな。
「母さまは無茶しないでね」
母の警戒範囲は一番魔国に近い。戦争が始まったら最初に戦闘が始まる場所だ。
「もう。お母さまが強いのはもう知ってるでしょう?」
「うん。知ってるよ?」
うん、それは修行を通して身をもって知っている。
「それでも心配なの。無茶しないでね」
「ふふふ〜。私もサクラが心配よ〜。無茶しないようにね〜」
「うん! ふふっ」
「どうしたのかしら〜?」
「小さい頃にした約束の通りになったなって。少し違うけど、私は魔王から母さまを守る。母さまは私の背中を守ってくれる。ね?」
「そうね。子供の成長は早いわ〜」
一度強く抱きしめ合ってから離れる。
「じゃ、頑張ってくるね」
「ええ、無茶はしないって約束も守ってね」
「うっ」
何度か死にかけた私にその言葉はよく刺さる。
「気をつけて行ってくるよ」
「あー、お二人さん。いい雰囲気出してるとこ悪いんだが……飯にするぞ」
あ、思いっきり出発の雰囲気を出してたけどまだ着いたばかりだったね……。
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