第45話 油断
どこかのサクラさんが魔境を作るなどの事件もあったが、無事にスタンピードが終息した。森への被害は甚大だが、王都への被害はなく、冒険者たちも抜け駆けしようとした駆け出し冒険者以外は大きな怪我もなく終えたそうだ。もちろん私の魔法で怪我した人もいなかった。……普段言うことの聞かない冒険者ギルドの問題児たちも私が魔法を使うと宣言した瞬間逃げだしたって聞いたのは少し不満があるけど。いや、もちろん避難してくれたおかげでやりやすかったけど私のコントロールはそんなに信用できなかったのかな?
三龍生や殿下の説明のおかげで生徒たちも無事に落ち着き、体育祭が進められるようになった。
私がふざけて暴走したと説明したって……。ふざけてないからね? 暴走もしてないからね? 周りもそれで納得しないで?
少しもやもやするけどみんなが落ち着いたならいいか。
体育祭も残すは科対抗リレーだけだ。自然と気合が入る。
「頑張ろうね!」
「あなたは参加しないでしょう?」
「応援も頑張らないと!」
大変なこともあったけど今は嫌なことを忘れて楽しもう!
―――
無事リレーも終わり順位発表になった。学園長が行う表彰式をカトレアちゃんと一緒に見る。
「諸君、外では異常事態が起こったりもしたが、無事体育祭を終えることができてうれしく思う。王都への被害もなかったことが確認できているから安心してほしい。まあ……しばらく森へは行けなくなると思うが……。こほん、では、順位発表を行う。三位より上だけを伝えてるぞ? 最下位は悲しいからな。上位陣の発表だけでよかろう。ま、知りたければそこらへんにいる教員を捕まえてくれれば所属する科の順位だけ伝えよう。三位は政治科。午前の競技は健闘したが午後は疲れが目立っていたな。体を動かすよりも頭で考えるのが得意な科で三位は素晴らしい結果だと思う。二位は騎士科。一位とも僅差だったが惜しくも。というところだったな。魔法、物理共に優れたところを発揮し、優れた結果を残した思う。そして栄えある優勝は魔法科だ。午前中はまでは少し停滞していたが午後からの追い上げが素晴らしかった。魔法を学び、魔法で遊ぶ。そうやって楽しんだ結果が優勝につながったんだと思う。優勝おめでとう! では、政治科、騎士科、魔法科の代表は前に出てきてくれ」
いつもよりも少しカッコいい学園長が順々に賞状を渡す。最後に優勝旗を魔法科の代表に渡そうとしたとき、空を闇が覆った……。
「総員警戒!」
シルビアの号令がかかり全員が警戒態勢をとる。
「貴様は……」
学園長が驚きの声とともに崩れ落ちる。
学園長の前に立つ男は学園長の返り血のついた刀を持ち佇んでいた。
―――
「貴様! 何をしに来た」
ウィードさんが男に切りかかる。男は涼しい顔で攻撃をいなしている。どこかで見たような……
一瞬だけ目があう。ぞわりと鳥肌が立つ。そうか。この男は……。こいつは……。
「アービシア・エルネス……」
「! それってサクラの父親の名前?」
私の呟きを聞き取ったカトレアちゃんが驚いた声を出す。顔を見たのはサクラとして生まれてすぐだったためあまり覚えていないがなぜか確信が持てる。幼い頃に一度だけ母が教えてくれた父の名前がアービシアだった。
父とウィードさんは戦いつつ場所がずれていく。今なら学園長を治療しに行けそうだ。カトレアちゃんに一言断ってから光の適正を持つライアスに声をかけ、学園長に近付く。
「きついな。傷が深い」
「大丈夫。回復の効果を底上げするから」
二人で治療を開始すると父がウィードさんの問いに答えるのが聞こえた。
「ふん。頭のいい奴から落とすのは戦略として当然だろう?いかにも狙ってくれと言わんばかりの場所に立っている方が悪い」
「自分勝手な……。それで?今度は何をするつもりだ?」
ウィードさんの攻撃をいなしつつ父が答える。
「これ以上何かするつもりはなかったが……。そうだな……。強いて言えば成長した娘を一目見ておこうか。俺のもとを去った裏切り者をな」
裏切り者……。私のこと? 気になるけど学園長の治療に集中しないと。
二人で力を合わせつつ全力で魔法を使う。日本で得た内臓の位置や形を思い浮かべつつ丁寧に魔法をかけていく。徐々に治り始めた患部をみた近くの人から驚きの声が上がる。魔法の出力を上げて治療に力を入れた。
「ではな」
私達が治療しているのを一瞥した父は一言だけ残し姿を消す。
邪魔をしないの? と疑問に思った途端、突如空を覆う闇が槍状に変化して降り始めた。慌てて学園長の周りの槍を打ち落とす。一先ず学園長の危機は凌いだ。残りの治療はライアスに任せて周りの防衛を……今朝の悪夢が頭をよぎる。
「カトレアは!?」
慌てて魔力感知してカトレアちゃんを探す。少し遠くにいるみたいだ。早くいきたいけど時間が足りない……。しかたない。最終手段だ。
氷華を抜いて冷気に魔力を乗せる。そのまま学園全体を覆うように冷気を広げていく。闇の槍が地に届き始めてあたりから悲鳴が上がり始める。まだ間に合う。そう信じて魔力を操る。闇の槍の制御を奪って人のいない所へと誘導していく。……槍の数が多い。スタンピードに怪我の治療に、すでにかなりの魔力を消費しているため大量の槍の制御が難しい。魔力感知の所為でうまく制御できずに怪我をしていく人が分かってしまう……。致命傷だけは防げているけど次々に怪我をしていく人が増えていく。悲鳴が増えていき耳を塞ぎたくなる。
それでも何とか闇の槍の制御を続け人から逸らし続ける、段々と槍の数が減っていく。ほっと一息ついたことが油断だった。私の制御が届いていなかった槍の一つがチコに近付いていく。危ない! 慌てて制御して槍を逸らしたその先には…………
……カトレアちゃんが突っ込んできていた。
―――
「サクラ! 大丈夫か!」
ライアスに揺さぶられて我に返る。なんで呆然として……? はっ!
「か、カトレアは?」
「カトレアがどうかしたのか?」
ライアスが聞いてくるけど答える余裕はない。カトレアちゃんの魔力反応を探す。
……保健室にいるようだ。魔力を見ると無事みたいだ。ミーヤとチコも近くにいるしとりあえず安心して良いだろう。
「なんとか無事みたい。様子を見てくる」
「分かった。こっちはまかせろ」
ライアスに断りを入れてカトレアちゃんの所に向かった。
―――
途中でガーベラと合流しつつ保健室に入る。
「カトレア! 痛くなかった?」
「カトレア! 怪我はない?」
保健室に入ってカトレアちゃんの状態を確認する。ベッドの上で起き上がり、チコの頭を撫でているのが見えた。ミーヤが近くで見守っている。魔力感知で無事なのは確認していたけど実際に目で見て安心する。
「サクラさん? 痛みがどうこうの話じゃないと思いますわよ?」
「そ、そうだね」
ガーベラが詰め寄ってきた。私は魔力感知でカトレアちゃんの無事を確認していたけどガーベラは知らなかったもんね。説明もできずに押されているとカトレアちゃんが笑いつつ助け船を出してくれた。
「ガーベラ。大丈夫よ。怪我もすべて治ったわ」
「そう。良かったわ。……え? この短時間で治ったの!?」
ガーベラから解放された。改めて安堵すると少し涙が出てくる。
「サクラ。ありがとう。おかげで助かったわ」
「うん。良かったよ。身に付けてくれていて。本当に……」
カトレアちゃんが無事だったのはサンディアが身代わりになってカトレアちゃんを守ってくれたからだ。この石が無ければカトレアちゃんは……。体が少し震える。
ガーベラが慌しくも場の混乱を収めるために生徒会室に向かうとウィードさんから念話機で連絡が入った。
「サクラ。良くやった。重体患者は多いけど死傷者はゼロだ。リリーも無事だぞ。ま、しばらくは安静だがな。本人は仕事が貯まるって嘆いていたけどな。襲撃犯には残念ながら逃げられた。悪いな」
「分かった。連絡ありがとう」
良かった。でも私は……。罪悪感を振り払うようにカトレアちゃんとチコ、そしてミーヤに今聞いた情報を伝える。
その後、保健室の教員が念のためとカトレアちゃんが帰るのを禁止し、私は一人寮へと帰った。
「私が、カトレアちゃんを……」
結果的に無事だったとはいえサンディアが無ければ私がカトレアちゃんを殺していたかもしれない。その事実に目の前が真っ暗になりそうだ。私の力はなんのためにある? 大切な人も守れずに魔王を倒すなんて考えてる暇はあるのか? チート級の力を手に入れて調子に乗っていなかったか? 日が落ち、再度日が昇るまでの間ずっと自問自答していた私は最後まで眠りにはつけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます