第9話 ピクニックとハプニング
どうしてこうなった……。さっきまで母と楽しく過ごしていたのに……。
「早く逃げるか戦うかしないと」
「サクラちゃんのことは守るから安心してね~」
「いやいや、ダメだよ。私が守るからね。母さまは下がってて」
今こそ男を見せる時。そう気合を入れた私の前に魔物が現れたのだった……。
―――
始まりは今日の朝まで遡る。
「……、999、1000!」
刀の修行が始まり早二年。我が家の庭で氷華の素振りをしているのは私ことサクラ・トレイルである。素振りにもすっかり慣れた私は八歳になっていた。
ちなみに刀の師匠ことウィードさんは一年前に冒険者の仕事が入り家を出ていったため今は一人で氷華を振っている。ウィードさんは仕事が終わり次第戻ってくると言っていたが帰ってくる気配はない。
ウィードさんとの刀の修行では正しい持ち方や構え方。折れないように扱うための注意事項を聞いたらすぐに実践に入った。走り込みや素振りなどの基礎特訓ももちろん行っていたが、模擬戦も三日目には取り入れられたときは師匠選びに失敗したかと思った。……なんやかんや無茶ぶりもこなしてきた私は天才かもしれない。
一年前にウィードさんが出て行ってからは素振りと走り込みしかできていない。刀の修行だけでなく魔力操作の特訓もあるけれど、両方とも基礎特訓でしかなく、飽きが来る。いや、基礎が大切なのはわかってるけどそろそろ変化が欲しいのだ!
そこで私が次の段階として考えているのは魔物との戦闘だ。手を抜いた状態とはいえ、ウィードさんと打ち合えるようになったのでゴブリンや角うさぎなど弱い魔物であれば私でも倒せると思っている。
残念ながらこっそりと森に行って魔物と戦いに行こうとしても母に見つかって止められてしまうので未だに魔物と戦ったことはない。ただ、森に行きたい私と森に行かせたくない母の勝負は図らずも私の隠密能力や読みの向上に役立ったと思う。いまだに母に勝てたことはないが……。
「サクラちゃ~ん、今日の修行はもう終わりかしら?」
「うん。終わったよ。今から着替えてくるね」
今日はなんと母とのデートだ。少し前に母に誘われ、森近くの広場でピクニックをすることになった。
「あそこの広場に行くのも久しぶりだね」
「そうね~。楽しみだわ~」
「カトレアとも一緒に行きたかったな」
「もう~。今日はお母さまとのデートでしょう? 他の女の子のことを考えちゃだめよ~?」
準備が終わった私たちはたわいない会話をしながら広場へ向かう。森近くといっても来るのは初めてではない。カトレアちゃんと遊ぶ時に使ったことがある広場だ。残念ながら今日はカトレアちゃんのお母さんの都合がつかなかったらしく、一人で魔物のいる森を通り抜けるのは危険だからとカトレアちゃんは来れていない。
「あそこの木の下にシートを広げてのんびりしましょうか」
「うん。そうだね」
広場についた私たちは少し大きめな木の近くにシートを広げて二人のんびりする。
「修行もいいけどこういったまったりした時間もいいよね」
「ふふふ。そういったこと言ってるとおばさんみたいよ~」
「えっ、この前八歳になったばかりなんだけど!?」
「サクラちゃんは成長が早いかったからね~。たまに子供じゃなくて大人と会話してるように感じちゃうのよね~」
「いやいや、私子供だよ? めっちゃ子供!」
「知ってるわよ~。なに動揺しているのよ~」
母は時々鋭いことを言うから焦ってしまう。
「動揺してないよ。それよりご飯食べようか」
「ふふふ。そうね~、サクラちゃんの手料理を食べましょうか」
「うんうん。力作だから召し上がれ」
含みのある笑いをされたが私がただの幼女であることは母が一番知ってるはずだ。中身がおっさんであることは絶対に気付かれてないはず……。
今日のお昼はピクニックの定番であるサンドイッチだ。刀を扱うことになったため、母から包丁を使う許可を得た私はたまに母のお手伝いをしているのだが、今日は私が具材を切ってパンに挟んだのだ!
「「いただきまーす」」
「サクラちゃんの手料理おいしいわね~」
「ん~。少し形がばらばらかも?」
「ふふふ。そこは要練習ね~」
「うん。頑張るよ!」
「ええ。頑張りましょうね~」
私たちはシートに二人で座りながら穏やかな時間を過ごしたのだった……。
―――
「サクラちゃ~ん。そろそろ起きましょう~」
「ん、おはよう? 母さま」
いつの間にか寝てしまったらしい。気が付いたら母に膝枕をされていた。せっかくのお出かけだったのにとショックを受ける。
「ん~。せっかくのピクニックだったのに寝ちゃった」
「ふふ、疲れていたのね~。普段からしっかりと休息をとらないとダメよ~。サクラちゃんはまだ子供なんだから」
なんで突然ピクニックをしようと言い始めたのか分からなかったけど、私の休養と気分転換を兼ねての勧めだったみたいだ。このままのペースで修行すると倒れると思ったのだろう。やはり母には敵わない。
「む~。ごめんなさい。無茶はしないで頑張るようにするよ」
「それが良いわね~。言っても無茶しそうだし頃合いを見てまた強制的に休みを取らせるからね~。サクラちゃんが倒れるとカトレアちゃんも悲しむのよ~?」
「う……。お願いします」
さっきから痛いところを突かれて罪悪感が凄い。カトレアちゃんの名前まで出されては無茶するわけにはいかない。
「ふふふ~。どうせ試練に合格したらこの子はまた無茶するわよね~」
「な~に?」
「ん~。お母さまはサクラちゃんのことを心配してるってことよ~」
「うん。ありがとう」
何かごまかされてる気もするが、頭を撫でられて嬉しいから気にしなくていいか。
「そろそろ暗くなってきたし帰りましょうか。片付けしましょうね~」
「はーい」
サンドイッチの包み紙をバスケットの中にしまい、シートをたたんでバスケットと共に鞄にしまう。
ガサガサっ
「!?」
帰り支度も終わりかけたところで森のほうから何か音が聞こえた。
「あらあら。もしかして魔物かしら。お昼ご飯のいい匂いに誘われちゃったのかもね~」
「いやいや、呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ。早く逃げるか戦うかしないと」
突然の出来事に驚いていた私は母の言葉の違和感にも気が付かない。
「サクラちゃんのことは守るから安心してね~」
「いやいや、ダメだよ。私が守るからね。母さまは下がってて」
今こそ男を見せるとき。そう気合を入れた私の前に狼の魔物が現れたのだった……。
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