第5話

 【問】陰キャが先輩の教室に入って行くことはできますか?


 正解は間違いなくNOだ。先輩の教室に入るなんて一軍の中でも、極わずかの限られた人間にのみできる芸当である。・・・それも2、3人で一緒にだろう。


 誰かに頼むことも考えたが、もちろん先輩に知り合いなんているはずもない。知らない人に頼むのも、冷たい対応をされようものならトラウマになりかねないのでリスクが高すぎる。


 つまり、結局は自分で行くしかないのだが・・・、先ほど覗いた時に明らかに2年生とは違う雰囲気にビビってしまった。


2年生でさえ化粧や服装、髪型で個性を出している人は多いが、3年生はそれ以上だ。ピアスが開いているなんて当たり前だし、髪を染めている人も結構いる。何が言いたいのかというと“こわい”それだけです。はい。


 そんなこんなで、いまだに入ることもできずに教室の前でどうしようかと悩んでいるのだ。


「ねえ君、2年生でしょ?3年の誰かに用事?」


突然声をかけられて振り向くと、そこには金髪のいかにもギャルって感じの人がにこにこして立っていた。


この人には僕ですら見覚えがある。たしか生徒会長だったはずだが、名前が出てこない・・・


先輩×ギャルなんてもっとも僕が苦手そうだと思っていたが、なんだかこの人からは不思議とギャルという感じがしない。見た目は完全にギャルなんだが、どこかふわふわしているというか・・・。


 でもまあ、生徒会長が話しかけてくるということはよっぽど僕が怪しく見えたのだろう・・・。


「すみません。神崎さんにちょっと用事があって・・・」


「琴乃ならー、んーっと、あ、あそこの窓側の席にいるよ」


 指刺された方向を見ると確かに神崎さんがいた。机に大量の漫画を積み重ねて・・・。


 異常なほどぱんぱんだったリュックの正体はあれか・・・。


 さっきは焦りすぎていて覗いた時も目につかなかったが、こうして見てみると明らかに神崎さんの周りだけ違う空気が流れていた。


「1人で入れる?私も一緒に行こうか?」


「いや、1人でも大丈夫です。ありがとうございました」


「そっか、また困ったことがあればなんでも言ってね」


「その時はよろしくお願いします」


 教室の前でふらふらしてるばかりで1人で入れなかっただけでも情けないのに、一緒に入ってもらおうものなら申し訳なさと同時に恥ずかしすぎる。


 しかし、この人のおかげで一つの都市伝説が立証された。


 【陰キャにも優しいギャルはいる!】


 これが知れただけでも運が悪いことばかりではなかったと思える。


 一度知らない先輩と話したからだろうか・・・、神崎さんを見つけられたからだろうか・・・。


数十秒前ほど入るのに抵抗ない。今はきっとスポーツでいうアドレナリンが出ている状態だろう。


今行かないとまた入れなくなってしまう気がしたので、気合を入れてさっさと入ってみると、何人かから視線を向けられたがその人たちも何事もなかったかのように会話に戻っていく・・・。思っていたよりも大丈夫そうで心底安心した。


「神崎さん・・・」


反応なし。神崎さんはヘッドホンをつけて漫画に夢中だ。


「神崎さーん」


さっきよりも大きな声を出してみるが反応なし・・・。


教室内で大きな声とかほんと出したくないから勘弁して欲しい。てか、前に立っても、横で手を動かしても全く気づかないとかどれだけ集中してるんだこの人・・・。


 できれば使いたくなかったが・・・こうなったらしかたない・・・、僕は最終手段として残しておいた肩ポンポンを使った。ちなみに使いたくなかったのはボディタッチとか言われそうだからだ。


しかし、返ってきたのは予想だにしていなかった反応だった。


「ひゃっっっ/////」


「ちょっ、まっ!へ、変な声出さないでくださいよ!」


 僕が入ってきた時とは違う・・・。クラス内の人全員が会話をやめてこちらに視線を注ぐ。周りの視線が痛い。


ちょ、そこの先輩2人、こそこそ話とかまじ勘弁してください。ほんと変なこととかしてませんから。


「なんだ環か・・・、びっくりして変な声出ちゃった、えへへ・・・」


 さすがに神崎さんの顔も真っ赤だ。ちなみに僕も今すぐこの場から逃げ出したいくらい恥ずかしい。


「すみません。神崎さん漫画に夢中で全然気づいてもらえなかったので」


「いやーごめんねー。でもまさかボディタッチしてくるとは・・・」


 あ、やっぱり言った・・・


「誤解を招く言い方しないでくださいよ・・・。はあ・・・。それにしてもすごい漫画の量ですね」


 20巻程度はあるだろうか・・・、休み時間に読んだとしてもとても読み切れる量だとは思えないが。


「家で読むだけだと買っていく量に追いつけないんだよねー。でも今日は放課後に読む分も含まれてるし・・・」


「いつも放課後も学校に残って読んでるんですか?」


なぜ何言ってるんだみたいな顔でこちらを見てくるのだろう。何か変なことを言っただろうか。


「今日は環、図書室行かないの?」


「いや、今日も特に予定ないので行くつもりでしたけど・・・」


「じゃあその時に読む分も必要じゃん・・・」


 どうやら当然のようにくるつもりだったみたいです・・・


「もしかして迷惑だった?」


「いや、まあそういうわけではないですけど・・・」


「そっか、よかった。あ、それよりも何か用事があってきたんでしょ?」


 ・・・すっかり忘れていた。


「これを彩月先生から預かってきました」


「またかー。わざわざごめんね。つきちゃんすぐ自分でくるのめんどくさがるからなー」


 どうやら今回が初めてではないらしい。もうお昼に職員室に行くのはやめようと固く誓った・・・。


「では僕は行きますね」


「うん、ありがとね。また放課後・・・」


 やっと神崎さんにプリントを渡すという緊急クエストを達成できた。


 神崎さんが変な声を出したあたりから、男子の先輩方から敵意の含まれた視線を浴びせられていたのは気のせいだろうか・・・。気のせいだと思っておこう・・・。


気づけばもう、お昼は10分しか残っていないので今日はもうアニメを見ながらお弁当を食べるのは諦めて急いで食べるしかない。


「はあ・・・」


 どっと疲れが押し寄せくる。・・・しかし、放課後をちょっと楽しみに感じている自分がいるのも事実だった。

 





 



 





 



 

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