第2話

 放課後の図書室はとても居心地がよく、僕がラノベのプロットを書くにはちょうど良い環境だった。


 そのはずだったんだだが・・・


「・・・あ、ちなみにちゃんとデビューもしている“漫画家”だよっ!」


 そう言って先輩は僕に向かってピースをした。


 僕の聞き間違いか・・・?今この人“デビューしている”言ったような。高校生での漫画家デビューなんて、それこそ漫画やラノベの世界でしか聞いたことない。


「デビューしてるって、本屋に自分の書いた漫画が並んでいるってことですか?」


「そうだよ」


「漫画を描いてお金をもらっているってことですか?」


「そうだよ」


「担当編集が付いてるってことですか?」


「そうだってば・・・」


「はぁ・・・」


 聞き間違いじゃなかった・・・


 目の前にいるのはジャンルは違えど、自分の世界観を表現し、読んでくれた人に楽しんでもらえるような作品を届ける。僕の目指している存在。


人の言ったことを全て鵜呑みにするほど僕はいい人ではない。でも、この人から嘘をついている感じは全く感じなかった。嘘を見破るとかそういった特技があるわけではないが、人並み以上にはわかるつもりでいた。


「さてはあまり信じてないな?」


 しかし、僕があまりリアクションをとらなかったからか。先輩は僕が疑っていると思ったらしい。じとーっとこちらを見つめてくる。


 実際はどういうリアクションをとったらいいのかわからなかっただけなのだが・・・。


 先輩はそこで何か閃いたのか、あっと言って顔が明るくなる。


「君、この後時間ある?」


「まあ・・・、ありますけど」


「じゃあちょっと付き合ってよ。あ、ちなみに拒否権はないよ?」


「ないんですね・・・」


なんか強引に決められてしまったが、特にこの後用事があるわけでもないので行くことにした。まあ拒否権はないらしから考えるだけ無駄か。


「そーいえば自己紹介がまだだったね。私は神崎琴乃。3年の可愛い先輩だよ。琴乃先輩、こと先輩、琴乃さん、ことちゃん何でも好きなように読んでくれていいよ」


 よろしくねと言って手を差し出してくる。


「僕は遠山環。2年です。僕は環で大丈夫です、神崎さん」


「むー・・・、ちょっと期待したんだけどなー」


 あからさまに残念そうに肩を落とした。


「人見知りに無茶言わないでくださいよ」


「じゃあ今後仲良くなったら呼び方も変わるってこと?」


 そーいって意地悪な笑みを浮かべている。・・・さてはこの人性格悪いな。


「どうでしょうね」


「じゃあ今後に期待ってことで今の所は我慢するかな。・・・ってことで改めてよろしくね」


 一瞬先輩の手を握るのを躊躇してしまったが、先輩に無理やり握られてしまった。やっぱりちょっと強引だな・・・。


 普段女子の手を握る機会なんかとは無縁の僕はちょっとでも力加減を間違ったら壊れてしまいそうなほど小さく、柔らかく、暖かい手に少し緊張してしまう。


だが、初めてではない。僕が異性の手を握ったのは二度目だ。


「よし、じゃあ行こうか」


 時刻は4時半。僕と神崎さんはリュックを背負い、夕日でオレンジ色に染まっている図書室を後にした。


———————————————


今、僕は鼻歌を歌いながら数歩先を歩いている神崎さんの後ろを歩いているわけだが、改めて神崎さんの容姿が圧倒的美少女すぎて二次元からそのまま出てきたのではないか、なんて考えてしまう。


 ただの道をオーバーサイズのパーカーのポケットに手を入れて歩いている。ただそれだけで絵になってしまう。


 それに加えて、普通の高校生とは違い漫画家という面も持っているのだという。間違いなく彼女は人生の“主人公”なのだと感じた。


「あのさー、環って彼女とかいないの?」


「・・・い、いないですけど」


「あー、やっぱり?彼女出来なさそうだもんねー」


クリティカルヒット————


神崎さんは楽しそうにケタケタ笑っているが、こっちはそれどころではない。たった一撃でHP全て持っていかれた。


「今はライトノベルに集中したいから・・・、つくらないだけですけどね」


「出たー!彼女出来ない人の言い訳ランキング第一位!『作らないだけ』」


オーバーキル————


 明日学校に行けなかったら間違いなくこの人のせいだ。


「そういう神崎さんには彼氏さんいそうですね。それなのに男子と2人っきりでふらふらしてていいんですか?浮気ですか?」


神崎さんにも『彼氏出来なさそうですね』って言い返してやりたかったが、普通に考えてこんなに可愛い人に彼氏がいないとも思えなかった。


なので・・・せめてもの仕返しとして思いっきり皮肉を言ってやった。


「それがいないんだなーこれが。色恋沙汰に興味がないわけではないんだけどね、実際問題学校に通いながら漫画描いてるとそういうのに使える時間ってほとんどないんだよねー。時間ある時は家でアニメとか漫画みて過ごしちゃうし」


 やはり、高校に通いながら漫画家としても活動するというのはかなり無理があるらしい。僕は中学生2人が漫画家を目指す某人気漫画くらいの知識しかないが、現実だととてつもなく大変なのは容易に想像がついた。


「・・・そーなんですね」


 と、何も考えずについてきているだけだったから気がつかなかったが、この道には見覚えがある。


 いや、あるというか。よくきている・・・。


「到着―」


 ・・・やっぱり僕のよく来る本屋だ。ここは周辺の本屋に比べて漫画やライトノベルの品揃えがとても良く、賞を獲った作品などにも敏感なため僕も重宝している。


「・・・ここにきたかったんですか?」


「そうだよ。今日新刊が発売される作品があるんだよねー。ついでに見せたいものもあるし!」


 そう言って入っていった神崎さんを追って僕も入っていく。


 僕も普段からよく来ている本屋のなのでどこに何があるかはわかっている。僕たちが向かったのは主に漫画が置かれているエリアだ。


「お、あったあった。これが私の描いた漫画だよ」


「え・・・これって・・・」


その本は棚の前に大量に積まさっており、横のポップには『重版決定』の文字があった。


 ・・・間違いない。現在発売2巻目にして超大人気になった作品だ。


「じゃあ神崎さんが『神崎こと“先生”』何ですか?」


「やっといい反応してくれた」


そう言って満足げに笑っている顔はただの高校生にしか見えなくて、本当にこの人が描いているのかと思ってしまう。いや、疑っているわけではない。


それでも、漫画にはあまり詳しくない僕でもこの作品は知っている。それほどの人気を誇っている作品の作者が目の前にいるという現実に実感が湧かない。


「あ、でも“先生”はやめてほしいかな。何だか照れ臭いし、私はそんなの柄じゃないよ」


「わかりました。でもほんとにすごい人だったんですね。正直“変な先輩”だと思っちゃってました。すみません」


「え・・・、私そんな風に思われてたんだ・・・。そんな変なことしたっけなー」


 んんーと言って顎をグーにした手にのせて考え始めたが・・・


5秒後——————


「ま、環に自慢できたしいいか。新刊買ってくるからちょっと待ってて」


 はい、心当たりはなかったようです。てか、自慢したかったんですね・・・。


 そのまま神崎さんは僕をおいて新刊コーナーの方に言ってしまった。


 一方僕は手に持ったままの神崎さんの漫画を持ってレジに向かった。


———————————————


「お待たせー。いやーたくさん買っちゃった」


「え・・・その両手に持ってる紙袋全部漫画ですか?」


「そうだよ?」


 ・・・おかしいな。今日発売の新刊がって言ってたような。


 今日あったばかりだが、何となくこの人のことがわかってきたような気がする。


「家まで持ちますよ」


「・・・大丈夫?結構重たいよ?環持てる?」


「バカにしてます?僕だって男なんですからこれくらい余裕ですよ」


「そっか。ありがとね」


 うっ、不用意にその笑顔をこちらに向けないでほしい。僕じゃなかったら間違いなく落ちているところだ。


 ・・・そして思っていた以上に重たい。流石に漫画でパンパンの紙袋2つ余裕は見栄を張りすぎてしまったみたいだ。だが、今更やっぱり一つ持ってくださいなんてダサすぎて言えるわけがない。


 普段から筋トレしとくんだった・・・。


 その後、適当に雑談しながら僕は神崎さんを家まで送っていった。


『環は漫画好き?』


『好きですけど、漫画はアニメから入ることが多いですね。アニメ見て気になった作品を買うって感じなんであまりたくさんは持ってないです』


『そかそか。じゃあ今度私のおすすめの漫画貸してあげるよ』


『え、いいんですか』


『うん。私も同じ作品について語れる人が欲しかったし。私の周りに漫画好きな人って全然いないからさー。あ、そうだ。環もおすすめのライトノベル貸してよ』


『いいですよ』


『やったね。私はライトノベルってあまり読まないからちょっと楽しみ』


 正直、僕の周りにもラノベや漫画について深く語れる友人はいないのでお互いにおすすめの作品を貸しあうという提案には何だかわくわくした。


 他にも、


『私って朝がものすっごく弱いんだよね。目覚ましも3分おきに最大音量でかけてるんだけど全部突破してくんだよ。・・・どうしたらいいと思う?』


『寝るの遅いんですか?』


『んー・・・だいたい3時くらいかな』


『やっぱ高校に通いながら漫画家として活動するって大変なんですね。あ、両親に起こしてもらうってのはどうですか?』


『私今一人暮らしだからそれができないんだよね・・・。授業中寝てるし睡眠時間は足りてるはずなんだけどなー』


『寝てるんですね・・・』


なんていう会話をしながら歩いていた。


「ここだよ」


 ・・・ついたらしい。しかし、目の前には何というか・・・ごく普通のアパートがあった。勝手に人気漫画家の一人暮らしだし、大きなマンションにでも住んでいるのかと思っていた。


 だが実際は思っていたより普通で、人気漫画家と言っても神崎さんも僕と同じ高校生なんだなと思えて何だかちょっと安心できた。


「ここまで送ってくれてありがとね。お礼にお茶くらいなら出せるけど上がっていかない?」


「え・・・?」


「え・・・?」


 一瞬時間が止まった————


「い、いやいやいや、今日会ったばっかりの男子を家にあげるなんてやめたほうがいいですよ。今日はもう暗いですし、ここで失礼します」


 やばい、焦りすぎてめっちゃ早口になってしまった。女子に慣れていないのがバレてしまう。


「そお?環ならいいのに。まあ確かに私もこのあとは原稿描いたり、漫画読んだり、漫画読んだり、漫画読んだりしなきゃいけないからお礼はまた今度ってことで」


 ・・・からかわれてるのか、本気なのか読めないのがタチ悪い。てか、予定のほとんどが漫画を読むことだったのは気のせいだろうか。


「それじゃ僕はこれで失礼します」


ぺこっと頭を下げてその場を後にす————


「環・・・今日は急に付き合わせちゃってごめんね。あと、ありがと。ライトノベルのことはあまり詳しくないけど、まあ、なんかあったら相談してね。きっと力になれることはあると思うから」


 神崎さんはそう言ってニコッと笑い、部屋に入っていった。


「相談か・・・」


 ・・・それはできない。僕はまだ相談なんてできる立場にいない。


 だって僕は未だライトノベルを書いたことがないのだから—————。









 












 


 


 

 




 


 

















 

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