第73話 祝福の試練

「うひぃ」


 植物の群れに襲われ、躱すのに精一杯なのは私ことサクラ・トレイルである。

 言葉足らずなセレスに変わってレオンが教えてくれたのは、祝福を受けるためには試練を突破する必要があるとのこと。今回はセレスの龍形態と戦うことが試練だという。始まったばかりだけどこれに勝つとか無理ゲーが過ぎる。偽レオンの龍形態よりも小さいのはスキルベルフェゴールのデメリットで成長しないからだろうか。どちらにしろ強いことには変わりないが。


「どうしたの? 魔王を倒したいんでしょ? 守ってばかりじゃ勝てないよ?」


 いやいや、セレスは魔王じゃないでしょ。そもそもの目的は祝福するとかだよね? とか思いつつも魔王級の、いや魔王よりも強いんじゃないかと思うセレスに向き合う。


「サクラの弱点は分かるからね。そう簡単には負けないよ?」

「うぅ、やりずらい……」


 まだ出会ってから一年も経っていないとはいえ、四六時中一緒にいるのだ。互いのクセや戦い方は分かっている。私は天の適正で相手の魔法や氷華の能力を引き上げて戦い、セレスは好きな……それこそなんでもありな植物を創って攻撃をする。

 厄介なところは天の適正でセレスが魔法で創った植物を操ろうにも植物が“植物の友”を持つ私よりもセレスが有利になるように動くことだ。おそらく、私がエンシェントエルフとして植物の友を持ってるのはセレスの魂の一部の効力なのだろう。つまり、セレスのスキルが植物の親なのか祖なのかは分からないけど私よりも強力に植物が味方をするのだ。……もしかして豊穣の神デメテルの効果だったりする?

 ともかく、私の天の適正でセレスの魔法を利用できないから氷華で攻めるしか無い。それなのにセレスが作るのは寒さや氷に耐性を持たせた植物ばかりだ。


 天の適正で襲ってくる植物をずらし、氷華で切り刻む。近付こうにも植物の量が多すぎて防御で手一杯だ。何か手を打たないと完封されそうだね。少しだけセレスの攻撃が途切れ……いや、私のために休憩時間を作ってくれたみたいだね。ありがたく息を整える。


「えげつな……」

「容赦がないの……」


 外野がドン引きしてる……。え? 普通はここまでキツくないってこと?


「よそはよそうちはうちだよ!」

「えぇ……」


 確信犯でした。ま、それだけ期待してくれているのかな? そろそろ休憩も終わりにして反撃と行きますか!


氷の世界ニブルヘイム


 辺り一面を凍らせて植物を氷に閉じ込める。植物が凍らなくとも植物の周りの空気を固めてしまえば良い。

 セレスの攻撃が止まったため、氷華を手に肉薄しようとすると急に身体が動かなくなった。力が抜けて突っ込んだ姿勢のまま倒れ込む。


「……え?」

「私の怠惰の大罪ベルフェゴールの権能の一つだよ。敵対する相手の動きをだらけ停止させるの」


 ずるくない? 天の適正もだいぶチートだと思っていたけどセレスのスキルと比べると可愛い物だったね。問答無用で動けなくなるとか勝ち目ないじゃん……。

 いや、魔王も接敵するとデバフをくらって動けなくなるな……。対魔王戦の予行練習ってこと?


 そんなことを考えている間に氷で閉じ込めていた植物達が氷を割って襲ってくる。このままじゃ負ける……。どうしようか。何か打開策は? 体は動かせなくとも魔法は使えるかな? 氷華で私の真下から氷を発生させて私の体を上に押し出す。腕、足、頭、体、関節と氷華の氷を巻き付けて魔法で無理やり体を動かす。


「すごいね! そんな方法があったなんて! でも動きに精彩が欠けてるよ?」

「……」


 喉も動かない怠けているせいで喋る事はできない。一度セレスから遠ざかる。


「ここ……だね」


 ある程度の距離をとると自由に動けるようになった。やはり対魔王戦らしくデバフは範囲仕様みたいだ。……セレスは魔王の何を知ったのだろうか。もしや……。いや、それならこうして私を鍛えたりしないか。


「考えてる暇はないよ?」


 うっ、今度はセレスから近付いてきた。私のいる位置が動けなくなる範囲へと変わる。手足に付けた氷を制御して動く。セレスがわざとゆっくり攻撃してくるのを何とか凌ぐ、それにしても氷を使った動き方だと身体強化も意味無いな。…………!! 身体強化! 小さい頃からお世話になっていたこの魔法、今では戦闘中無意識に発動するまで使いこなしてきた。意識的に身体強化をかけてみる。……ゆっくりと私の体全体に魔力が行き渡るように意識して……。うん。これなら動けそうだ。少し体を慣らさせてからセレスの不意を突く。


「びっくりした! 突然動きが良くなったね!」


 躱されてしまったけど褒めて貰える動きだったらしい。セレスの攻撃が段々と重く、速くなっていく。……動けなくなる前よりも多くない? それでも今の私なら捌けるけどね!


 セレスが創る植物を切り刻み、セレスへと近付く。セレスの爪や翼、尻尾の攻撃をいなしつつ攻撃を加える。……そういえば勝利条件聞いてなかったな。


「サクラの動き速くなってないか? あの場所って動けなくなる位置だろう? 氷を使った動きに慣れたのか?」

「おそらく違うの。もう氷は使ってないの」


 考え事をしつつも戦闘中は今まで聞こえてなかった外野の声も聞き取れる。新しい身体強化。いや、身体操作のおかげで余力もまだある。身体操作……名前だけ聞くと身体強化よりも弱そうだけど、そんなことは無く、むしろ身体強化の完全上位互換だ。普通の人の身体強化は気持ち力を強めるだけのもの。母やウィードさんレベルになると素の状態の二倍近くのステータスになる。天の適正を持つ私が使うと三倍から五倍まで出力が増加するため戦闘中は必ず使っていた。

 それに対し、身体操作では出力が五倍から気合いを入れれば十倍までステータスをあげることができる。そして、思い通りに体を動かすことができる。

 伸び幅も凄いが重要なのは後半部分で、氷華を振るう動作の一つを取っても、氷華を持つ力、手を振るう速度と距離、踏み込みの力加減など、多数の要素で無駄を省けるようになったため、同じ五倍の強化でも数十倍の威力がでるのだ。

 それに、魔力で直接体を操作するため、知覚してから動作に移るまでのラグが無くなる。全ての動作を脊髄反射以上の反応で行えると言えば凄さが分かると思う。

 問題は一つ。身体操作を解いたあとの副作用筋肉痛が絶対にやばい。まだ初めて使った魔法だけど動いていて分かる。解いた瞬間負けが確定する。


「すごいすごい! もっと頑張って!」


 は? ……セレスの喜びの声と共に今までもは比にならない量の植物が襲ってきた。しかもご丁寧に火を纏う植物や雷を纏う植物、風を纏う植物に劇毒を含む多種多様な植物のオンパレードだ。

 それぞれの弱点位置を割り出し、危険な所は触れずに処理していく。……このままじゃ疲労で負けそうだ。思っていたよりも身体操作の負担も重い。


 ……身体操作と同時に一つ、思い付いたことがある。集中する時間が無かったから断念したけど今ならできるかな? プログラミングのようにどの攻撃にはどう対処するか先に設定し植物の迎撃を魔力任せに自動で行う。これで準備は出来た。


 魔力感知を使って大気中の魔力の流れを把握する。遺跡で行ったような特異な流れを探すのでは無く、大気中の魔力全てを感じ取れるように深く深く集中する。

 魔力の流れから始まり、魔力が魔法へと変換されて植物へと変わるのを感じる。切り刻んだ植物が霧散し魔素へと還元され、しばらくすると魔力へと変わり大気中を漂う。また魔力は流れて今度は私の元へ来る。植物の攻撃に合わせて私の体を操作すると魔素に戻る…………。


 次々と循環していく魔力を感じ取り、魔素となる瞬間を把握していく。人も神霊も魔素の状態では魔法が使えず、魔力として体内に取り込まないと魔法にはならない。スキルも同様で魔力があって初めて使えるみたいだ。魔力と魔素の流れを操作する。私の近くの魔素は魔力になるように、セレスの周りの魔素は魔力に変わらないように……。


 万物を操る天の適正で徐々に魔素へ干渉していく。……そろそろかな。時間はかかってしまったがこれなら上手く行きそうだ。


氷の支配ニブルヘイム・改


 心の中で唱えつつイメージを固める。大気中の魔力と魔素を固定して動けなくする。氷華の力無しで放つ停止の世界。冷えることも凍ることも無い代わりに全ての物がその場に固定される。もちろんセレスの操る植物も動かなくなるし新しく魔法を使うこともできない。


 一瞬だけ発動した氷の支配ニブルヘイム・改により全ての植物が消えたが、私の身体操作が切れてしまった。無理やり動かしていた体が悲鳴をあげてその場に崩れ落ちる。


 そのまま私の意識は沈んで行った……。

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