幼少期編

第3話 異世界転生?

 ある病室の一室に男性二人と女性一人、そして小さな赤ん坊が集まっていた。

 女性は出産してからあまり時間が経っていないため少し憔悴しているが横で眠る我が子を見る目はとても優しい。


 男性のうちの片方が告げる。


「残念ですがこの子に魔法の適正はありません」


 どうやら二人の男性のうちの片方は鑑定士で赤ん坊の魔法の適正を調べていたようだ。


「ふざけるな! 私とこのエルフの間にできた子供だぞ、そんな無能が生まれるわけないだろう!」

「ハーフエルフの特性通り魔力だけはとても多いのですが、魔法の適正に関しては種族関係ありませんから」


 どなる男と平然と言葉を返す鑑定士。眠っている赤ん坊の眉が少し寄る。


「旦那様、サクラが起きてしまいます。少し音量を下げていただけませんか?」

「だまれ、有能な子の一人も産めないお前が私に指図するんじゃない!」


 赤ん坊を心配する女性の声に冷たく返す男。その声の大きさにとうとう赤ん坊が起きて泣き出してしまう。


「おぎゃ~~~」


「うるさい。この無能が。この不快な泣き声が聞こえないように処分してやろうか」

「っ!? おやめください旦那様。せっかく産んだ我が子なんです。処分なんて言わないで……」

「無能を養うためにお前を娶ったわけではない。処分に反対するならお前も出ていけ」

「っ……わかりました。この子は私が一人で育てます。今までありがとうございました」

「ふんっ。お前も二度と我がエルネス家を名乗るんじゃないぞ」


 旦那様と呼ばれた男はそう言い捨てると部屋の外に出ていった。鑑定士の男性も女性に対して一礼してから部屋を出る。

 自分に対し手を出してくる赤ん坊を見て一人残された女性は誓う。


「(この子は私がしっかりと育てないと)」


「大丈夫よ~。私があなたを守りますからね~」


 ―――


「ん……?」


 大きな声が聞こえて目が覚め、さっきまで寝ていたことに気が付いた。周りを確認しようとしてもぼやけて見え難い。段々と不安が大きくなって泣いてしまった。


「おぎゃ~~~」


「うるさい。この無能が。この不快な泣き声が聞こえないように処分してやろうか」

「っ!? おやめください旦那様。せっかく産んだ我が子なんです。処分なんて言わないで……」

「無能を養うためにお前を娶ったわけではない。処分に反対するならお前も出ていけ」

「っ……わかりました。この子は私が一人で育てます。今までありがとうございました」

「ふんっ。お前も二度と我がエルネス家を名乗るんじゃないぞ」


 男女の言い合う声が聞こえる。涙は突然の大声で引っ込んだ。なにがなんだかわからないが男は俺を処分しようとして女性は俺を守ろうとしてくれているらしい。男性の声が聞こえたと思ったら扉が閉まる音が聞こえた。


「あうあう~」


 いまだに周りの状況は分からないがなんとなく安心する女性にむかって手を伸ばす。


「大丈夫よ~。私があなたを守りますからね~」


 慈愛のこもった声で話しかけられた俺は安心して夢の中へと旅立っていった。


 ―――


 次に起きた時はお世辞にも柔らかいとは言えない感触のベッドに寝ころんでいた。辺りを見渡すと眠る前に聞こえた安心する声が聞こえてきた。


「あら~、目が覚めたかしら。おはようサクラちゃん。お母さまですよ~」

「っ!?」

「おめめがまん丸ね。何に驚いたのかしら。青いおめめが飛び出ちゃうわよ~」


 女性が俺の頬を突きながらくすくすと笑っている。しかし俺は内心それどころではない。

 この女性は母を名乗り俺のことをサクラと呼んだ。前回は混乱していて気が付かなかったが、とても体が動かしにくい。手や足も確認するととても小さい。そこまで考えて一つの可能性に思い立った。そう、いわゆるこれは異世界転生だと思うのだ。


 家族に相手にされていなかった俺は家でよく小説を読んできた。もちろんその中には異世界転生物の話もあったのだ。

 体が小さいということは転移ではなく転生だな。オセロか、食事か、知識チートばんざーい。とテンションが上がりかけたが一瞬で下がってしまった。


 こちらで覚醒する前の記憶について思い出したのだ。俺の中に残ってる最後の記憶はトラックに轢かれた記憶ではなく、神様に出会ったわけでもなくSDSの七周目に挑戦するところだった。そして母から呼ばれた名前はサクラ。これはSDS最弱キャラのサクラ・トレイルに転生してしまったのでは? と気が付いてしまったのだ。


 つまり、つまりだ、これから六年前に経験した挫折へと現実で挑戦しなきゃいけないのである。ふと気になってゲームをしようと思っただけだったのに……どうしてこうなった……。


「おぎゃ~」

「はいはーい。その泣き方はご飯かしら~?」


 ショックを受けて泣いたら勘違いされた。でもおなかが空いたことに間違いはないのでとりあえず食事(授乳)をすることにした。げっぷ。


 ―――


「おぎゃ~」

「はーい。ご飯がほしいのね~」


 ニコニコしながら食事をくれるのは我が麗しの母である。数か月たって目がしっかりと見えるようになってきて今世の母親を見てみるとかなり美人のエルフだった。SDSではサクラの母の描写はなかったがサクラの容姿は母から遺伝されたんだなと納得のできる姿で我ながらあきれてしまうが母が大好きになっていた。マザコン? 泣くだけでご飯をくれる美人母を前にマザコンになるなってほうが無理だ(決め顔)。前世の母は父と遊ぶのに夢中で家にいることすら稀だったのだ。こんな素晴らしい母親を嫌うとか頭おかしいと思う。

 と母への思いを語ると長くなりそうなのでここまでにして、母の負担を減らすためにいろいろと考えた。最初は迷惑をかけないようにしようと思ったがこんな小さな姿でそんなことはできなかった。

 そこでおなかが空いたとき、お漏らしをしてしまった時、異常にさみしくなってしまった時で泣き方を変えてみたのだ。最初の数日は伝わらず、不思議な子ね~、と首をかしげていたが、数日で私が泣き方で要求を変えていることに気が付いた母は素晴らしいと思う。


 転生初日はそこまで頭が回らなかったというか違和感がなくて気が付かなかったというか...。何が言いたいかというとサクラは少女キャラなのである。そう、いわゆるTS転生というものになるのだろうか、私の大事な息子がいなくなってしまったのである。

 私は転生前も特に性に頓着していなかったため性別が変わったことに何を思うことはないのだけれど将来男性にときめくのか女性にときめくのか、それとも前世のように恋愛とは無縁で終わるのかに少しだけ興味がある。正直私から誰かを想う場面は想像できないが、サクラの成長した姿をゲームで知っている私としては言い寄ってくる人が多そうだなと気が重い。

 恋愛についてはなるようになるかと置いといて、父と別れてまで私を守ってくれた母のためにも私のことを呼ぶときに”俺”から”私”に変えることにした。男とは言え社会人として外では”私”を使っていたためそんなに苦労せずに変えることができたと思う。ゲームのストーリーを突破するためにも腕白に育つ予定だが母に心労をかけたいわけではないので立派な淑女を目指すことにしたのだ。


 ……母のことを考えていたら寂しくなってしまった。


「おんぎゃ~」

「ふふふ、寂しくなっちゃったのね~。今行きますよ~」


 やはり母のぬくもりは最高である。私は赤子だから変態ではない。と、誰にともいわないが心のなかで言い訳をしつつ眠りに落ちていった。

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