第14話 二年後

「忘れ物なし。準備オーケー!」

「洗礼式に必要な持ち物は何もないわよ~? 着替えでも持っていくのかしら~?」

「言いたい気分だっただけだから気にしないで。それと着替えはいらない」

「そう~? せっかくだしもっと可愛い服にしたほうがいいかしら~? あ~、あっちの服のほうが良かったかしら~」

「いや、これで、じゃなくてこれがいいです」

「サクラちゃんが納得しているなら仕方ないわね~。それで行きましょうか~」

「いや、また着せ替え人形にしたいだけでしょ。もう三時間近く悩んでたのに……」

「ばれちゃったわね~。サクラちゃんも可愛く成長してくれたから着飾りがいがあるのよね~」


 母が凄腕の冒険者だと判明してから二年。十歳になった私、サクラ・トレイルは洗礼式に向かう準備をしていた。ブルーム王国には十歳になった子供達が各地の教会に集まって魔法の適正やステータスを確認する式典があるのだ。洗礼式は高いお金を払って鑑定士を雇えない平民が中心に参加するが、領主が有能だと思った人材はこの国一の学園に推薦してくれるため、男爵や騎士爵などの下級貴族も参加することが多い。ちなみに私達の住むグロウズ領ではセリアン町で行われる。


「早くしないとカトレアを待たせちゃうよー」

「そうね~、急ぎましょうか~」

「遅くなった原因は母さまじゃない」


 ここ二年の間にいろんなことがあった。特にカトレアちゃんのお父さんが怪我をしたときは大変だった。

 突然のお父さんの怪我に慌てたカトレアちゃんが薬草を探しに一人で森に入ってしまい、はぐれのウルフに襲われてしまったのだ。森で修行をしていた私がその場に遭遇したおかげでカトレアちゃんを無事に救出することができた。その後カトレアちゃんと一緒に薬草を探してカトレアちゃんのお父さんに薬草を渡した。薬草を渡すときに心配したんだぞ。と怒られつつもありがとう。と褒められているカトレア父娘の交流が少し眩しかった。


 今では無事に怪我が治り、カトレアちゃんのお父さんは元気に働いている。カトレアちゃんの父親は私が片親だと知ると自分のことを父と思っていいと言ってくた。

 そして、なんと! 今までは絶対にモフらせてくれなかったカトレアちゃんが時々モフらせてくれるようになったのだ! 魅惑の尻尾の感触と言ったら……うへへ。


「野郎ども! 出発だー!」

「お母さまはこんな日にまで修行しなくてもいいと思うわ~」


 何も突っ込まれなかった……。いや、母は元ネタ知らないし仕方ないけどちょっと寂しい……。


 実はメディ村からセリアン町までは小さな頃に使っていた整備された道がある。でも森に行く許可を貰ってからは毎回森を通り抜けて魔物と戦いつつセリアン町へ移動していたから私としては森のほうが馴染み深い道となっている。もちろん今日も森を抜けていく予定だ。


「ふっふっふっ、実践に勝るものは無し。だよね? ローズ師匠?」

「も~。師匠呼びされると止められないじゃな~い」


 少し呆れられている気もするが、なんだかんだ付いてきてくれる母は私に甘いと思う。


 ―――


「はっ!」


 寄ってきたウルフを氷華で両断する。ここ二年で私は魔力を込めずともウルフくらい倒せるように成長したのだ。


「ウルフを見るとサクラちゃんが初めて魔物と戦った時を思い出すわね~。今思い返してもカッコよかったわ~」

「う。あの時は母さまを守らなきゃー。なんて思ってたけど今思い返すとなに阿呆なことを考えてたんだって感じるよ」


 そもそも一人で森に行くために家を抜けようとして毎回母に止められる時点で母の実力に気付いても良かっただろう。思い込みって怖い。


「気持ちだけでも嬉しかったわよ~? それともサクラちゃんはもう守ってくれないのかしら~?」


 わざとしゅんとした顔をこっちに向ける母に少し照れながらも答える。


「もちろん守るよ! でも、母さまの実力も見抜けずに一方的に守る対象だと思っていたのが恥ずかしくて……。互いに守りあうほうがいいもんね」

「うふふ~。そういってくれると嬉しいわ~。私もサクラちゃんを守るからね~」

「頼りにしてるよ。ローズ師匠?」

「任せなさ~い」


 談笑しつつ森を駆ける。森に通い始めて最初のころは比較的浅い場所で魔物と戦って帰ることしかできなかったが、今ではこうして談笑しつつも周りを警戒し、安全に森を抜けることができるようになったことに自分の成長を感じる。


「そろそろ森を抜けるわね~」

「カトレアは緊張してるかな?」

「普通は緊張するわよ~。平民だと魔法の適正なんて洗礼式でしか知りようがないのだから」


 実は私の魔法の適正に関してはすでに母から聞いている。母が知っていたことに驚いたが私が生まれてすぐの事を教えてもらった。鑑定士が来て私の適正を無だと判定したこと。父親がそれを聞いて私を処分しようとしたこと。私を守るために一緒にメディ村まで逃げたこと。話を聞いて父を捨ててまで私を選んでくれた母の愛情を疑った自分が恥ずかしかった……。


 それにしても天の適正が鑑定で表示できないことは初耳だった。しかも母は天の適正の魔法の使い方を少し知っていたらしく色々と教わることができた。今では魔刀や魔草の効力の増強の他に結界のような使い方までできるようになっている。SDSのサクラが適正無だと思われていたのはこれが原因だったようだ……。おそらくだが、私と違って鍛えることをしてこなかったサクラは洗礼式で魔法の適正が無いことを知り、ショックでそのまま家出をしたのだろう。


 森を抜けてカトレアちゃんの家の前に来る。カトレアちゃんが一人で外にいた。足音を聞き取ったのかこちらを見て仁王立ちをしている。


「ついたわね~」

「うん。あ、カトレアがもう外に出てる。カトレアー。こんにちはー!」


 カトレアちゃんの尻尾に抱き着こうとして躱されてしまう。


「遅いわよサクラ。もう洗礼式始まっちゃうのだけど?」

「ごめんごめん。母さまの着せ替え人形にされちゃって」

「そう、それはご愁傷様ね。なら森を通らずに整備された道を通ればよかったんじゃない?」

「う。でもいつもの道を通らないと落ち着かなくて……。ごめんね?」


 正論を当ててきたカトレアちゃんに上目遣いで謝ってみる。


「もう、別にいいわよ。サクラが強いのは知ってるけど心配になるだけだもの」

「うっ」


 耳がペタンとしつつ言うカトレアちゃんが本気で心配してくれてるのが分かる。……が、そんなことよりもペタンとした耳と尻尾が可愛い。


「はぁ。いつもの発作ね。ローズさん。お久しぶりです。サクラが迷惑かけてませんか?」

「あら~? それは私が言う言葉じゃないかしら~? ……カトレアちゃんこんにちは~」

「先に父さんと母さんが場所取りをしてくれてますので向かいましょう。サクラも行くよ」


 私のほうが精神年齢上のはずなのに私の母みたいな態度のカトレアちゃん。なんだかんだ心配してくれるのは嬉しいが私の立場が残念なものに。


「自業自得よ」

「心を読まないで?」

「サクラが分かりやすすぎなのよ。どうせ私の立場が~とか考えてたんでしょ」

「う、その通りです……」

「別に強くてカッコよくても、おバカであほの子でもサクラはサクラなんだから気にしなくていいのよ」

「おバカ……。あほの子……」

「落ち込んでるサクラちゃんも可愛いわね~」

「……ローズさんも相変わらずね」


 カオスな空間を作りつつも、私たち三人は洗礼式に向かったのだった。

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