第10話 魔物との戦い
「グルルル」
森から出てきた魔物はウルフだった。
ウルフは集団で狩りをしつつ暮らしている魔物で、魔法は使えない代わりに鋭い爪と牙を持っている。動きも素早いため集団で襲われるとひとたまりもない。とりあえず後続のウルフが出てこないことを確認して安心する。
このウルフが単体で出てきたことから群れからはぐれた個体だと考えられる。
はぐれの個体は文字通り群れからはぐれた魔物のことで、集団から追い出されたか、他の誰かに群れを壊滅させられて散り散りに逃げ出したか……。だいぶ殺気立っているため後者の気がするな。
ウルフが厄介なのは集団での連携としつこさなので、はぐれのウルフは初めて戦う魔物としては部類だろう。気を付けるのは鋭い爪と牙。それから学習能力だ。狼だからと侮って単調な攻撃をしていると直ぐに学習して逆襲されてしまう。
「母さま、少し離れて。でも遠くには行かないように」
「分かったわ~」
魔物が出てもいつものペースの母に脱力しかけるが魔物を見て気合を入れなおす。
今回みたいに魔物に遭遇した場合、戦いやすいように空間を確保する必要があるが、守る対象を自分から離しすぎると別の魔物がいたときに守れなくなるから見える範囲にいてもらうのが正解だと聞いた。もちろんパーティーを組んでる場合は他の方法もとれるけど今は私一人なので仕方ない。カトレアちゃんには悪いけど今日来てなくて良かった。守る対象が増えたら守り切れるか分からない。
「グルァア」
「はっ!」
早速ウルフが噛みついてきた。身体強化を使って横に避けつつ横っ腹に蹴りを入れる。
「グウゥ」
ダメージがほとんど入っていない。警戒をさせただけみたいだ。身体強化を使っても元々私の物理攻撃力はGなので仕方がないが少しショックを受ける。
「次はこっちからいくよ」
氷華を出して魔力を込める。冷やりとした冷気を感じつつウルフに向かって駆ける。
「ふっ!」
「ガウッ」
「くっ」
ウルフに近づき氷華を振るうが躱されて頭突きをされる。魔力を集中させることで威力を殺して後ろに転がる。
「思っていたより速いな。群れが壊滅したのは最近かな?」
魔物は魔力を持つ獲物を食べれば食べるほど強くなる性質を持つため、獲物にありつきにくいはぐれの魔物は通常よりも弱い。はぐれの魔物を狩ったことがあるわけではないが、
「サクラちゃ~ん。頑張ってね~」
「思ったより余裕だね。母さま……」
「うふふ~。サクラちゃんが守ってくれるからね~」
母に応援された。これは期待に応えるしかなさそうだ。魔力を氷華に流し、地面に突き刺す。
「アイスフィールド」
アイスフィールドは魔力操作を使って氷華の凍結能力を拡大させることで地面を凍らせる私オリジナルの魔法だ。素早いウルフの動きを阻害するのに有効だろう。問題は広範囲を凍らせるためには魔力をかなり多く使うことと、凍らせた範囲は私も動きにくくなることだ。
「ガウッ!?」
「はぁはぁ、魔力をほとんど使っちゃったけど上手くいったかな」
突然地面ごと足が凍り付いたことにウルフが驚いている間に、今度は足に身体強化の比重を置き、凍った地面の外側から一つ飛びにウルフへ近づく。
「はぁぁぁぁ!」
「ギャウン」
接敵して氷華を振りぬく。
今度は当たったけどウルフが体を捻ったため急所からは逸れてしまった。
「んー。どうしようか」
今の一撃で倒す予定だったが失敗してしまったせいで私もウルフ同様凍った地面の範囲内に入ってしまった。しかも今の衝撃でウルフの拘束が溶けてしまった。それでも足が滑るため動きにそうにしているが、それは今の私も同じだ。
「今度スパイクでも作ってみるかな」
やはり実践でしか思いつかないことも多いみたいだ。今度は気を付けようと反省する。
「グルル」
「と、のんびりしてる場合じゃないな」
頭の中でプチ反省会を開いてる内にウルフが氷の上での動き方に慣れてしまった。無駄に学習能力が高いな。
そのままウルフはこちらを見て姿勢を低くする。
「ガァァァ」
遠吠えをした後頭突きをしてきた。慣れたとはいっても氷の上であることに変わりはない。先ほどよりも遅い頭突きに合わせて氷華を添える。
「っ! と」
氷華を見たウルフが軌道を変えてくる。こちらも合わせて動こうとするが足が滑って少しずれてしまう。
「ギャン」
「一応少し切れたかな」
よく見るとウルフの前足が一部凍っている。これで更に動きは鈍くなるだろう。
「ん~、受け身になってるな。何か考えないと……」
いくらウルフの動きを鈍くしてもこちらが上手く氷の上を動けない以上、受け身にならざるを得ない。四足歩行のウルフと違って足が滑った時のリカバリーが難しい私では氷の上での動き方を練習できない。
「サクラちゃ~ん。氷華をもっとうまく使いなさいな~」
「氷華を? ……そうだ! いっちょやってみますか」
母のアドバイスを聞いて一つの考えを思いついた私は氷華を再度凍った地面に突き刺す。
「アイスクレイ」
氷華から発する冷気と氷華を突き刺した氷が混ざりこむように意識しながら魔力を操作していく。地面の氷が一瞬桜色に色づいた気がした。
「うっ。かなりきついけど何とかなるかな」
アイスフィールド以上に魔力を消費している。早く倒さないと魔力切れで倒れてしまう。魔力切れになっても死んだりしないけど、殴っても蹴ってもダメージが入らない以上魔力切れと死は同義と考えていいだろう。
咄嗟に考えたこの魔法、最初は魔力を多く消費したけど、一度魔力を浸透させると追加の魔力は必要なさそうでありがたい。直ぐにアイスクレイが上手くいったか確認すると攻撃の準備をする。
「アイスニードル」
「グルッ!?」
前足の氷を気にしていたウルフに対し、アイスクレイで操作した氷を針状にして向かわせる。ウルフは驚くが器用に体を捻って躱してしまう。
「まだまだぁあ!」
「ハッハッ」
少しの間、氷の針とウルフの攻防が続く。ウルフは完全に氷の上の動きをマスターしたらしく、移動も含めて躱し始める。
しかし、こちらとしては動く必要がなく、視認さえできればなんとでもなる状況だ。詰将棋のようにウルフを追い詰めていく。
「ギャウンッ」
体力が減ってきたウルフに針が当たり始める。
「うっ……」
しかし、利用できる氷を使い切ったせいで追加の冷気を発する必要が出てきてしまった。そのせいでウルフを追い詰めたのにも関わらず私の魔力もほとんど空っぽになってしまった。次が最後の攻防だろう。
「はあぁぁぁあ!」
最後の力を振り絞り、ウルフに接敵しつつ刀を振るう。
「っ!」
「はぁはぁ……。やっと手ごたえありだよ」
今回はしっかりとウルフをとらえることができた。
「グ、グゥゥ」
こちらを睨むウルフ。周りに生えている氷の針で逃げられないことを悟ったようだ。先ほどのアイスクレイとアイスニードルのコンボでウルフは逃げ場を無くし、私は周辺の氷が無くなり動きやすくなっている。
「じゃあな、お前は強かったよ」
正直、一度凍り付いた冷気を再度操ることができるか、操った後の魔力が足りるか、大きな賭けに二つ勝てたからここまで追い込むことができたけど、どちらか片方の賭けに負けていれば今の立場は逆だったかもしれない。
刀を振るいとどめを刺す。
「うっ。魔物とはいえ生き物を殺すのはやっぱりつらいな」
ウルフが息絶えたのを確認し、命を奪ったのだと実感する。気持ち悪さが残っているけど、それよりも母が心配だ。母のいた場所を確認しようとする。
「母さま、大丈夫だ「サクラちゃ~ん。頑張ったわね~。カッコよかったわよ~」わぷっ」
「大丈夫そうだね、よかった」
母に思いっきり抱きしめられつつも、初めての戦闘での緊張から解放されたからか魔力の枯渇からか、私の意識は遠くなっていった。
「お疲れ様。おめでとう。サクラちゃん」
母の言葉を遠くに聞きながら。
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