第三章 冬ざれの歌
冬ざれの歌(一)
冬の初め、メルシーナたちの姿はシフィア西部は
メルシーナとその護衛にあたる騎士が三人。本来ならば、あと二人の人物が同行しているはずだったが、急ぎの旅ということもあってメルシーナたち四人が先行していた。
二人のうち一人はメルシーナの侍女オフィリア。折からの
教区礼拝所を訪れ、宿の手配などの雑事を騎士たちに任せている間、彼女はひとりで恐る恐るこの集落を
まだ日暮れには遠かったが、冬の薄光に照らされる世界は暗く感じた。小さな木造の家屋が点在している。景色は静寂さに支配され、僅かに風の音、そして木々のざわめきが
だが、その静けさに抗するかのように、ちいさな歌声が流れているのをメルシーナは聴きつけた。か細くも、思いのほか情感のこもった歌声に彼女は惹かれた。悲しいまでに生に根ざした何かを感じ取った。誘われるかのように歩む先に、一軒の家屋があった。古いが、その手入れの行き届いた
漏れ聞こえる歌声は若い女性のものと思われた。それはメルシーナも知る歌だったので、彼女は無意識のうちに口ずさんでいた。
「誰?」
歌が中断され、細い声が聞こえた。
「ミュリエル?」
歌声の持ち主である女性は一人の名前を呼んだ。しまった、と思いながら少しの間をおいて、メルシーナは答えることにした。
「違います、旅の者です。その、つい……」
「寒いだろ。入ってきなよ」
声の主は、少女を招き入れた。不用心極まりないが、招かれるまま家の扉を押し開く少女もまた不用心であった。
そこには、寝台に横たわり、気怠そうに上体を少しだけ起こした蒼白な若い女性がいた。少しだけたじろぎながらも、彼女は言葉を口にした。
「入れて下さってありがとう。わたし、メルシーナっていいます」
「あたしはセシル。暇しててね。寝ながらで申し訳無いけど」
セシルと名乗った女性は、そう言って力無く微笑みかけた。病の身であることは見てとれた。邪魔をしてはいけないと思ったが、入るなり辞するのもまた非礼かもしれないと思い直し、少女は話しかけた。
「厚かましくお家まで入って、ごめんなさい。でも、すごく情感のこもった歌だったから、つい」
「死が近いから、仕方がないかもね」
「えっ」
自嘲を浮かべたセシルの表情は、メルシーナの心を刺した。
「ごめん。驚くよね。あたしは、もう長くないんだ。今まで、麓の街で暮らしてたんだけど、病気になってもう長くないっていうから、ここに戻ってきたんだ」
淡々と、話す。
「でも、死ぬほどの病気には見えないのですが……」
「そりゃぁ、今日明日というわけじゃないだろうけどさ。ここ四、五日は本当に気分がいいんだ。でも、それまでは本当に苦しくて」
確かに声には力が無かった。それでも、死はまだ遠い先のようにメルシーナには思えた。だが、このような時にかける言葉は思いつかなかった。
そんな少女の表情を読みとったのか、セシルは話を変えた。人の気持ちを察するのに長けているのだろうか。そしてそれは、彼女が身をもって体験してきたからなのだろうか……。横たわる女性の姿に、メルシーナはふとそんなことを思った。
「メルシーナは、北の生まれだね」
「ええ。北の果ての島国エルスクの生まれ」
「いい響きの名前だけど、知らない国だわ」
「もう、無くなっちゃったし。うん。本来なら、今は冬祭りの時期ね。目を閉じると……懐かしい祭りの歌声が聞こえてきそうだわ……」
そういって、メルシーナはやおら歌い始めた。
私は小鳥 小さな小鳥
彼は小鳥をかごに入れた
彼は小鳥を乱暴に扱うけれど
それは、この小鳥は
絶対に逃げないことを知っているから
大空と黄金の自由を捨てて
かごの中で小鳥はさえずる
彼のために歌いさえずる
メルシーナは照れたように彼女の方を見た。唄を紡いでいた時には、まるで夢見るかような表情だったが、今はセシルを気遣う表情になっている。勿論、セシルに北方語が分かるはずがない。だが、歌の雰囲気は確かに感じ取ったようだった。
「小さい頃に覚えた歌。だから、ちょっとうろ覚えな所はあるけどね、愛を歌った歌らしいわ」
小さい頃を思い出したかのように、メルシーナはクスリと笑った。意味も分からず歌っていたこの歌。今、その意味が分かるのかと言えば、それでもまだ疑問符がつく。
「意味はわかんないけど、綺麗な歌だね」
その時、板が軋む音がした。そして言葉を
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