第4話 現状の確認

「母さま、この本読んで」

「ええ、良いわよ~。こちらにおいで~。本が好きだなんて将来は学者さんかしら~?」

「んー、どうかな? 将来のことなんて考えてないや」


 母に本のおねだりをしているのは先日三歳になったばかりの幼女、私こと桜庭龍馬あらためサクラ・トレイルである。

 転生者の特権なのか、私はこの世界に来てからの三年、普通の赤ん坊よりもかなり早く成長した。産まれて数日で泣き声を使い分け、四か月でハイハイを始め、半年で歩き始めた。そして一歳になると喃語ではあるが意味が伝わるようにお話ができるようになった。

 そんな異常な成長をみせる赤ん坊の私を気味悪がることもなく愛情いっぱいに育ててくれた母の存在はかなりありがたかった。何かできるたびに天才と褒めたたえる親ばかになってしまったがその愛情が私に向かっていると考えればなにも問題はない。龍馬のときには得ることのできなかった母からの愛情を異世界に来て得ることができて幸せだ。

 あとは父の愛情も……。と考えたこともあるが、内容までは覚えておらずとも生まれたての赤ん坊に怒鳴りつけるような人だ。そんな父が私に愛情を向けてくれることはありえないだろう。それに母は何も思ってはなさそうだけど母子家庭で父親の話を子供からするのはやめた方がいいと思ったのだ。


 最近になって母さまの名前を知った。なぜ最近なのかと思うかもしれないが、考えてほしい。家の中に住んでいるのは私と母の二人きり。私に話しかける時はお母さまですよ~と話しかけてくるのだ。私だってもっと早くに母の名前を知りたかったし、知る努力はしたのだ。


 例えば、食料を買いに外出したときは母の名前を知るチャンスだと思い耳を澄ませようとした。しかし、私は睡魔に勝つことができなかった……。今でこそ外に連れて行ってくれるし、少しくらいは自由な行動が許されているけど、少し前の私は幼女ですらない赤ん坊。赤ちゃん紐を使って常に母に括りつけられていた。そうすると私は毎回母のあたたかな体温とのんびりした歩調に合わせた揺れが心地よくつい睡魔に負けてしまうのだ。


 他にも、母の名前について自分から言うように誘導しようとした。でもそんな誘導をできるはずもなく、本の主人公に母親キャラがでてきたときに「お母さまが本に出てるよー。でも似てないねぇ」といって私の(故意の)勘違いに気づいてもらった。なぜかお母さまが本に出てるのところでビクッとしていたけど賢い幼女の私は気が付かなかったことにした。あとで本棚を漁ってお母さまが出てくる本を探すなんてことはしない。うっかり本をたくさん取り出してその中から見つけるかもしれないけど探すわけではないのだ。ふふふ。

 前置きが長くなったがようやく聞いた母の名前はローズ・トレイル。我が母にふさわしい美しき薔薇が名前だった。


 ちなみにだが、私たちが住んでる村の名前はメディ村というらしい。正しくはアースフィアにあるブルーム王国のグロウズ公爵領のメディ村で、優しい公爵様が統治する領地の一つだ。小さな村だが村人たちはとても優しい。……私を見るたびに頬を突こうとするのは止めて欲しいけどね。


「ーー。サクラちゃん? 聞いてるのかしら~?」

「聞いてるよ? お母さま。私も神霊様に会えるかな?」


 意識を飛ばしていたが母の言葉を私が聞き逃すなんてことはしない。今読んでもらった本はこの世界を作った神様とその子供達である神霊様のお話だ。ゲーム内ではパートナーで特別な存在としか紹介されていなかった神霊であったが、実際には神の子供だったらしい。


「サクラちゃんは特別だから会えるわよ」

「うん、会えるといいな」


 ゲーム通りにライアスと出会ったら神霊を見せてもらえると思う。この世界が六周目までのSDSを基にしていた場合はサクラがゲーム内に出てきていないため会うことができるか分からないが、SDSの知識からライアスが王都の学園に行くことは確実だと知っている。私も学園に入学して神霊を見せてくれないかおねだりをしてみようかな? なんてことを考えていた呑気な私は実際にはもっと深く神霊と関わっていくことになるなんてこの時は思ってもいなかった……。


 ―――


 この世界の歴史について書かれた本を読んでもらいこの世界がSDSの世界だと確信を持った私は定番のあれをやることにした。


「ステータス、オープン」


 *****

 名前:サクラ・トレイル(桜庭龍馬)

 種族:ハーフエルフ(種族制限“大”)


 生命力:500

 魔力:50000〈適正:天〉

 体力:G

 物理攻撃力:G

 魔法攻撃力:F

 物理防御力:G

 魔法防御力:F

 器用さ:G

 素早さ:G

 運の良さ:G


 特殊スキル:ステータス、アイテムボックス、鑑定

 *****


「ほへっ?」


 驚いて淑女あるまじき声を出してしまったが許してほしい。SDSで見てきたステータスと比べて全体的におかしいところが多すぎた。落ち着いてから再度確認する。

 名前は特に変なところはない。今世の名前と前世の名前が書いてあるだけだ。

 次に種族。ハーフエルフなのは設定通りだが種族制限“大”とはなんだろう。SDSのサクラにも制限がかかっていたのだろうか? どうすれば制限が緩和されるのか。とすでに突っ込みが追い付かない。


 ステータスに書かれている値はほとんどが最低値のGだが力なき幼女としては妥当だろう。通常五百程度のはずの魔力量が普通の人の百倍以上の値があるのはSDSと同様なので気にならないが、問題は魔法の適正に天がついていることだ。そもそもSDSに天の適正なんて存在しなかった。無属性であったからこそ魔力があっても無能だったサクラだが、詳細が確認できないとはいえ適正があるなら魔力を有効に活用できる。


 特筆すべき点はやはり特殊スキルだろう。これらのスキルはゲーム内のプレイヤーがデフォルトで使用できたコマンドと同じものだ。本来、この世界の常識としてステータスは洗礼式で使用される鑑定の石板か、鑑定スキルを持つ鑑定士に依頼して見てもらわないと確認することができない。それにも関わらず掛け声だけでステータスを確認できたのはゲームの時と同じ仕様だ。つまりステータスの確認の他にもアイテムボックスや鑑定のコマンドが掛け声だけで今までと同様に使えるのだろう。


「アイテムボックス」


「……さすがに何も入ってないか」


 亜空間の入口みたいなものは出てきたが何も入っていなさそうだ。SDS時代の装備や道具が入っていたら便利だったんだけどかなり残念。本来はないはずのアイテムボックスがあるだけでもかなり便利なのでありがたいが転生ボーナスとかで便利なアイテムが貰えればよかったのにと思う。ゲームでも全セーブデータを消去した状態で始まるためアイテムは一つも持っていなかったし仕方がないのだけれど。


「サクラちゃ~ん、お風呂入るわよ~」

「はーい」


 アイテムボックスの確認をしていたら母に呼ばれた。怪しまれないように急いでお風呂に向かう準備をする。


「クローズ」


 一応。心の中で考えるだけでステータスの確認やアイテムボックスの使用ができることを確認してからお風呂に向かった。


 ―――


「そういえばSDSのサクラと違って私の眼の色が青なのはどうしてなんだろうか……」


 母に髪を洗ってもらいつつ、鏡に映った自分を眺め一人つぶやく。


「六周目までのSDSに出てきてないサクラが今の姿なのか、龍馬が転生したからこの姿なのかはまだ判断できないかな。まあ、このまま過ごしていって学園でライアスが他の主人公メンバーとパーティーを組んでいれば前者、私とパーティーを組めば後者と考えればいいか」


 現状を確認したが今確認できることはこれくらいだろうか。現実逃避しただけの気がしないでもないが結局は時が来るまでわからないから仕方ない。


「な~にぶつぶつ言ってるの?」

「ん~、自分の見直し?」

「もうそんなことを考えるようになっちゃって~。子供の成長は早いわね~」


 冗談っぽく言ったのに本気なのか天然なのか真に受けられた。気持ちを切り替えてお風呂を楽しむことにした。

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