第13話 試練突破のご褒美
「話を始めないなら俺から言うぞ」
「だめよウィード。私から言うって決めてたのよ~」
良かった。いつもの母に戻ったようだ。改めて母が私と向き合う。じっと見つめてくる母と私の間に一瞬の緊張が走る。しかし直ぐに相好を崩した母が口を開く。
「実はね~。今回のピクニックでウルフが襲ってきたの、お母さま達の仕掛けなのよ~」
「え? は??」
衝撃的な言葉が聞こえて頭がパニックになる。
「サクラちゃんに課した試練で~。一年前からウィードに鍛えてもらったウルフをサクラちゃんにぶつけてみたの~」
「ちょ!? えっ?」
更に衝撃的なことを言われた気がするけどそれどころじゃない! えっと……。ウルフがしかけでウィードさんがウルフ……じゃなくて……なんだっけ???
「それで~。サクラちゃんが無事「いったんストップしとけ」なによ~。説明の邪魔しないでくださる? ウィード」
「???」
「いや、嬢ちゃん見てみろ。情報量多すぎて頭に入ってねえぞ」
「あら~。困ったわ~。これからが本題なのにね~」
良くなかった。母がマイペースすぎて情報の処理が追い付かない。え~と、整理すると今回襲ってきたウルフは一年前から依頼に行っていたはずのウィードさんが獲物を与えたりしつつ育てた個体で、私を襲わせた。でいいのかな? ……え……?
「私は……邪魔な子……?」
母の愛情を感じていた。と思っていた。龍馬の頃には考えもしなかった生活だった。絵本を読んでくれたり、抱きしめてくれたり……。もしかして刀の修行をする私はいらなかったのだろうか。母の静止も聞かないで我儘ばかり言う私に愛想が尽きてしまったのだろうか……。涙で母の姿がにじむ。本題って私を捨てるの? それとも処分する? 私はこれからどうしたら……。
「待て待て待て、嬢ちゃん何か勘違いしてるぞ!」
「サクラちゃんごめんね。最後まで話を聞いてくれる?」
ウィードさんが慌てた声を出すけど何を言ってるのか頭に入ってこない……。足元が崩れる感覚が私を襲う。……呆然としてると突然母に抱きしめられた。私は抱きしめ返してもいいのだろうか?
「サクラの為だったのよ。私やウィードがいる安全な場所で魔物と戦って欲しかったの」
「わたしのため……?」
捨てられるわけじゃない? 愛想が尽きたわけでもない?
「そうよ。私にはサクラがなんでそんなに強さを求めているか分からない。それでもサクラを応援してあげたいと思ってるいるわ。でも、危険な真似はして欲しくなかったの。せめて、……無茶な真似をするにしてもせめて私達の目が届くところでして欲しかったのよ。……許してくれるならサクラちゃんにも抱きしめ返して欲しいわ」
母の話を聞いて少し冷静になる。宙をさまよわせていた腕を動かしておずおずと母を抱きしめる。
「突然泣き出すから焦ったな。嬢ちゃんは普段からしっかりしてるし大人びてるから子供だって忘れてた」
「そうね~。ごめんなさいね。誤解させないように話せば良かったわ~」
「ん」
恥ずかしくて顔が耳まで真っ赤になってるのが分かる。母の胸に顔をうずめて答えるけど素っ気なくなってしまった。それでも母は優しく頭を撫でてくれた。
落ち着いてから再度説明を受ける。今度は丁寧に教えてくれた。
「私の為だったってことは分かったけどやり方には納得できないよ! 近くにいた母さまにウルフが向かったらどうするの。危ないでしょう!」
それとこれとは別問題だ。私の母を危険に晒すなんて! とウィードさんを睨む。
「あー。なんで嬢ちゃんがローズさんのことを弱いと思ってるのかは知らんがローズさんは俺よりも強いぞ。元Sランク冒険者だしな」
「へ?」
「そうよ~。お母さまがサクラちゃんを守るんだからね~」
「……?」
今度は衝撃的過ぎて思考停止してしまった。母がSランク冒険者だったなんて。ギギギと母のほうを見るとニッコリと頷いていた。
「ローズさんは魔法も刀も使えてな。一応刀を教えたのは俺だが直ぐに勝てなくなったし」
「え、もしかして氷華って母さまが使ってた刀なの?」
「そうよ~。娘が引き継いでくれて嬉しいわ~」
「じゃあ、本題に入るがいいか?」
「え? まだ本題じゃなかったの?」
「おう、まだ事前知識みたいなもんだ」
「……。わかった気合を入れるね」
そんな気合を入れることあるかしら? と母が首をかしげているけど私としては再度パニックになったりしたくないのだ!
「よし、気合を入れたから本題に入っていいよ!」
「最初に言った通り、今回の一件はサクラへの試練だったのよ~」
「そういえば試練だって言ってたね。なんの試練だったの?」
「そ~れ~は~。なんと! お母さまに修行を付けてもらうための試練でした~!」
「違うだろ」
「え……」
母が再度脱線しかけたところをウィードさんがぶった切った。
「魔物討伐解禁のための試練だ。魔物とはいえ生き物を殺すことになるからな、俺とローズさんの目が届くところで初めての討伐をしてほしかったんだ。あれだけ育てた強い個体を一人で倒せれば森で危ない目に合うことはないだろう」
「なるほど、失敗してたら実践は遠のいていたと」
「そうだな。ローズさんが修行を付けるのは失敗しても成功しても考えていたらしいが」
「む~。せっかくお得感を出そうと思ったのに~」
「そんなもの出す必要はない。ちなみに実践は俺らが付きっきりであれば許可を出す予定だったぞ」
「なるほど。なら合格したから行きたければ一人で森に入っていいってわけなんだね?」
「そうよ~。さすがに行く前に一声かけてもらうけどね~」
「は~い」
母が修行を見てくれるうえに魔物と戦う許可も貰えたみたい。明日になったら森に行ってみるかな。
「明日からお母さまと一緒に特訓しましょうね~」
……。森へは明後日以降にお預けかな。
―――
「え~い」
「ちょっ」
「や~」
「ちょっ」
「ほい」
「待って!」
「ん~。どうしたの~?」
「はぁ、はぁ、いや、どう、した、の、じゃなくて、ふぅ、普通に死んじゃうから」
「いやね~。サクラなら大丈夫よ~」
「母さまからの謎の信頼がすごい!」
「叫ぶと疲れちゃうわよ~? それと母さまじゃなくてローズ師匠でしょう~?」
「いや……。うん、そうだね……」
気の抜けた声を出しながらも数十個の水の矢を飛ばしたり、私の周りを草だらけにして動きにくくしたりと、やはり母は凄い。じゃなくて躱すので精一杯で反撃ができない。
私が勘違いで泣いてしまった次の日。今日は母、ではなくローズ師匠との修行だ。師匠呼びだとウィードさんと紛らわしいため、修行中はローズ師匠、ウィード師匠と呼ぶことになった。
今は我が家の庭で母と模擬戦を行っている。私が一撃入れたら私の勝ち、負けはないが一撃入れるまではご飯抜きといったルールで戦っている。すでに八時間は経過しているのに母の攻撃が止まない。今は防御に専念して反撃の機会をうかがっているとかカッコいいことを言えれば良かったのだが、残念ながら防戦一方を通り越して普通に被弾している(もちろん威力はかなり落ちている)。そろそろ勝負を仕掛けないと今日のご飯抜きが決まりそうだ。
「アイスフィールド」
ウルフ戦の反省を生かして範囲を絞って地面を凍らせる。
「あまいわ~」
氷の下から茨が生えて氷を砕かれる。
「もらった!」
「ん~、惜しいわね~」
「くっ」
先ほどのタイミングで作っていた氷のスライダーを使って速度を上げた攻撃を仕掛けてみたがあっさりと防がれてしまう。が、今がチャンス。
「氷華!」
氷華に魔力を流し刀身を伸ばす。
「残念でした~」
「ひゃぁ」
腕を捻って投げ飛ばされてしまった。再度体勢を立て直して……。
「は~い、時間切れ~。最後は良かったけど攻撃への転換が遅かったかな~。攻撃の始点の種類を増やしなさいな~。後は魔法を使うときはもっとグワッとして刀を振るうときはシュバッってやればもっといい感じよ~」
「時間切れ?」
そんな話は聞いてないが? 講評も最初は分かりやすかったのに途中から感覚的な話になってしまっている。
「ええ、ご飯の時間だもの。サクラもおなかが空いたでしょ~?」
「一撃入れるまでご飯抜きなんじゃ?」
「あら~。それはお昼ご飯のことよ~。ご飯はいっぱい食べなくちゃね~」
……。母との修行は身体面だけでなく精神面も鍛えられそうだ。
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